16.目標達成
カフェで私の考案したメニューには沢山注文が入るようになって、データもまあまあ集まってきた。
――そろそろ、課題に取りかかってもいい頃かもしれない。
アルジェントにスケジュールを渡した結果、もう少し仕事のシフトを減らした方がいいのではないか――と言われた。
それについて考えた結果、試験前はアルバイトに入る回数を減らすことにしたのだ。
アルジェントにスケジュールを渡した後、彼は私が働いている時間にカフェに何回も来ていた。恐らく、私がきちんと働けているのかが心配だったのだろう。
それもあって、確かに彼の言葉に従った方がいいのかもしれない、と思ったのだ。
そして、アルジェントは途中からカフェに姿を現さなくなった。
彼は学園のある役職についていて、その用事が立て込んでいるらしい。
ここから試験の後までは中々会う事が出来なくなる、試験対策はノエル自身でして欲しい――と少し残念そうにしていた。
試験に付き添うなんて、この年齢なら殆ど無いことだ。本来アルジェントが心配する必要はない。
アルジェントには余程私が頼りなく見えているのか──と内心少し悔しく思った。
が、それは表に出さないようにした。
とりあえず、彼の言う通り勉強に集中するために動こうと思ったのだ。
ある日の閉店後のバックヤードで主任に相談したところ、彼女は承諾してくれた。
「ここのカフェは生徒が働けないときは大人が店員をやることもあるからね。問題ないよ」
「ありがとうございます……!」
「――でも、ノエルがいなくなるのはちょっと寂しいな。ノエルが作ってくれるまかないはいつもおいしいし」
主任はそう言いながら、近くにあった皿の中のクッキーを口に運ぶ。
中のクッキーは、蜂蜜を練り込んだ甘いもの、砂糖控えめカカオ濃度濃いめのチョコレートを用いた苦めのもの、酸味のある果実を使った酸っぱいもの、スパイスをちりばめた香ばしいものなど、いくつかの種類がある。私が限定メニューで作ったものの余りものだ。
主任は、その中のカカオの濃いチョコレートのクッキーと、苦味のある植物を練り混んだクッキーを口に運んでいた。
「主任は前からそれを食べていますよね。お好きなのですか?」
「んー……。いや。好きな種類のクッキーは他にあるわ」
「え。そうなのですか」
「でもね、何だかこのクッキーを食べるとすごく調子がいいのよね……」
さくさくとクッキーを食しながら、主任は話し続ける。
「体調が良くなったということですか?」
「というよりは、ギフトね」
「え?」
「ギフトの制御がうまくいかないって話してたでしょ? あれが最近うまくいくようになったの。外国語もスムーズに聞き分けられるようになった。私がその為に訓練した訳じゃなくて、どうもノエルがカフェに来てから……正確にいえば、このまかないのクッキーを食べ始めてから変わり始めたのよ」
「……そ、そうなんですか」
「ノエル、試験が終わってもカフェに来てくれるわよね? 途中でやめたりしないよね? ……いや、いっそ店はやめてくれてもいいけど、このクッキーは作り続けてほしい。相応の値段を出すわ。ねっ。ねっ?」
「か、考えておきます……」
主任が私の手を握ってぶんぶんと振りながら迫ってくるので、私は気圧されながら返事をした。
++++
「……うーん」
私室に戻った私は、カフェの研究結果をまとめる。
汎用魔術と同じように、ギフトにはそれぞれ【属性】がある。大まかに分類すると、火、水、土、風、聖、闇──の六種類らしい。聖と闇のギフトは非常に珍しい。
うちの父親は、野菜を自在に成長させるから【土】属性なのだろうと思っていたが、オルビス家によると【聖】属性も含むらしい。神の権能に最も近いといわれる属性が【聖】で、自在に作物を採ることができるのは最早神の権能に近いものがあるから──とか。
今まではギフトの属性は一人につき一つ得意なものがあるというのが一般的な見方だった。だが、オルビス家はギフトの属性を複数持つ人間もいるのではないかと見ている。
私の研究の結果、それぞれの属性によって好き好む味は似通っていた。
ただし同じ火属性でも好みの味が異なるものもいたが、ギフトの内容を確認すると他の属性も混ざっていそうな者にその特徴が出ているということがわかった。
これらの情報を照らし合わせると、味の好みとギフトにはやはり相関関係があるようだ。
(今回分の課題はこれで大丈夫そう。でも、それよりももっと私が気になることは……)
私は、クッキーを取り出してじっと見つめた。
苦味のある木の実を練り混んだクッキーだ。
私は、この味が苦手だった。
でも……。
主任によると、苦手な味のものを多く食べることで、ギフトの制御がうまくいくようになったらしい。
これは仮定だけど。
受動的なギフトを持つ者は、苦手な味の食べ物を摂取することで、ギフトの力を抑えることが出来るのではないか。
誰しも、基本的には苦手な味の食べ物は多くは食べたくないものだ。
それ故に、ギフトの力を抑える効果に気付かれていないのだとしたら……。
(私が苦手なものを食べ続ければ、もしかしたらアルジェント様の心の声も聞こえなくなるように出来るんじゃ……?)
私は、木の実のクッキーを口にする。
……苦い。
でも、薬のようなものだと考えれば、苦味があればあるほどいいような気がする。
(もしかして、木の実を直に食べた方が効き目が強くなるのかしら。それも木の実をすり潰して粉薬のようにすれば、一度に沢山採ることができる。この木の実は安価なものだから、沢山手に入れるのは可能なはず……)
試験勉強と並行して、私は木の実を仕入れられる店を確認しつつ、木の実の保存方法を調べるようにした。
保存方法がわかった後は、木の実を磨り潰して保存用の丸薬にしたものを作るようにした。
勉強しながら、一日に一粒丸薬を飲む。
……すっごく、苦い。
私はここまで苦いものは好きではない。
だが、だからこそ効果があると信じて、私は飲み続けた。
++++
やがて、試験期間が終わった。
そして、試験返却の日。
私は緊張しながら、初めてのテストの答案を受け取った。
事前の対策が功を奏したのか、概ね目標通りの点数を取れた。
安心して、私は息をつく。
そして、ホームルームの前に担任に話しかけられた。
「リエットさん、あなたには特別な賞が与えられます。前に出て下さい」
「しょ……賞?」
私が首を捻りながら前に出ると、先生は輝く表彰盾を持って私に差し出してくる。
「リエットさんが今回提出したギフト研究の課題で、優秀賞を与えられたのです。そのため、こちらは記念の品です」
「……!」
「リエットさんは皆さんより一ヶ月遅れて学園に入りましたが、弛まぬ努力を結果に結びつけることが出来ました。皆さん、祝福の拍手をお願いします!」
――試験の結果と合わせて、課題で賞も取れた。これで目標としていたシルバーを超えて、ゴールドのランクを取れそうだ。
達成感と安心感を覚える私を前に、クラスメイトたちが声援と拍手を送る。
みんなの注目を受けるのは少々緊張したが、クラスメイトたちは暖かく見守ってくれているようだった。
++++
「色々活躍してるね、ノエル」
「フィーナ! お疲れ様」
「私はノエルはいつかやると思っていたわ。折角だからお祝いさせてね」
緩んだ雰囲気の放課後、私はフィーナから話しかけられる。
今日は互いに時間があるということで、私たちは学園内のカフェでお茶をすることにした。私が働いているカフェとは別のところだ。
私たちはテラス席に案内された。
メニューを頼み終え、席で一息つく。
冬休みを目前にしたカフェは、少しでも暖かさを味わって貰うため、庭園にオレンジ色の照明が付けられているようだ。それに加えて、火の魔法と風の魔法を応用して、照明から暖かい風が出るようになっているらしい。
お陰で、冬の冷える空気の中でも外で快適に過ごせた。
私はじっと店の内装を見つめながら考える。
「うーん……、私が働いてるカフェもこういう感じのディスプレイをした方がいいのかな。暖色を取り入れるだけで大分印象は変わるよね。基本的にうちのカフェの内装は白と黒でちょっと寒々しいから……」
「……ノエルは勤勉だねえ」
「勤勉?」
「今日はお祝いのために来たのに、仕事のことを考えてる。まあ、そういう姿勢だからこそ、優秀賞が取れたのかな。本当におめでとう、ノエル」
フィーナに改めて祝福されて、私は少々恐縮する。
「勤勉というか……、必要に迫られてやっただけだよ。私の家の借金の為には、勉強に手を抜く訳にはいかなかったから」
「え? そうかな。実はアルジェント先輩から色々言われてたりした?」
「すごく厳しく言われてた訳じゃないけど……。彼は私の働いているカフェに通ったりしてた。あれは私がちゃんとやれてるかの監視だったのかもしれないよ。仕事で体力を消耗して、勉強に影響が出たりしないようにして欲しい、という」
「いやー……いやあ……私が思うに、アルジェント先輩は……、……ま、いいか。前に二人には何も言わないって決めたもんね。うん」
フィーナは何か言いかけて、やめた。
……かなり気になる物言いだったけど、そこまで深掘りして欲しいことでも無かったので、そこで止めてくれるのはありがたかった。
フィーナは店の飾りを見つめながら呟く。
「終業式の後に、学期終わりのパーティがあるでしょ。あれ、私は出ない予定なの。家の領地で16歳祝いのパーティがあって、今年はそれに参加しろってさ」
「え、そうなんだ。じゃあフィーナはもうすぐ家に帰っちゃうの?」
「そうだね。ノエル、次の学期では一緒に参加しようよ」
「うん。フィーナがいてくれると嬉しい!」
「今回は……もしノエルがパーティに参加するなら、様子を教えてね。特に、ダンスパーティの様子を重点的に……」
「そう言われると、ダンスパーティより前に帰ろうかなって気持ちになるんですけど……」
前のめりになったフィーナを目にして、私はススッと引いた。
クラスでも噂になっていたことだが、学園のダンスパーティで男女が踊るとき、その組み合わせが後日婚約したり、仕事上のバディになるなど、様々な意味でパートナーになることが多いらしい。だからダンスパーティは特に注目されているとか。
私は純粋にダンスを見物したいなと思っていたが、フィーナはおそらく、どんなペアがいたか聞きたいのだろう。彼女は所謂恋バナが大好きだから。
フィーナは、肩を竦めて言った。
「まあまあ、仮にダンスパーティまで見ないとしても、パーティに参加するのはいいと思うよ。食事は美味しいらしいし、飾り付けも綺麗らしいから。確かアルジェント先輩も準備に協力してるって話だったよね」
「そう……なんだ」
フィーナ曰く、王立学園の学期終わりのパーティは、学園全体を飾り付けして華やかに行われる。
だが、今年は最初の担当者が急遽病に倒れてしまい、そのピンチヒッターとして入ったのがアルジェントだったという。
「……でも、今のところ学園が飾り付けられている感じはしないけど」
「何日か前から校舎を飾り付けると学生の活動の邪魔になるという意見もあったから、アルジェント先輩が当日一気に飾り付けするように計画を変更したんだって。うちの兄も少し作業に参加してるんだけど、例年までは人力で飾っていたけど今年からはその人手は不要だって言われたらしいよ」
「へえ……人がいなくても大丈夫ってことかな。どうやってやるつもりなんだろう……」
以前魔法にまつわる本を読んでいたとき、似たような魔法について見たことはある。
物質を圧縮した上で一瞬で元の大きさに戻し、指定した場所に取り付ける――そういった魔法があるのだという。複数の属性の魔法を応用するものだから、かなり難しいものではあるらしいけど。
アルジェントは、そういった魔法を使えるのだろうか。
彼は成績優秀者だという話を人づてに聞いたから、恐らく様々な魔法を使えるのだろうけど、はっきりとはわからない。
……考えてみれば、私はアルジェントのことを何も知らない。
ギフトによって図らずも知ってしまったことは多いけど、本人自身から教えて貰った訳では無いから、これは知っているうちに入れない方がいい気がする。
そして、ギフトで知ったことを抜いたら、私はほぼ彼のことを知らないのだ。
なんなら、クラスメイトの男子の方が知っていることは多いかもしれない。
本来遠い世界にいる先輩とクラスメイトなら、そうなるのは自然なことかもしれないけど……。
フィーナとのお茶の時間はとても楽しかったけど、そのモヤモヤした気持ちは私の胸の奥から消えなかった。




