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12.アルジェント様の妄想の毛色が変わってきた③

 

(待って。なんか、更に不穏な方向へ進んでる気がする……)



 アルジェントの心の声を聞いて、私は内心焦った。

 とりあえず、アルジェントの質問に答えを返す。



「いえ、その子は女子生徒です」


「……そうか」


「寮も同じで、それもあって話す機会が多くて、彼女には助けられてます。同年代ではじめて友人が出来たので、最近毎日楽しいんです!」


「そうか……。それは、結構な事だな」



【女子生徒か……。それなら、ひとまず緊急対応をする必要はないか。だが、女子なら全て大丈夫という訳ではないからな。どんな生徒かは把握しておきたい。密かに確認するようにするか……】



 アルジェントの心の声に、私は内心でほっとする。

 とりあえずフィーナに累が及ぶようなことはなさそうだ。


 アルジェント曰く、何らかの確認をしたいようだが、フィーナは普段は品行方正な生徒として学校に通っている。アルジェントが問題視するようなことはないだろう。


 男子生徒への当たりの強さに最初は驚いたけど、私はいざという時はオルビス家の政略結婚に使われる予定だから、と思えば納得がいく。男子と万が一付き合いでも始めたら政略結婚に不向きになると判断されたのだろう。



【……しかし、思えば俺がノエルの初めての友人になるという未来もあったのではないか? 学園内の人の来ない場所で一緒に食事を取って……図書館で本のお勧めをしあって……、そういうのも、悪くは無い。


 それに、まずは友人から始めるが、そのうち自分の気持ちは友人に向けるものではないと気付く――というのも鉄板だ。ノエルがその気持ちで己を苛んだとき、俺も実はノエルと同じ気持ちなんだと告げて、諸々あって薔薇色の未来へと進むのだ。良い……】



(……この人、何言ってるんだろう)



 アルジェントの心の声に私は内心困惑する。あと、この短い時間で妄想の量が多過ぎないだろうか。アルジェントは成績優秀だと聞いていたけど、頭の回転の速さはこういうところにも活かされるものなのかな――と私はぼんやり思った。



 ……でも、先程までの不穏なものではなくなって、私は少しほっとした。

 どうせ妄想の声が聞こえるなら、ハッピーなものの方が良かった。




「あ……」


 話しているうちに雨は止み、夕暮れが校舎を照らしている。

 私は建物の下から移動して、アルジェントに礼をした。



「雨は止んだみたいですね。ありがとうございました。では、行ってきます」

「ノエルは寮で暮らしているんだろう。これから外へ行くのか?」

「はい。少し買い物をしたくて……。あと、長傘は持っていますが、急な雨にも対応出来るように折り畳める傘も探そうかなと思いました。では、今後も何かあればよろしくお願いします」



 私はそっとアルジェントから離れる。

 アルジェントの家――オルビス家に向かう方向と買い物出来る街の方向は別だから、ここでお別れなのだ。



(今日も何だか色々あって、疲れちゃったな)



 私は内心考える。

 寮でフィーナと話して回復したけど、アルジェントと会って再び色々考えてしまった。

 サラとのことが落着したのは嬉しいことだけど、アルジェントの内心の声に色々と振り回されてしまったからだ。



(……でも、思えば、今までアルジェント様が妄想を行動に移したことはない。あくまで彼は頭の中で色々考えているだけよ。実際に行動に移す訳ではない。それなら、気にしすぎることもなかったのかな……?)



「ノエル」

「……わっ」



 頭の中で考え事をしているうちに、もう家路についたと思っていたアルジェントが私に追いついてきていた。


 私を呼び止めたアルジェントは、鞄から紺色の折りたたみ式の傘を取り出している。



「使うか」

「えっ?」

「この傘は魔術でコーティングされていて、雨の中でも濡れにくいものになっている。俺の家には他にも同じような傘があるから、持っていないならば君が使ってくれ。街で売っているものより高性能なはずだ」

「……い、いえ、そんな。わざわざ悪いですよ」

「俺は……」



 アルジェントは、私をじっと見つめて口を開いた。



「君は雨に打たれたら風邪を引きそうで不安だと思っていたんだ。だからこれは持っていて欲しい」

「……えっ」

「体調管理も学園に通う者としては大事なものだから……、と言ったら、納得してもらえるだろうか」



 アルジェントのその言葉に、私は沈黙した。

 ――私が学園に通っているのは、オルビス家の指示のためだ。それに異を唱えるのはよろしくない。

 そう考えて、傘を受け取った。



「そ……その通りですね。では、お言葉に甘えて、傘を使わせていただきます」

「ああ」

「すみません、何から何まで、学園に入ってからアルジェント様にはお世話になりっぱなしで」

「ノエルが学園に入ることになったのはオルビス家の指示によるものだ。だからこれくらいは当然の権利だと受け止めて欲しい。……では」



 アルジェントは会話を止めると、心なし早足で帰り道へと向かっていく。



【ノエルに体調を崩して欲しくないということを……やっと伝えられた。俺は妙な顔や声をしてはいなかっただろうか。していなければいいが……。


 しかし……考えたら、雨の中で相合い傘をする、という手でもっと長くノエルと過ごすことも出来たな。だが、少しでもノエルを雨から守りたい、という気持ちの方が勝ってしまった……】




 アルジェントが遠ざかるにつれて、その妄想の声も小さくなっていった。

 とりあえずアルジェントがいなくなれば心の声は聞こえなくなるようで、私は息をついた。


 夕暮れの大きな太陽が、紺色の傘を照らしている。


 私は傘を鞄の中にしまいつつ、考えた。



(……アルジェント様が頭の中で考えていることを、実際の行動に移した)



 私がギフトで聞ける彼の心の声と、彼の考えは同じものなんだ――と再確認した。

 ……ということは。


 彼の心の声はあくまで妄想や空想の類なんだろうと思っていたけど、実際の行動に移されることもあるということなんだろうか。


 それ以前に、彼の心の声は、彼が真剣に考えているもの――ということなんだろうか。


 ということは、彼は、私のことを……




「……いや。もう少しで店が閉まる時間じゃない。急がないと。節約のために」


 私は独り言を声に出して、強制的に考えを切り替えるようにした。

 そして足早に店の方へと歩く。



 私のやるべきことは一つだ。

 家の借金の返済のために動くこと。



 そのために、節約出来るところは節約していきたいし……。

 オルビス家に良い印象を持ってもらうために、これまで以上に勉強を頑張らなければいけない。


 アルジェントに心を砕いてもらって、浮かれるなんて、そんなことはあってはならないのだ。



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