23.悪い話ではない
目を泳がせる私に対して、サーフィスはじっと顔を見つめてくる。
オルビス侯爵はそんな私たちの様子を見て話しかけてきた。
「おや。二人がどちらも王立学園に通っているということは承知の上でしたが……もしやお二人は既に会ったことがあったのですか?」
「あ、ええと。会ったことがあるというよりは……」
「こうしてきちんとお話をするのは今回が初めてですね。ですが、彼女は僕のことを深いところまで理解してくれるだろうと、そう思います。オルビス侯爵、いい相手を見つけて下さって感謝します!」
「おや、どうやら印象がいいようですね。私もノエルくんはとても良い女性だと思っていますよ」
(……あれ。なんか……サーフィスは、この婚約に乗り気なの……?)
朗らかに笑ったサーフィスは、オルビス侯爵に機嫌よく話をしている。
この話を持ち掛けた侯爵も嬉しそうだ。
どういうことなんだろう。
サーフィスは、私が彼のどんな場面を目撃したかまではわかっていないのかな……?
【……何故だ。サーフィスのような男がノエルに近付くこと自体嫌なのに、ノエルとサーフィスは既に会ったことがあるだって……!? 所謂運命の再会を果たしたということか……!? 認めないぞ! この世界は間違っている……!!】
(な、なに……? アルジェント様は、一体何に対して怒っているの…?)
サーフィスと再会した衝撃と合わせて、そばに立っているアルジェントの怒りの声が流れ込んできて、私は気が少々遠くなった。
「アルジェント、お前はそろそろ予定の時間があるだろう。もう行きなさい」
「……。わかりました。ノエル、では……またの機会に……」
【サーフィスは残るのか……。お前も屋敷から出て行けばいいのに。どうせ、今もガールフレンドが大量にいるのだろうに……ノエルに近付かないで欲しい。そんな相手を選んだ父上も父上だ。
何故だ。何故リエット伯爵が事故にあったのだ。意識不明になるならサーフィスや父上の方だ……!】
(じゅ、呪詛だわ……)
心の中でサーフィスとオルビス侯爵に対して呪いの言葉を吐きながら、アルジェントは屋敷から出て行った。
アルジェントがいなくなった後、婚約者候補二人で話す時間も設けたい――とのことで、オルビス侯爵も退室した。
私とサーフィスは二人で応接室のソファに座り、向かい合うことになる。
(どうしよう……)
二人残されて、私は所在なさげにテーブルの上のカップを見つめた。
婚約者候補と会うというだけでも緊張するものだが、私はサーフィスに対してさほどいい印象を持っていない。
それだけでなくて、どうやらアルジェントもサーフィスのことはよく思っていないらしい。
二人に何があったのかはわからないけど、そう思われている人と二人になるのは緊張してしまう。
だが、オルビス侯爵がセッティングした場だ。彼に失礼のないようにはしたかった。
「えっと、サーフィスさん……ですよね。改めて自己紹介しますが、私はノエル・リエットといいます。伯爵家の娘で、今は当主の代行をしていて」
「ああ。そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ。ノエル、きみは僕のこと、良く知ってるでしょ? 僕が自然の中で女の子と楽しんでるところ、見てたよね」
「…………」
サーフィスの言い分に、私は気が遠くなった。
――彼も、私が目撃したことを覚えていたのだ。
気まずくて一瞬黙っていると、私の向かい側に座っていたサーフィスが立ち上がってこちらのソファに移動した。
目を細めながら私と距離を縮めてくる。
「ど、どうされましたか……」
「ノエル。きみ、僕のことあんまり好きじゃないでしょ?」
「……えっ!?」
図星を突かれてぎくりとした私をよそに、サーフィスは機嫌よさげに笑っている。
「僕たちを見て、驚いてすぐに引き返していたでしょう。あれ、可愛かったなあ」
「かわ……? そ、そうですか……?」
「可愛かったよ。色んな女の子と遊んできたけど、『僕のことを苦手な子』と遊んだことはないなあって、あのとき思ったんだよね。ま、その後に一緒にいた女の子にきみによそ見したことを叱られて、あれはあれで楽しかったけど」
「……差し出がましいようですが。ご友人のことは大切にした方がいいと思いますが。そういった関係の拗れからトラブルが発生することもあるので、ご自愛のためにも……」
私はサーフィスの言い分に困惑しながら、何とか言葉を返す。
彼と婚約する可能性もあることを考えると、彼の機嫌を損ねなるような意見を言わないようにしたようにした方がいいとは思う。けど、私の影響で他の生徒が悲しんでいるところを想像すると罪悪感に襲われてしまったのだ。
サーフィスは私の言葉を聞いて、じっとこちらを見つめてくる。
「僕のことを心配してくれてる?」
「心配……まあそうですね。トラブルは起きないに越したことは無いですから」
「大丈夫だよ。僕も他の女の子も、その辺は割り切った上で付き合ってるから。婚約したとしても、この生活は今までとはそう変わらない。そのつもりだよ」
「そうなんですね……」
サーフィスはほのぼのと笑いながら話をしてくれる。内容は笑えるようなものでは無い気がするが。
サーフィスも彼とお付き合いをしているガールフレンドたちも、自分とは遠い世界の人間だなと思える。
そう考えていたら、サーフィスが再び距離を詰めてきた。
「アルジェントとは、知り合い? 僕はあいつと同じ学年だから、少し話したこともあるんだけどさ」
「えっ。……そうですね。家の事情もありますが、アルジェント様には学園でもお世話になりました」
「そうなんだ~。前と比べたら変わったなあ。でも、アルジェントに教わったのは勉強とか課題のやり方でしょ? 遊びのことを教えて貰った訳ではないんだよね」
「それは……まあ。はい」
「やっぱりか。つまんないやつだよね。何でか人気はあるみたいだけどさ……」
サーフィスのアルジェント評を聞いて、私は内心、それは違う――と思った。
ギフトによって実際のアルジェントの妄想を知っている私からすると、彼は勉強や仕事一辺倒という訳ではなく、色々と突飛なことを考えることもあることを知っている。
――でも、それは他の人には隠し通さなければいけない。
なので、ここは頷いておいた。
サーフィスは目を細めて笑いながら言う。
「ノエルはそういう付き合い方をまだ知らないんだね。いいよ、僕が色々教えてあげるから。まだ婚約すると決まった訳ではないけど、僕は楽しみだな……とても」
「…………」
サーフィスと話していて、何故公爵家が私の家のような借金持ちとの婚姻の話を受け入れたのかが段々とわかってきた。
サーフィスの女癖の悪さから、一般的な貴族の家ならば嫁がせるのを避けるからだろう。
この婚約の話で、世継ぎは必須ではないと事前に説明されていた。公爵家からすれば、評判の悪い四男が結婚すれば世間体が保てるので、それ以上は望まないということなのだろう。
逆に言うと、公爵家が私の家の借金をなんとかしてくれる、というのは信じて良さそうだ。
私の家だけではなく、孤児院の子どもたちも救われる、きっとそんな未来が来る……。
(悪い話では無いのよね……。現実的に考えて……)
やがて二人の時間が終わったが、私はそんな考えに至ったのだった。




