20.帰郷
王立学園の一学期が終わり、普段寮生活をしている生徒も実家へ帰る運びになった。
私も、馬車に乗って家へと向かっている。
(お父様は元気かな。孤児院の子どもたちも。手紙で大まかな近況は聞いていたけど、実際に会ってみるとまた違った状況になっている可能性はあるし……)
お土産の袋を確認しながら、私は家に戻った後のことについて思いを馳せた。
(私が孤児院の世話を禁止されたのは学園に通うためだから、冬休み中は子どもたちの様子を見に行っても良いわよね……。
……でも、よくよく考えたら、今は孤児院のことはオルビス家から派遣された人が見ているはず。私が冬休み中に行ってもいいか、念のために事前に確認した方が良かったかな。今思えば、終業パーティの日にその話について聞いた方が良かった……んだろうな。…………)
終業パーティの日に起こった色々なことを思い返して、私は一人頭を抱える。
アルジェントに告白のようなことをしてしまった。
あのままアルジェントと別れて関わらないようになる――と思うと、どうしてもそのままに出来なくて、借金の話が片付いたら交際を始めたい、という意のことを言ってしまった。
真にアルジェントのためを思うなら、私はあのまま別れてしまった方が良かったのではないかと、今でもそう思う。
私の家の借金が完済されたとしても、オルビス家からすれば私と付き合うことはプラスにはならないだろうから。
(でも、それは出来なかった……。あのとき、アルジェント様と別れるのは、辛かった。多分、今でもそう……)
あの日屋上で踊った後、私たちは今後のことを軽く話し合いながらそれぞれの帰路へついた。
私と同様、アルジェントは冬休み中は家のことを優先するらしい。
休みが終わって学期が始まった日にまた会おう――と、彼は言っていた。
(あの日は色々なことがあったけど、冬休みの予定を話すときは、アルジェント様がいつも通りでちょっとほっとしたわ。ずっと屋上のときみたいに接してこられたら、色々と耐えられない……。
今までのあれこれからするに、アルジェント様は、実は内心では色んなことを考えていたのかもしれないけど……、
……!)
ギフトで今まで聞いた彼の妄想を思い出しそうになって、私は頭を振る。
――いけない。
本来、人の心の中なんて覗いてはいけないものだ。
今までギフトで知ったアルジェントの内心のことは、早く忘れるようにしなければいけない。
このままギフトの力を抑える薬を飲み続けて、アルジェントの妄想のことは忘れるようにしよう……。
そうして初めて、私はふつうの人間として彼と付き合うことが出来る。
(まあ、まだ私たちは交際をすると決まった訳でもない。私が一番気になるのは、家のこと……。それに変わりはないわ)
とりあえず家で過ごすことを優先しよう、孤児院のことは父親に状況を確認しよう――と考えながら、私は馬車での移動を続けた。
++++
久しぶりに帰ってくる我が家は、概ね記憶通りの外観をしていた。
庭には冬でも採れる野菜が植わっていて、父親が家で暮らしていたことを感じさせる。
私は家のベルを鳴らした。
が、誰も出てこなかった。
「……?」
この日に帰ってくるということは父親に事前に伝えておいた。
父親からは、午前中は仕事があるけど、午後からは自由になるよ、という返事が返ってきた。
だからこうして昼下がりに帰ってきたのだけれど。
私の父親は良く言えば大らか、悪く言えば大雑把な人間である。
昼下がりの昼寝をしていてもおかしくはない。
私は自宅の鍵を取り出して、扉を開けた。
(お父様はベルにも気が付かないくらい寝ているのかしら。もし疲れているのならば、寝かせたままにしてあげたいけど……)
そんなことを考えて家に入ると、そこであることに気付いた。
玄関に父親のものではない、綺麗な靴がある。
(……誰か、人がいる?)
その靴を見て、私は胸騒ぎがする。
私は、この靴を見たことがある。
アルジェントの父親……オルビス侯爵の靴だ。
父親一人ならともかく、来客がいる状態で誰も反応しないというのは、奇妙だ。
私はざわつく心のままに、早足で家の中に入った。
「……!」
応接室の中に入ると、いつもは来客用に整えられた部屋が物で散乱している。
何かが爆発したかのような荒れようだ。
そして、部屋には二人の男性が倒れていた。
「……オルビス侯爵!」
ソファの近くに倒れているオルビス侯爵に話しかける。返事は無く、気を失っているようだった。倒れた際に頭を打ったのか、少量の血が流れているのも見えた。
「……この感じだと、まだ倒れてからそれほど時間が経ってない。なら……」
私は魔力を練り上げ、回復魔法を彼にかけた。
この魔法は傷を負ってからの時間が短いほど効果が高くなる。
私は魔力量がすごく多い訳ではないけど、二人くらいならなんとか回復させられるはず……!
オルビス侯爵から流れた血が段々と薄れ、消えた。回復魔法が効いている証だ。
私は、それから近くにいる父親の元へと移動した。
オルビス侯爵にしたように、父親にも回復魔法をかける。
だが、父親から流れた血は消えることが無かった。
「お父様、お父様?」
私は魔法を使いながら、父親に話しかける。
ずっと回復魔法を使っているから、私自身も消耗していくのを感じるけど、それでもここでやめる訳にはいかなかった。
「ノエルくん……止まりなさい」
その言葉と共に、私は後ろから肩を掴まれる。
いつの間にかオルビス侯爵が起き上がっていた。
「回復魔法の使いすぎで、魔力切れを起こしているよ。後は私が何とかする」
「……侯爵……、ここで、一体何が……」
「たまには場所を変えてみようと、ここで伯爵のギフト研究を行った。その結果、突然魔力が暴発した……。……、……。駄目だ。私の魔力自体は問題ないはずなのだが……」
オルビス侯爵にソファに座らされた私は、彼が父親に何度も魔法をかけるのを霞む視界で見つめていた。
だが、そのうちに彼は魔法を使うのをやめ、首を振った。
「……ノエルくん。伯爵は私がもっと専門的に治療できる施設に連れて行く。この家には片付けの為の人間を送る。では、今日は失礼する」
「……オルビス侯爵! あの、私に出来ることはありませんか。ギフト研究で何が起きたのか調べたり、孤児院の手伝いをしたり、そういったことは……」
「すまないが、君は待機していてくれ。状況が確定するまで余計なことはしたくないんだ」
そう言って、オルビス侯爵は父親を連れて家を出た。
帰ってきた家は、自分一人だととても静かだった。




