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17.自覚

 

 フィーナと私の予定を合わせると、休みが入る前に一緒に過ごせるのはどうやら今日だけらしいということがわかった。



 フィーナとカフェで話して、寮に戻ってからも談話室で話して、夜も更けた頃に私たちは解散した。



(同じ寮にいるから、フィーナとは試験後に喋る機会が沢山あるだろうと思っていた。甘く見ていたわ……。……フィーナと落ち着いて喋れるのが二学期までお預けなのは寂しいけど、また会えた時にお土産の話を沢山出来る、と考えたらいいか)



 久々に人と沢山喋って、何だか心地良い疲労感がある。


 私室に戻って眠ろうとした私は、そういえば自分宛の郵便が届いているかの確認を忘れていたことに気づいた。


 私は学期が終わるまで家に戻ることは無いけど、時々父親から近況報告の手紙が届くのだ。

 今回も無いものかと、郵便受けを確認した。



「あ……」



 郵便受けに入っていたものを見つめて、私は思わず呟く。

 簡素な封筒には、アルジェントの名前が書いてあった。



 ++++



 講堂での終業式が済み、クラスでのホームルームも終わった。

 そして、学期終わりのパーティが開かれる。



 教室から出た私は目を見開く。

 式が終わるまでは学園はいつも通りの姿だったが、今は建物全体がパーティのためにライトアップされているようだ。

 木には星々のように細かな飾り付けが施され、普段の学園の照明は冬の祭りでよく見るランタンに変わっている。

 建物はオレンジ色の灯りに囲まれ、まるで暖炉が学園全体を暖めているようだ。



「綺麗……」



 私は、ぽつりと呟く。


 それに加えて、講堂も様変わりしている。


 終業式のときは簡素な椅子しか無かったものが、今はテーブルと食事が配置され、パーティ会場へと変貌していた。

 現在テーブルの上に置かれているのはオードブルだが、オーダーを受けた料理人がメインディッシュを作るサービスもしているようだ。それに加えてシャンパンなどの飲み物も豊富にあった。



(父親と孤児院の子たちのために持って帰りたい……)



 私の脳裏にちらりとそんな考えが思い浮かぶ。肉料理やケーキを持って帰れば、子どもたちが喜ぶだろう。

 が、流石にここにあるものは今日中に食べなければいけない類のものらしい。

 後は、クラスメイトやアルバイト先の先輩などの知り合いと話しつつ、美味しい料理に舌鼓を打つ。

 周りの売店にお土産の菓子を売っているところもあるから、後で買おう――頭の隅でそう思った。



 そのうちに切りのいい時間になって、私はある場所へと移動する。



 私が受け取った手紙には、学園の新館の屋上で待つと書かれていた。



 新館は本館と比べて授業に使用される教室が少なく、必然的にそこを利用する人間も少なかった。

 だが、今日はいつもよりもぽつりぽつりと人がいる。それも二人組をよく見る。

 講堂の方が人が多いが、新館にいる人は、逆に人混みを避けてゆっくり過ごしたい、という気持ちがあるのだろう。



 だが、屋上へ行くにつれて、生徒の姿が見えなくなった。

 約束の場所には、アルジェント一人だけがいた。



 ++++



「――お久しぶりです」

「ああ。最近中々会う機会が無かったが……本当はもう少し早く顔を合わせたかった。体調を崩してはいないようで、何よりだ」

「ええ。アルジェント様も、お変わりないようで……」



 アルジェントと挨拶をしながら、私は内心あることに気付き、静かに衝撃を受けていた。


(――アルジェント様の心の声が聞こえない)



 今までだと、アルジェントに顔を合わせる度に彼の心の声が聞こえていた。

 サラとの魔術の実習にアルジェントが来たときは聞こえなかったが、あれは自分がいっぱいいっぱいでうまく認識出来なかっただけで、本当は聞こえていたのだろう。



 今の私は落ち着いているが、彼の心の声は何も聞こえない。



(ギフトの力を抑えられるんじゃないかって思って、試験中も試験後もずっと薬を飲み続けたけど、その効果が出た……のかもしれない。このまま薬を飲み続ければ、このギフトは無かったことに出来るってこと? よ、良かった……)



「俺は暫くノエルの様子を見ることが出来なかったが……、初めての試験はどうだった」


「は、はい」



 ――アルジェントと、普通の人と同じように話せている。

 嬉しい。


 長く悩んでいた問題に解決の希望が出て、私は内心感激していた。


 だが、それも含めてアルジェントには私のギフトのことは隠し通さないといけない。

 私はいつも通りの表情と対応を心がけながら受け答えをした。



「事前に先輩方に話を聞いていたことが当たっていたので、試験の結果は概ね目標通りにいきました。それに加えて、ギフト関連の課題も評価されたので、ゴールドランクを取ることが出来そうです!」

「――そうか。……学園の中でも、ゴールドを取る者はそういない。俺も同じランクを取ったことがあるが、勉強の期間が短かったノエルの方がずっと努力したことだろう。 ――想像以上の成果だ。よく、励んでいるな」



 アルジェントの言葉を聞いて、私の胸はカッと熱くなる。

 ――色々なことをやってきたけど、実を結んで、本当に良かった。




「ノエル。ところで……」


 内心浮き足立つ私に対して、アルジェントは言葉を続ける。



「はい?」

「ノエルのギフトについて考慮した上で、成績はブロンズでも問題ないと思っていたが……、そこまで勉学に力を入れるということは、何か目標があるのか?」

「目標……?」

「課題の優秀賞やゴールドランクは、例えば魔術研究を目指す者には外の組織へのいいアピールになるだろう。君はそれを目指していたのか?」

「……私は、そこまでは考えていませんでした。ただ、やるならば高い点を取れた方が、お金にも困らないだろう……という、漠然とした理由で」



 こうして喋っていると、何だか自分の行動は頼りない。

 どうせ勉強するならば、具体的な目標を決めた方が良かったと思う。その方が効率的に勉強を進められただろうに。



 まあ、私の目標は家の借金をなんとかすることだし。

 私の話を頷きながら聞いているアルジェントも悪い印象は持っていないみたいだから、いいんだけど……。



 …………。



(――あれ?)



 アルジェントと言葉を交わしながら、私はフッとあることに気付く。



 私は、家の借金のために試験を頑張った……。

 本当にそうなのか?



 父親のギフト研究が順調にいきそうという話は、ヘルムート先生から聞いていた。

 ギフトの課題が出せないとしてもオルビス家としては構わないと、アルジェントに聞いていた。



 冷静に考えれば、私は家の借金のためにここまで試験対策を頑張る必要は無かった訳だ。

 ギフトの課題を出さずに普通に試験を受けるだけでも、きっとオルビス家は許しただろう。



 オルビス家の心証のために頑張る……と、私は思っていたけど。


 実は、それは違うんじゃないか?




(アルジェント様が成績優秀なことは知っていた。私がブロンズを取ってしまったら、どうしても彼からは見劣りするだろうと思った……。アルジェント様がゴールドランクを取ったこともあるって、噂で知っていたから。



 毎日薬を作って、私のギフトの力を抑えようとしたけど……。


 よく考えたら、多少気まずくても私が我慢すれば済む話よね。


 私と話したときの反応が多少変だったとしても、アルジェント様がその理由でリエット家に厳しくするということは考えづらい。


 と、いうことは……。


 ……私がそうしたくて、そうしていただけなの?


 アルジェント様に対等に見られたくて、ゴールドランクを取って。

 アルジェント様と話すときに気まずい気持ちになりたくないから、ギフトの力を抑えようとした……)



 それだけじゃなかった。



 カフェにアルジェントが来たとき、今まで彼は制服目当てでカフェに通っていたのかもしれないし、それなら他の店員のことも好意的に見ているのかもしれないと思って、私はかなり微妙な気持ちになった。



 ……なんでそんな気持ちになるんだろう。



 私に対して心の声が聞こえたときは、困惑はしたけどそこまで嫌だとは思わなかった。


 だが、他の店員に対しても同じように思っているんだろう――と考えたとき、気持ちが冷えていった気がする。



 そんな気持ちになるのは……。



(アルジェント様のことが、好きだから……?)



 脳裏に浮かんでしまったその答えを振り払うより前に、向かいのアルジェントと目があった。


 方々にあるランタンの灯りよりも、アルジェントの瞳の方が眩しく映る。


 そして、私の胸が鳴る。


 今までアルジェントの心の声を聞いて、何度も困惑したり、驚いたことはあるけれど……。


 そのどれよりも、今の方が心臓が早鐘を打っている。




(今まで、恋バナ好きなフィーナやアルジェント様の妄想に対して、みんな夢見がちなのかなって、ちょっと思ってたけど……。



 家のこともあるから、私は堅実に生活をしているって、そう思ってたけど……。



 本当は、私も無意識のうちに夢を見ていたの?



 アルジェント様に見合うようになりたいって……)



 そこまで思い至って、当のアルジェントと話している最中なのに、私は頭がカッとする。



 ――恥ずかしい。


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