21.婚約者
一人で過ごす家は、想像以上に時間がゆっくり流れるものだ。
私は、自分用のお茶を入れ、お手製のギフト抑制の薬を口に入れた。
毎日やっている行動をなぞることで、私は少しだけ落ち着きを取り戻す。
学園でこの薬を沢山作っておいて良かった、と思った。
(……学園……。何だか、あそこで過ごした日々が遠いものに思える。本当は今頃、父親や孤児院の子どもたちに学園の話をしていたはずなのに……)
父親は何日か前にオルビス侯爵に連れられたまま、続報が入らない。
まだ目を覚ましていないのだろう。
そういえば――と、私は思い出した。
冬休み中に読む機会があれば勉強しようと思って、私は王立学園から魔法関連の本を借りてきていた。
その本を読むことにした。冊数があるから、休み中読むものには困らないはずだ。
が、見ても見ても中々内容が頭に入ってこなかった。
回復魔法のページを何度もめくりながら、私は沈んでいた。
(もっときちんと勉強していれば良かった。家に帰ってくるまでに上級の回復魔法を取得していれば、父親は……)
――あの時に私がもっとちゃんと回復魔法を使えていれば、父親は重体になることもなくて、今頃父親とゆっくり休みを過ごせていたかもしれない。
そんな気持ちが浮かんでは消える。
今まで暮らしていて、父親はずっと健康に過ごしていた。
故に、何が原因でああなってしまったのか、わからない。
ギフト研究中に突然魔力が暴発したって、オルビス侯爵はそう言っていたけど……。
考え込む私のもとに、家のベルの音が響いた。
「……!」
慌てて玄関まで行くと、そこにはオルビス家の使いの者がいた。
馬車に乗るように促され、私は頷いた。
++++
連れて行かれたのは、うちよりもずっと大きな門のある建物だった。
ここはオルビス家の屋敷であり、それも別邸らしい。
本邸でないのにここまで立派な建物なのか――、と私は内心たじろぐ。うちは貴族にしては貧乏だけど、想像以上に力の差があるのだと感じられた。
玄関先まで移動した私を、オルビス侯爵が出迎える。
「来たか。無事に着いたようで、良かった」
「オルビス侯爵! ……私に連絡されたということは、状況が変わったということでしょうか」
「そのことなんだが……。とりあえず、入ってくれ」
私は侯爵に案内され、奥の部屋へと通される。
その入り口には、学園で知り合った人がいた。
「ヘルムート先生……。何故、ここに」
「僕はオルビス家の研究にも協力しているからね。他の研究者とも一緒に、何日か君の父親のことを診た。今日は説明のために来たんだ」
そして、ヘルムート先生は部屋の奥へと私を案内した。
そこには大きなベッドがあって、私の父親が寝かされている。
ふつうに眠っているだけ……、という雰囲気では無かった。
「ノエルくん。リエット伯爵はギフトの魔力の暴走により、一時的に生命活動を停止している」
「せ、生命活動を……? それって、まさか……」
「一応言っておくけど、死を迎えたという訳じゃないよ。意識が元に戻らない、というだけだ」
ヘルムート先生によると、限界を超えて魔力を使い切ったとき、意識が切れてしまうのは一般的な現象なのだという。眠って身体を回復させるために、強制的に意識が失われるらしい。
「……だが、ここまでの日数戻らないのは前例が無い。君には前に言ったと思うけど、今年に入ってからギフトの力が強くなっている傾向にある。リエット伯爵は珍しいギフトを持っていたからか、魔力の出力が非常に強くなって、その結果通常の何倍も魔力が枯渇してしまったのかもしれない」
「……魔力を回復させるために、出来ることは……」
「オルビス侯爵の知り合いの研究者にも当たって、出来る限りの処置はした。だが、まだ目覚めないようだ。そして、今のところ解決の糸口は無い」
「……。そう、ですか……」
沢山の人が父親を治そうとして、その上で駄目だったのなら、どうすることも出来ないのだろう。
こうなる可能性もあるとは思っていたけど、実際にそれを目前にすると、どんな言葉を発して良いのかわからなくなってしまう。
(父親が亡くなる可能性もあると思っていた。それに比べたら、ずっといい……。父親が目覚める可能性はゼロでは無いのだから。
でも……、それでもすごく心細いわ。
家が貧乏で、諸々の経営が上手くいっていたとは言いがたいけど、それでも今までは父親が当主として立ち回ってくれた。だけど、これからは……)
「ノエルくん」
私ははっと顔をあげた。
オルビス侯爵が私に部屋の外に出るように促している。
私は、なるべく心の中の動揺を出さないようにして、頷いた。
(父親が目覚めない今、私がリエット家の責任者なんだ……。今は孤児院の子どもたちの責任者でもあるんだ。形だけでもいい、当主らしく、堂々と構えていないと)
そう自分に言い聞かせながら、オルビス侯爵の指示に従って部屋を出た。
応接室に案内され、オルビス侯爵に重々しく口火を切られる。
「ノエルくん。私は君の父親……リエット伯爵に研究に協力してもらうことで、借金を返済して貰おうとした。だが、研究が終わる前に伯爵の意識が戻らない状態になってしまった。この先意識が戻るのに、どれくらいかかるかわからない状況だ」
「はい」
「だから……借金の話は、ノエルくんに対処してもらうことになる。具体的に言うと、こちらで婚約者を見繕った。その縁談を受けてもらいたい」
私は小さく息をついた。
当初の契約からして、そんな話になるだろうと思っていた。
一応、オルビス侯爵にその縁談でリエット家に加えて孤児院も保障されるのか――と確認すると、問題ないという答えが返ってきた。
私はオルビス侯爵に頷いた。
「ありがとうございます。そのことさえ保障していただければ充分です」
「ああ。そして、君の婚約者は既にこちらに出向いて貰っている」
「えっ。そうなのですか」
今日、当人ともう顔合わせをするのか。
まだ名前も家柄も聞いていない。
いや、相手がどんな人であれ、私は家のためにこの縁談を受けると決めたから、それらの情報はさほど重要では無いのだけれど。
そんなことを考えていると、玄関の方から何やら物音が聞こえた。
そして、勢いよく入ってくる者がいる。
私はその相手を見て瞬きをした。
「アルジェント様……?」




