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18.誘い

 

(ここからいなくなりたい……)



 私は内心そう思った。

 自分でも気が付かないうちに浮かれていたなんて、なんか、色々と恥ずかしすぎる……。



 昔、恋愛系の本を読むのが好きだった。

 家の財政が厳しくなるにつれて、こういうものからは卒業しないと思って封印したけど、心の底でラブロマンスへの憧れは残っていたのかもしれない。



 ──残っているなら、捨てたい。



 私はそう思った。


 私はお金にならないギフトを発現してしまって、その点で家に貢献することが出来なかった。

 だから、家や孤児院の財政状況が解決するまでは、余計なことを考えたくない。


 私は試験対策をしている間、家のことや友人のことについて考えることがあまり無かった。

 マルチタスクが出来なくて、何かに集中したら他が見えなくなる──そんな傾向があるのかもしれない。



 恋愛ごとで、遊ぶ、という言い回しがあるけど、私は多分そんなふうに要領良くは出来ない。好きな相手に没頭した結果、家のことを忘れてしまう日が来る可能性もあるかもしれない。

 だから、やはり封印しておきたい……。




「……ノエル?」


 そんなことを考えながら話していたが、流石に普段と様子が違うことに気がついたのか、アルジェントが私の名前を呼んだ。



 ──こうして向かい合って話していると、まずい。


 そう反射的に思った私は、とっさに屋上の柵があるところまで移動した。


 ここからは下が見下ろせる。

 辺りのライトアップに加えて、学園の第二講堂が見える。



 第一講堂の方では食事と歓談のためにテーブルがいくつか設置されていたが、第二講堂は物が置かれていない。広々としたホールに正装をした生徒たちがいる。あそこはダンスパーティ用の会場なのだろう。



 第二講堂で曲が奏でられ、新館の屋上にいる私たちのもとにも優雅なメロディが聞こえる。

 その音楽を聴きながら、私は言葉を口にする。



「すみません。……えっと……終業パーティ用の装飾がとても綺麗で、見惚れちゃって……ちょっとぼんやりしちゃいました」

「そうか……」



 私はじっと外の景色を見つめながらそう話した。

 ……こうすれば、まだ平常心で話せる……気がする。



 アルジェントも柵の方へと移動してきた。

 私たちは並んで学園の景色を見下ろす。




「終業式が終わるまで、こちらの飾り付けはされていませんでしたよね。一瞬で準備を終わらせるなんてどうやったんだろうと、不思議で……」

「それは、俺がやった。物を圧縮して仕舞っておいて、必要な時に取り出して意図した場所に配置する……そういった魔法があるんだ」



 アルジェントの言葉を聞いて、私は以前本で読んだものと同じだ――と思った。

 だが、一つ気になることがあった。



「いくつかの属性の魔法を組み合わせて、そういった効果が得られるのは知っています。ですが、ここまで広い範囲に使うようにするには、膨大な魔力が要るはず。一人では不可能ではないかと思っていたのですが……」

「ああ。一般的にはそうかもしれない。だが、俺のギフトならばそれを可能に出来る」



 その言葉を聞いて、私は思わずアルジェントの方へ身体を向けた。私に反応したのか、彼も私に向き合う。



 アルジェントは私のアルバイト先のカフェに通っていてくれたが、私の考案したメニュー……ギフト研究のアンケートに答えることは無かった。

 彼のギフトの詳細を知るのは、これが初めてだ。



「アルジェント様のギフト……。……物を圧縮したり、取り出したりすることが出来るということですか?」

「少し違うな。そのように、特定の用途に限定されたものではない。――魔法の力を増幅させる。それが俺のギフトだ」



 アルジェントはそう言うと、屋上にある鉢のうちのひとつを見つめた。

 この屋上には観葉植物がいくつか植えられているが、アルジェントの傍にあるその鉢の中には何も植わっていなかった。


 その鉢の周囲の空気が、キラキラと光り始める。

 星屑のような光が降り注いだ後、鉢には大きな雪のツリーが姿を現していた。



「すごい……」


 私は感嘆の声を口に出した。



 恐らく、アルジェントは水魔法を用いて、大気から雪を作り出したんだ。

 その上で鉢に固定して、特定の形になるように固定して……。

 雪や氷を生み出すだけならまだしも、複数の魔法を組み合わせた上で大きい物を作り出すのは本来とても多量の魔力を使うことだ。

 アルジェントの話すギフトの力は本当なのだろうと実感した。



 アルジェントのギフトは、どんな貴族も欲しがるものだろう。

 彼のギフトがあれば全ての魔法の力を増幅させることが出来る。

 一般的な人間は魔力に限界がある。アルジェントにもあるのだろうが、彼はギフトの力によって、個人で何十人分もの魔法を使いこなすことが出来るのだろう。



 ギフトの力を抜きにしても、アルジェントは学園で優秀な成績を残している。それに加えて、家業も一部執り行っているらしい。

 彼と婚姻関係を結べば、子孫の能力も約束されたようなものだろう。

 学園でアルジェントを密かに慕う者は多いと聞くが、恐らく彼は貴族社会では学園以上に注目されているのだろう。




「――アルジェント様は素晴らしいお人ですね」


 私はぽつりと漏らした。


 彼から、静かに声が返ってくる。


「……どんな点で、そう思ったんだ?」

「様々な高い能力を持っている、というだけで尊敬出来るものではありますが。学業だけでなく、アルジェント様は家の家業の一部にも既に携わっている。それに加えて、今回のパーティのように、学園の他の生徒の多くを助けている。様々な面で尊敬出来ることばかりで……」

「――そんなことはない」



 アルジェントは、少し低い声を出した。



「俺は今まで……一年の時も二年の時も、学園で何回も助けを乞われていた。このような学期のパーティでもそうだし、他の催し物でもそうだ。その度に、家業に関係無いことで俺が協力する謂れは無いと断っていた。だから、俺は助けを求める声を袖にした回数の方が圧倒的に多い」

「……そうだったのですね。ですが、他の人を助けるのは、強制されるようなことではありません。断ったことが悪いことかというと、私はそうは思いませんが……」

「そうだな。俺も悪いことという意識は無かった。だが、少し行動を変えてみたいと思った。ノエル……君の影響でな」

「……私?」



 突然自分の名前を出されて、私は動揺した。

 アルジェントは、静かに頷いた。



「俺は、オルビス家の家業の一部を任せてもらっている。その中で、リエット家のように金を貸すことになった家の様子を見に行ったこともある。


 ……最初のうちはオルビス家の家名に頭を垂れていても、いずれは借金の契約を誤魔化そうとしたり、他の者に身代わりになってもらおうと画策する者が殆どだった。

 まあ、小手先の企みなど簡単に潰せるものだが……あまりいい気がしないことは多かった。

 元々名のある貴族であっても、汚い行動を取る者は多くいた。



 家業に直接関わりがない学園生活でも、俺に色目を使って近付いてこようとする人間はいた。恐らく俺のギフトや、オルビス家の権力を狙ったものなのだろう。



 そんなことを繰り返すうちに、俺は人そのものに対してどこか不信感を持つようになっていた。だが……」



 アルジェントは淡々と話す。



「……ノエル。君は、家の財政が苦しい中でも、孤児院の子どもたちを細やかに見ていた。家の都合で学園に行くことになって、当初周りに知己がいない状況でも、腐ることなく努力を続けていた。



 俺が様々な魔法を使えて成績優秀者でいられたのは、オルビス家に多くの文化的な財産があって、その恩恵を受けられたから――というのが大きい。

 だが、君は家の力が弱い状況でも、折れるようなことが無かった。

 俺が君の状況にいたら、そこまで励めたかはわからない……。その点で、俺は君を尊敬しているんだ」



 そこまで言った後、アルジェントは一歩私に近付いた。



「……本当は、俺は、そんな君を助けたかったんだ。オルビス家とリエット家のことは関係なく、俺個人として助けたいと思った。



 でも、君は俺の力に頼ることが無かった。



 それなら、君がしたようなことを、自分もやれるようになりたい……。そう思って、学園の生徒の助けを聞くようにした。俺が今回パーティの手伝いをしたのは、そういう経緯だ」



「そう……だったのですね……」




 アルジェントに沢山の言葉を貰って、私は一瞬沈黙する。



 ……ギフトで、アルジェントの妄想が聞こえてしまうことはあった。


 だが、ここまでアルジェントの気持ちを教えてもらうのは、これが初めてかもしれない。

 それも、彼は私を尊敬している、とまで言っている……。



 それが、どういうことなのか……。



 自分の頭の中で考えを整理するために、少し時間が必要だった。

 だから、私は沈黙を続けた。




 そんな私のもとに、再び曲の演奏が流れてくる。

 ダンスの会場から流れてくる音楽だ。



 アルジェントはダンスの会場を見つめながら、再び口を開いた。



「ノエル」

「……はい」

「あそこでダンスパーティをやっているのが見えるだろう」

「……そうですね。どの方も綺麗です。

 それに、友人に教えて貰ったのですが……、あそこで踊ったペアは、将来パートナーとなることが多いのだとか。それくらい信頼関係を結べている方たちなので、あんな風に美しく踊ることが出来るのでしょうね」

「そうだな。裏を返せば、パートナーと思える程の存在がいない場合は、踊りの覚えがあっても参加しない生徒の方が多いらしい。俺も、今までは参加することが無かった」

「そうなのですね……」



 ――確かに、アルジェントがダンスパーティに参加したならば、その生徒が将来のパートナー候補だと周りに思われた筈だ。

 他の生徒たちには、アルジェントは遠巻きにされながらも憧れられている、みたいな存在だった。パートナー候補の生徒がいたら、また違った扱いを受けていただろう。



 私は下を向いてそんなことを考えていたが、そのうちにあることに気付く。

 アルジェントがじっと私のことを見つめている。



「今までは、の話だ。今は違う」

「……え?」

「ノエル。俺と一緒に、ダンスを踊ってくれないか」


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