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15.知り合いと仕事場で会うのは気まずい②

 

(気まずいわ……)


 アルジェントに遭遇して、私は反射的にそう思った。



 私は今、カフェの店員用の制服を着ている。そして店員として接客をしている。つまり、通常の生活からは離れた振る舞いをしているのだ。

 知り合いを接客するとき、「こいつはキャラを作っているな」と判断されてしまうのはどうにも落ち着かない。



 自分の同じ学年の生徒を接客したときも同様の気まずさはあった。

 だが、マニュアル通りに仕事をこなすことが出来て、その生徒も通常の客としてマナー良く振る舞ってくれたため、その苦手意識はいつしか消えていったのだ。

 だが、アルジェントが来店したことで、新たな緊張感が私を襲う。



 何故かというと、私はアルジェントの心の声が聞こえるからで……。


 店員姿が似合わないとか、立ち居振る舞いがなっていないとか、そういった意見が聞こえてしまってもおかしくはない。



「お一人様ですね。あちらのテーブル席が空いていますので、どうぞ」



 だが、私はそんな不安に目を瞑りつつ、アルジェントを案内した。

 仕事は仕事である。相手が誰であれ、同じように振る舞わなければいけなかった。



「メニューはこちらになります。本日限定のメニューはあちらのボードに書いてあります。お決まりの頃注文を取りに参ります」

「あぁ……わかった」



【……これはどういうことなんだ。何故ノエルがこの店で働いている。聞いていないぞ。しかもノエルがここの制服を着ると……、か、可憐だ。可憐で清楚で礼儀正しくて……、まるでクラシックメイドのようだ。……ノエルがメイドになった世界であっても、俺は家に迎えたい。オルビス家に……、いや。父親や他の者の目には触れさせたくない。俺だけの家でノエルといつまでも暮らしたい。朝も夜も一緒だ。彼女に働かせるだけではない、俺も彼女を労って暖かな家庭を作るんだ……】




(わ、私の店員としての印象は……大丈夫そう……と思っていいのよね?)



 私が接客している間、アルジェントはいつものように無表情で対応していた。だが、彼からはずっと動揺しているような心の声が聞こえてきていた。

 それも何だか、かつてない程勢いが強かった。



 確かに、ここの制服は白いエプロンに暗いブラウンのロングスカートワンピースで、クラシカルメイド服によく似ている。どうも、アルジェントはそれに強い関心を示したようだ。



(アルジェント様は……メイドが、好きだったのね……)



 バックヤードに戻りながら、私は静かに衝撃を受けていた。


 メイドが好き……というよりは、メイド服が好き、なのだろうか。

 だが、彼の妙な妄想からすると、メイドそのものも好きだったような……。

 いや、彼の性癖について探るのはやめておこう。プライバシーの侵害だ。



「はぁ……」

「ノエルちゃん。ちょっといいかな?」


 私がバックヤードでため息をついていると、二年の女性の先輩に話しかけられた。


「ノエルちゃん考案のメニュー、思ったよりオーダーが入ってるの。出来れば短時間で多めにストックを作っておきたいから、ノエルちゃんは臨時でキッチンに入って貰える?」

「わかりました。では、先輩はあちらのお客様のオーダーを取って頂けますか?」

「はいはーい。……あ、アルジェント様だ! ちょこちょここのカフェを利用してくれるけど、接客出来るなんてついてるわ。じゃ、行ってくるね」



 先輩はどこか嬉しそうにホールへと向かっていった。

 彼女はどうやらアルジェントのファンらしい。



(アルジェント様は学園内では氷の君として恐れられてる。でも、彼のファンは多い……。フィーナはそんなことを言っていた。このカフェの先輩がアルジェント様に憧れていても、まあ不思議ではないか)



 私は焼き菓子の準備をしながら、頭の中でつらつらと考える。



(……でも、今までと違うのは、アルジェント様がメイド服……というか、このカフェの制服が好きということで……。つまり、先輩や他の人のことも、好意的に見ていてもおかしくはない。

 というか、アルジェント様は時々このカフェに来るらしいけど、ここの制服目当てで来ているのかな? それは、なんか……なんというか……)




 何故だろう。

 私の中に、モヤモヤとしたものがいつまでも残っているような気がする。


 お菓子を作るのは、ストレス解消にも有効らしい。

 私は自分の中のモヤモヤを吹き飛ばすべく、焼き菓子作りに集中することにした。



 ++++



「ふう……」



 今日は私が備品の確認を行った為、アルバイト先を出るのが最後になった。



 バックヤードで諸々の作業をする必要があったため、あの後にアルジェントを接客することは無かった。

 無心で焼き菓子を作ったこともあって、あの後は平常心で仕事が出来たから、結果的に良かったな――と思う。

 明日以降彼が再びカフェに来ても、他の人と変わらずに接客が出来るだろう。




 建物に鍵を閉めて、私は寮へ戻ろうとする。


「……あれ?」



 裏口から数歩歩くと、そこに人影がいた。

 アルジェントだった。



【良かった。中々出てこないからどうしたものかと思ったが、ノエルは今まで残っていたのか】



 アルジェントの心の声からすると、彼はこの時間までずっと待っていたらしい。

 私は少々罪悪感を抱きつつ、彼に確認する。



「アルジェント様。どうされたのですか。何か店の中に忘れ物でも……」

「いや、君に用事があったんだ。ノエルは、このカフェでアルバイトしている……その理解でいいか」

「はい。先日からアルバイトに応募しました」

「アルバイトを、辞めることは出来ないだろうか」

「えっ!?」




 予想外の言葉に、私は困惑する。

 ……妄想の方向性はともかくとして、アルジェントは私が店員として働くことを認めたのではないかと思っていたけど、違ったのか。



 どう答えるか迷っているうちに、アルジェントの声と、心の声が流れてくる。



「店でアルバイトをする生徒がいること自体は俺も把握している。だが、ノエルが優先すべきは一時の仕事よりも勉学だと思う。試験に備えるためにも、仕事は控えた方がいいと思うが……」



【その理由もある。が……それだけではない。

 このままノエルを働かせていると、危険な気がする。


 ノエルを不埒な目で見る生徒が増えるかもしれない。

 なんなら、仕事終わりのノエルを待ち伏せする輩が出てくる可能性もある。


 俺が守らなければ……】



(アルジェント様……、このカフェの制服が好き過ぎるばかりに、妙な心配をしているようだわ……)



 アルジェントの心の声に対しては、他の人がそこまで私に惹かれるようなことは無いだろうから安心して欲しい――と言いたい。

 王立学園の他のカフェの方が制服が可愛いと言われているのだ。店員目当ての生徒はおそらくそちらへ向かう筈だ。


 だが、心の声に反応する訳にはいかない。

 心の声を聞き流すように試みながら、私はアルジェントの言葉のみに答えるようにした。



「アルジェント様の懸念ももっともです。ですが、先輩方に例年の試験の対策について聞いたり、カフェで働くことでギフト課題の研究をすることが出来ているので、この仕事は勉強にも繋がると思っています」

「そうか……。……だが、試験の対策ならば俺でも教えられる。それに、ノエルにギフトが発現していないのは父親も了承済だ。その分の成績が付かないとしても、君の評価が下がるということにはならない」

「ですが、課題を出せるなら挑戦してみた方がいいと思いました。試験対策も課題も今のところ順調に進んでいるので、アルジェント様のお手を煩わせるようなことはありません」

「そうか……」



 アルジェントは目を伏せて、暫くした後に呟く。



「……では、せめてアルバイトのスケジュール表を見せて欲しい。仕事が詰め込み過ぎでないか確認しておきたいからな」

「は、はい。私の部屋にはあるので、今度都合がいい時に渡します。一応、明日もカフェでこの時間まで働く予定ですが……」

「わかった。明日もこの時間に迎えに来るから、ここで落ち合おう」



 その後、アルジェントに女子寮まで送ってもらった。

 そして、私たちは解散した。





 アルジェントと別れて一人になり、私はあることに気付く。



(……そういえば、この間会ったときに比べて、ギフトの制御がうまくいっていた気がする。途中からアルジェント様の心の声を聞き流すことが出来ていた……)



 出会ったばかりの彼の心の声は不可避で聞こえてしまうが、それより後は聞かないように出来た。



 ……私のギフトの扱いが以前と比べてうまくなったのか、また別の要因があるかはわからないけど。

 折角なら完全に心の声が聞こえなくなるところまで、ギフトを制御したい。



 そんなことを考えながら、今度こそ自室に戻るようにした。


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