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10.アルジェント様の妄想の毛色が変わってきた①

 

 フィーナの言葉を聞いた私は、談話室の照明を見つめつつ、口を開く。



「な……」

「な?」

「無い。無いよ、フィーナ」

「無い? 仮にアルジェント先輩が好意でノエルを助けてくれたとしても、なんとも思わないってこと?」

「いや、その前提がまず違うってこと。よく聞いて」



 私は前傾姿勢になり、フィーナに顔を近づけて言う。



「私の家はオルビス家に借金をしている。その保険として、私は学園に入った。アルジェント様は、私が落ちこぼれたらオルビス家にも悪い影響があるから助けてくれただけ。好意を持ってる訳じゃないと思うよ」

「……でも、何年か前にもオルビス家にお金を借りてる生徒が学園にいたことはあったんだって。その生徒はアルジェント先輩より学年が上だったからもう卒業したけど、彼女が学園にいる間、先輩が特別に接するようなことは無かったって話だよ。その時に比べると、ノエルへの態度は違うと思うけど……」

「数年前と今とでは金利も少し変わってるからね。オルビス家の経済状況は詳しくは知らないけど、より確実にお金の回収を出来るように対応を変えたって考えたら、別におかしなことはないよ」

「……、そっか」



 フィーナは私の説明を聞いて、肩を落とした。



「そこまで言われると、アルジェント先輩とノエルはワンチャンも無いかもって気持ちになってくるわね……。ごめんね、色々聞いて」

「いや、別にそこまで気にしてないけどね。でもその手の話を聞きたいなら他の人に当たった方がいいとは思うよ」

「うーん。でも、ノエルの他の人との恋バナはまだワンチャン以上あるでしょ?」

「……えっ?」



 その言葉に、私は固まる。

 フィーナは宙を見上げて、推測を続けている。



「ノエルがそこまで否定するのって、多分だけど、アルジェント先輩のことがどこかしらタイプじゃないから――という気持ちもあるんだと思う。だから、他の人とは案外うまくいく可能性もあると思うの。例えば、彼とは真逆の……筋骨隆々の男性とか。あるいは小さくてかわいらしい男性とか。今はいないにしても、いつかは――」

「――それも無いと思うよ」



 私はフィーナの言葉を否定した。

 彼女は私の答えに首を傾げる。



「どういうこと?」

「そもそも私、アルジェント様のことがタイプじゃないって訳じゃないし」

「えっ?」

「だから、他の人なら好きになれるかっていうと、そういう訳じゃないかなって、思……、フィーナ、どうしたの?」

「……いや……それはさ……いやいやいや」



 フィーナは腕を組み、考え込んでいるようだ。



「これは風向きが変わってきたようね……やっぱり、ノエルとアルジェント先輩とは可能性がある、と……」

「変わってないよ? 私は他の人とも可能性が無いって言っただけだよ?」

「そうなの? でも、ノエルはアルジェント先輩みたいな人がタイプではあるんでしょ?」

「まあ……否定はしないけど。それだけだから」

「ふむふむ。……その言葉を聞けたら、もう充分だよ。ありがとう、ノエル」



 フィーナは感慨深げに頷いている。……何がありがとうなんだろう。彼女が私の言葉を真に受け止めているのかは疑わしかった。

 私は肩を竦めて彼女に返した。



「……それでフィーナが楽しくなるんなら、まあいいけど。そういうの、他の人とか、アルジェント様には言わないようにしてね。変な噂で彼に迷惑は掛けたくないから」

「大丈夫。私からは二人に対して何も働きかけないようにする。……冬のあとに春が来るように、あとは自然となるようになるだけだから。こういうのはそっとしておいた方がいい感じになるんだよね」

「何それ。何にもならないってば。もう……ふふっ」



 あくまでも未来に希望を抱こうとするフィーナに、私はおかしくて笑い出してしまった。



 そう、笑い話だ。



 アルジェントのことは、素敵な人だと思っている。

 怜悧な目も、細身ながらに鍛えられた体躯も、成績優秀なところも。

 私を助けてくれたところも。

 学園に来る前の私の活動を認めてくれたところも。



 借金の問題もあるから、自分から想いを告げようとは思わないだろうけど。

 その事情があった上で、私がアルジェントに片思いをするようになっていたかもしれない。



 ただし、彼の内面を何も知らなければ――という注釈がつく。



 ギフトの効果で、私はアルジェントがいつも妙な妄想をしていることを知ってしまっていた。

 初対面の時から妄想が聞こえてきたから、彼は誰に対しても同じように妄想を飛ばしているのだろうということは想像がつく。

 そういう相手に対して、熱を上げたいという気持ちにはならなかった。



 それに、無断で内心の声を知ってしまっている相手に対しては、どうしても罪悪感が付きまとう。

 今のところアルジェント以外にはこの能力は発動しないようなので、彼からは離れたい、という事情もある。



 だから、フィーナが期待しているようなことは起きないのだ。



 +++



 そこそこの時間団欒した後、私達は解散した。

 フィーナは自室に戻っていったようだ。

 私もそうしようかと思って、ふと頭に浮かんだことがある。



(今って、学校周りの売店が閉まる直前の時間じゃない? 食べ物が安売りされてるかも。ちょっと行ってみよう)



 うちは家の財政が厳しい身なので、節約出来るところはなるべくしないといけないのだ。

 自室で荷物を整理して、私は再び外に出ることにした。



「……あっ」


 そこで、予想外の相手に会った。

 校門の傍にアルジェントが立っていた。




「お疲れ様です」



 私は彼に頭を下げた。

 もう遅い時間だったから言葉通りに労りたかったのもあるが、今はなんとなく彼に会いたくなかったので、とりあえず顔を逸らしたいという気持ちもあった。

 フィーナとあんな話をした以上、アルジェント本人に会うのは、なんとなく気まずい……。


(いや、大丈夫。いつもと同じように接するだけよ。最初はアルジェント様の妄想が聞こえるだろうけど、聞き流そうと思えば聞かないようにも出来るんだから。大丈夫大丈夫……)



 私は自分に言い聞かせながら、彼に向き直った。



「ああ。偶然会えて、丁度良かった。もう遅い時間だが、少し魔法実習の顛末の話をさせてくれ」


【もしかしたらノエルが外に出るかもしれないと思って、この時間まで待っていて良かった。……ノエルの方も、俺を探してくれていたんだろうか。俺たちはやはり、運命、といえるのでは……】



 その無表情さとは裏腹に、アルジェントの内心は浮き足立っているようだ。

 だが、今回は彼がこの時間まで待っていたということがわかって、私は少し申し訳なくなる。


 私は神妙な顔でアルジェントに答えた。



「今日のホームルームで聞きました。サラが、あの、転校するってこと……」

「ああ。もう転校先の学校の手続きも済んでいる。……学園で起きたことをリエット家に報告してもいいが、ノエルはどうしたい?」

「えっ。……それは……私としては、伝えない方がいいです」

「そうか。わかった」



 アルジェントが私の意見を聞いてくれたことに、ひとまずほっとする。

 試験が終わって休みに入るまで家に帰る予定は無いが、父親は借金返済のための研究で忙しくしている筈だ。無用な心配は掛けたくなかった。



 それに加えて、私はアルジェントに質問をする。



「アルジェント様は、サラとやり取りをしているということですか?」

「ああ。正確にいえば、彼女の家と、だが」

「……もし彼女にメッセージを送る機会があれば、伝えていただけますか。『少しの時間だけど、お世話になりました』って」



 私はそうアルジェントに言った。



 今日、担任の先生にサラとやり取り出来ないか聞いてみたが、断られた。問題が起きた当事者たちは関わらせないという方針らしい。

 だからアルジェントを通して伝えてもらおうとした。

 サラが嫌がらせ目的で私に近づいたのだとしても、授業で助けてもらった時間は確かにあったから、それだけは最後に伝えたいと思ったのだ。



「…………」



 だが、先程のような返事は貰えなかった。

 アルジェントはどこか険しい表情をしている。


 私は彼に頭を下げて言った。



「すみません、私のトラブルに巻き込んでしまった上、余計なことまで……。お手間でしたら結構ですので」

「いや。一言くらいなら手間にもならない。こちらから伝えておこう」

「……! ありがとうございます……!」



 私は内心ほっとして、アルジェントに深く礼をした。

 だが、アルジェントの表情は未だに固いようだった。



【あんな女、放っておけばいいと思うが……。ノエルが望むなら、それに従うとしよう。それでノエルの気持ちが晴れるのなら、安いことだ。



 しかし、ノエルは、本来その必要がない相手にまで心を砕いてしまうのかもしれない。

 困ったことだ。その性格は、美点とも弱点ともなりうる……。



 俺が適宜様子を見ればいいと思って、今までは手を加えないようにしていたが。



 そろそろ、ノエルの周りの人間を、俺の息のかかった者で固めるようにした方がいいかもしれないな……】




 私は、あれ、と思った。


 アルジェントの心の声の内容もだけど、何より……。



(聞き流せないくらい、アルジェント様の心の声が大きくなっている……?)


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