14.知り合いと仕事場で会うのは気まずい①
「いらっしゃいませー!」
「ノエル、気合いを入れすぎよ。もう少し控えめに、執事が当主をもてなすみたいに言って」
「いらっしゃいませ」
「ええ、及第点ね。ここのカフェに来る人は静かな対応を好むものだから」
主任の指導に私は頷き、そして仕事用のメモを取った。
ここは王立学園内にいくつかあるカフェのうちの一つである。
私はそこに店員として立っていた。
基本的に王立学園内の店は大人が店員として働いているが、ここは珍しく学園の生徒でも働くことが可能な店だったのだ。
しかも、中々お給金が弾む。
一般的な貴族の子女からすればはした金なんだろうけど、私としてはありがたい金額で、募集に申し込むことにした。
カフェの店員さんは、三年の先輩と二年の先輩が数人いて、一年は私だけだった。
必然的に知り合いはいない訳だけど、私はむしろその方が働きやすいかもと考えていた。
アルバイトとはいえ仕事である以上、仕事内容について査定されることはある。顔見知りよりも、初めて会う先輩方の方がやりやすいと思ったのだ。
概ねアルバイトの内情は私の予想通りだった。
三年の女子の先輩が主任として生徒たちをまとめており、私は彼女に仕事を教えてもらうことになった。
彼女の指導により、私は仕事をこなせるようになった。
想像よりもスムーズに事態を運べて、私はほっとした。
だが、目的はお給金だけではない。
私はカフェ内でやりたいことがあったのだ。
ある日のカフェの営業時間が終わった後、バックヤードで私は主任に相談した。
「限定メニューを考えたい?」
「はい。【ギフトの能力を書く】ことで、メニューに選べるセットがつくようにします」
このカフェでは、通常のメニューの他、店員が考える限定メニューがある。
私は今回限定メニューの担当に手をあげた。
私が考えたセット内容は【選んだメニューにプラスして焼き菓子がつく】というシンプルなものだが、焼き菓子の味にバリエーションを付け、それに加えてギフトの能力を書いてもらう――というところに狙いがある。
私がやりたいことは、【ギフトと食べ物の好みに相関関係があるか】という研究だ。
一般的に、食事内容とギフトの能力は無関係だと言われている。
運動能力は食事に左右されるが、ギフトは神からの思し召しだから食べ物では効果が変わらない――そう言われているからだ。
(でも、私はそうとは限らないと思う……)
ギフトが中々発現せずにやきもきしていた私は、ギフトの発現に何か条件が無いか、家にいるときに考えていたのだ。
私の立てた仮定はこうだ。
貴族、それも高位貴族ほどギフトの発現は早くなる。
それは、家で出る食べ物の豊富さによるのではないか。
身体が栄養を取り込まないと成長しないように、ギフトもある程度栄養を欲するのではないか――。
そして、発現したギフトの種類によって、味の好みも変わってくるのかもしれない。
好みの味とギフトの能力に関係があるのなら、特定の種類の食べ物を採り続ければ、計画的にギフトを強化することが出来るのかもしれない。
私はそういったことを研究したかった。
「なるほどね。メニューに【研究に使用する】と注釈を付けるなら可能かな。多分、それほど嫌がる人もいないと思うよ。うん。やってみればいいと思う」
「ほ、本当ですか……! ありがとうございます……!」
主任のゴーサインに、私はほっとする。
フィーナのプロフィールシートをそこそこの数の生徒が書いてくれたように、この学園の生徒はこういった調査には協力的のようだ。
「それにしても……」
主任は、私をじっと見つめて言う。
「何でわざわざカフェでギフト研究をするの?課題なら自分のギフトで研究すれば済むのに」
「それはですね。私にギフトがまだ発現してないからなんです……」
私は流れるように主任に嘘をついた。
自分のギフトについては誰にも悟られる訳にはいかないので、致し方ない――と自分に言い聞かせながら。
「成程なあ……」
主任は、まかないのドリンクを飲みながらどこか感じ入った声を出す。
「私のギフト、かなり外れ寄りなんだよね。でも、ギフトがまだ発現してない生徒もいるとは思わなかった。世界は広いね……」
「貴族だと中々聞かない話ですよね。……ちなみに、主任のギフトはどんなものなんですか?」
彼女の言葉が気になって、私は主任に確認する。
主任は、髪をかき上げて耳を指さしながら答えた。
「【聴力】よ。私の耳は普通の人間よりも感覚が過敏で、色々な音を聞き分けられるの。足音だけで誰が近づいてきたか判別出来る。店で仕事をしている間も発動させているわ」
「……そうなのですか。主任は遠くの客の呼び声にもすぐに気付くと思っていましたが、それは……」
「うん。ギフトを使ったもの。社交界で有利に働くかは微妙なギフトだから、せめて学生でいる間は有効活用したいと思ったのよ」
ギフトの種類は大きく分けて二つある。火や風を起こすなど能動的に外部に働きかけるものと、主任のように自身の身体の能力を強化するものだ。
そして、社交界で人気のあるギフトは前者の方だ。身体能力を強化しているかどうかは外部の人間から見てわかりづらく、また必ずしも有用な能力を強化出来る訳ではない――というのが主な理由である。
「例えば私が軍人だったらこのギフトは役に立ったんだろうけどね。どの魔獣が近付いてきたか音だけで判断出来る。すぐに出世出来たと思うわ。でも私は後方支援系の作業の方が好きだから……。うまくいかないものね」
「なるほど……。ですが、他国の言語の発音も聞き分けられるならば、語学系の学習にはかなり向いていそうだと思います。家庭教師や研究者の資格も取れるのでは」
「そう出来れば良かったんだけどね。外国語の発音って、うちの国よりもちょっと圧が強いでしょ? で、意識してギフトを発動すると私の耳には強すぎて体力を持って行かれるの。かといって、ギフトを抑えるようにすると普通の人間と変わらないくらいの感覚になるし」
「そうなのですか……。中々うまくいかないものですね……」
私は深く主任に同情した。
彼女にも秘密にしていることだけど、私もアルジェントの心の声が聞こえる、という妙な能力に振り回されている。ギフトを得たとしても本人にとって有用なものとは限らないというのはままならないものだ。
沈んだリアクションをする私に対して、主任はどこかカラっとした様子だ。
「ま、私はこの能力とも付き合いが長いから、良くも悪くもこういう生活に慣れちゃったけどね。
それより、ノエルみたいに手間暇かけて課題研究をする方が大変だと思うよ。さっき見たメニューは結構種類が多かったけど、本当に作れる?」
「大丈夫ですよ。あまり使わない材料も含めて、お菓子作りは慣れています」
私の提示したセットメニューは、選べる種類が沢山あった。ある程度選択肢を用意しないと、研究結果に繋がらないと感じたからだ。
その中には野菜や木の実、スパイスを用いたクッキーなど、一般的なカフェにはあまり無いものもあった。
だが、私は孤児院のおやつとしてこれらの焼き菓子を作っていたこともある。だから出来る見通しがあった。
「成程ね。余裕があったらでいいから、バックヤードでも食べれるくらいの量を作って欲しいな。私も珍しい味の焼き菓子は食べてみたいから」
「勿論です!」
主任の言葉に、私は笑顔で頷いた。
++++
カフェで働き始めてから数日経ったが、仕事は順調だ。
時々一年の私の知り合いも来るが、思ったより平常心で接客出来た。
私の考案したメニューが受け入れられるかの不安もあったが、概ね好評のようだ。
一般的なカフェでは食べられない菓子を食べれるという評判もあって、注文は増加傾向にある。
ある程度データが集まったら研究課題を進める予定だ。
試験まであともう少し時間がある。課題を作る猶予はあるだろう。
今日も販売予定のメニューを仕込み終えた。
今日の予定としては、後は店員として接客をすることになっている。私は制服を着て仕事に備えた。
「いらっしゃいませ」
「一人だ。……、……!?」
「あ……」
今まで接客をしていた生徒と交代して、来客に頭を下げた私は、あることに気付いて動揺する。
そこにはアルジェントがいた。




