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1.私の生まれ育ちと、氷の借金取り

全体的にゆるゆる設定です。よろしくお願いします。

 私、ノエル・リエットが生まれ育った伯爵家リエットには、金が無い。



 伯爵家の領地が作物がとれない土地だから――、という訳ではない。

 シンプルに、現当主のホワン・リエット――ノエルの父親――がお人好し故に、伯爵家には金が無いのだ。


 領民からの借金の申し出や、寄付の願い。

 そういったことに、ホワンはほいほいと頷き、金を渡していった。



 リエット家の家訓に、【苦しき時は与えよ、されば我が家も富まん】というものがある。リエット家は代々人の縁を大事にしてきた家で、それによって栄えていたという歴史があるらしい。

 父親ホワンは家訓を守り、領民を助けていった。

 だが、【リエット家は誰にでも金を貸すらしい】という風評が立ち、段々と金を返すのを保留にする者も出てきた。

 誰にでも施しすぎて、舐められていったのだ。



 そんなことを続けるうちに、伯爵家としての財産は、段々と目減りしていった。





「ノエルー。こっち来てー」

「はいはい」



 子どもに呼ばれて、私は急ぎ足でそちらに向かう。


 子どもといっても、自分の実子という訳ではない。私は現在一六歳で、結婚どころか婚約もしていない身分だ。

 ちなみに、貴族の多くが通うといわれている王立学園にも行っていない。学園に通う為の金を用意するのが難しかったからである。

 最低限の令嬢教育を受けた後は、リエット家が出資している孤児院の手伝いをしている。



 本来貴族の令嬢が孤児院の手伝いをすることは無いのだろうが、リエット家には如何せんお金が無いため、家令やメイドは全て解雇済みなのだ。故に、孤児院の手伝いも私がやっている。

 家の家事をやらざるを得ない立場だったので、孤児院の手伝い自体は然程苦ではなかったのが幸いだった。貴族令嬢としてはよろしくないのかもしれないけど。



 私は声が聞こえた場所――食卓――へと移動した。

 そこには先日孤児院に入った女の子、アリアがいた。

 食事の時間はもう過ぎているが、他の子どもよりも食べるのが遅いからか、ここまでかかったらしい。




「どうしたの、アリア」

「ノエル。もうこの葉っぱ食べるの飽きちゃったの。他のおいしいやつにして」

「うーん……」


 アリアの食器の上には、野菜が所狭しと乗っていた。

 栄養があるから食べなさい、という教育は既に受けているはずだ。その上で食べるのに飽きてしまったらしい。

 考えたノエルは、食べ物の貯蔵庫から瓶を取り出して、アリアの野菜に振りかけて一口食べるよう促した。



「おいしい!おいしい!」

「ふふ、良かった」


 もりもりと食事を進めるアリアを見て、ノエルはひとまず安堵する。

 ちなみに、ノエルが取り出したのはトマトと大豆を磨り潰してペーストにしたものだ。調味料を加えてあるとはいえそれも野菜なのだが、アリアが受け入れてくれてほっとした。

 ――この調子で、野菜自体も好きになってくれるといいんだけど。



 この孤児院の食事は、野菜が豊富に出ることが多いのだ。

 何故なら、このお金の無い孤児院でも、野菜だけは食べ放題と言っていいくらいに採れるからである。私の父、ホワン・リエットのギフトによって。




 この世界では、魔力を伴って生まれた人間は鍛錬によって魔法を使うことが出来る。

 そして、そのような汎用魔法とは別に、それぞれの人間が固有に持つ魔法――【ギフト】がある。

 汎用魔法は実用レベルに達するまで時間を要するが、ギフトは汎用魔法よりも遥かにその効果を伸ばしやすく、また効果も珍しいものが多い。

 まさに神に与えられしもの、という意味を込めて【ギフト】と呼ばれている。



 ギフトについて、どんな人間にどのような能力が与えられるのか、まだわからないことが多いのだという。

 だが、通常の遺伝と同じく、有用なギフトを持った者の子どもは良いギフトが備わるのだろうというのが一般的な見解だ。

 貴族間では、有用なギフトを持つ者ほど婚姻や家同士の交流に有利に働くのだという。



 ホワン・リエットのギフトは、『自宅の庭で野菜を育てられる』というものだった。



 きゅうり、レタス、オニオン、パプリカ、大豆――なんでもござれだ。本来作物を採るには適した土壌を作らないといけない筈だが、何故かホワンが世話した野菜はすべて同じ土から採れて、しかも不作になることはない。


 食べるものに困らない、という意味では良いギフトなのだが、貴族間でありがたがられる能力かというとそうではなかった。

 野菜など農家の作物を買い取れば充分なのであって、自宅の庭という限られた場所で作物を採るよりももっと有用な能力はある――それが一般的な貴族の見解だった。



 家で作った野菜を売ってお金の足しにしようと計画したこともあったが、領民からそんなことをされると農家の売上があがったりだ、領主失格だとのたまわれ、計画は断念された。

 故に、ホワンのギフトは今のところリエット家と孤児院の食卓を豊かにするという面においてのみ活躍していた。



 アリアが食べ終わって、食卓を片付けたノエルはギフトについて改めて考えた。


(リエット家が今まで人を多く助けながらも家を存続してきたのは、ギフトによって金策が出来たからというのが大きいはず。でもここ数代のリエット家は、お金に困らないようなギフトが発現することがなかった。このままじゃ家が存続するかもわからない。……いや。まだ、希望はある。私のギフトが発現すれば……)



 ノエルにはまだギフトが発現していなかった。

 一般的には十代前半の頃にはギフトは発現するものらしいが、一六歳になった今もノエルにはそれらしいものが現れない。

 能力に目覚めたら身体に熱を感じるようになり、それがギフトが与えられた合図だと本では読んだ。ちなみに、ギフトの発現を早めるような技術はまだ確立されていないらしい。



 もしかしたら、自分のギフトは金策になるような能力が発現するかもしれない。

 それでリエット家の財政状況を立て直して、この孤児院も豊かにすることが出来るかもしれない。

 貧乏暮らしの中で、それがノエルの希望だった。



 ノエルが部屋の掃除をしていると、カランカランと家のベルが鳴った。どうやら出掛けていた父親が帰ってきたらしい。


「おかえりなさい。……あら?」



 出掛ける時にはひとりだったノエルの父親は、二人の見知らぬ人物を引き連れていた。

 一人はノエルの父親と同じくらいの年頃で、もう一人はノエルと同年代に見える。

 どちらも男性で、端正な顔立ちをしていた。

 目を引くのはその髪の色だ。銀の髪が磨き上げられた刃物のように日の光を受けて煌めいている。ノエルは一応、年頃の貴族の女子に分類される年齢だが、髪は特に珍しくも無い黒髪で、毎日の暮らしのせいで手入れも然程行き届いてはいなかった。何となくノエルは居心地の悪さを感じた。



 二人とも髪の色が似ているので、恐らく親子なのだろう。

 だが、息子と思われる若い男性の方は、どこか冷たさを感じる。

 この明るい日差しの中でもどこか怜悧な印象を感じるのは、その表情のせいだろう。彼は真一文字に唇を結び、にこりともしていなかった。



「ノエル、ただいま」

「お父様。あの、こちらの方々は……」


 私が父親の後ろの人々を窺うと、年上の方が笑みを浮かべて挨拶した。

「初めまして、レディ・ノエル。私はレイノルド・オルビス。侯爵家オルビスの当主です。本日は――家のお金のお話をしに、こちらに顔を出させていただきました」



 私はその言葉を聞いて、内心固まる。

 自分はまだ社交界デビューもしていない身だから、貴族の家に詳しいとはいいがたいけど、そんな私でもオルビス侯爵家のことは噂に聞いたことがある。

 領地経営が順調なほかに、【魔法の研究】と【貴族間の金周りの管理】という二つの事業が好調で、貴族の中でも盤石の地位を固めているとか……。



 そんな家と知り合えたのは本来幸運なことかもしれないけど、この状況ではどう考えても喜べたものではない。

 オルビス家はどうやらうちの家の借金の話をしに来たようだから。



 固い表情になる私を見て、オルビス侯爵は肩を竦め、後ろに控えている若者を紹介した。



「……が、お話は主に当主同士でするつもりで来ました。リエット伯爵――あなたの父親を暫くお借りします。また、後ろにいるのは、アルジェント・オルビス。私の息子です。ノエルさんは、この孤児院をよく手伝われているとお父上に聞きました。我々は故あって、孤児院の様子を見てみたいのですが……よろしければ、アルジェントに孤児院を案内していただけますか?」

「は、はい。もちろんです」



 正直なところ、気が重い。

 オルビス家が孤児院を見たいと言っているのは、この孤児院がうちが経営しているから、つまり財産と見做しているからだろう。

 うちの借金は、まだ孤児院が差し押さえられる程度の額では無いと知っている。だけど、いつか孤児院が売却されることになって、子どもたちが路頭に迷うとも限らないのだ。

 だが、この状況下でオルビス家を追い返したら、リエット家への心証が悪くなってより扱いが悪化する可能性がある。下手なことは出来なかった。



「では、任せたよ」


 父親とオルビス侯爵は密談出来る場所へと消えていった。

 私とアルジェントは二人取り残される。



 私は、アルジェントに礼をして挨拶をした。

「は……初めまして。ノエル・リエットと申します。不束者ながら、孤児院の案内をさせていただきます」

「ああ。よろしく頼む。俺は、アルジェント・オルビスだ」






【――旦那様、と呼んでくれても一向に構わん】






(はい?)


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