世界をあげる、そんな恋を君と
「……がっ!!」
勇者が眩い閃光にやられた。
もう闘士も、肩で息をしていてあまり持ちそうにない。
「アリッサ!!」
「わかってる」
後方支援のマリーの焦る声に、脳裏で術式を展開しながら応えた。
目の前には獰猛に口を開け、鋭い牙を見せ唾吐きながら呪詛を練っている魔王がいる。
私達は今、世界を呪い過ぎた男を討ちに来ていた。
※ ※ ※
一年前。
「ねぇアリッサ!!」
バン!という戸のあいた音と共に、幼馴染のマリーがずかずかと家へと入り、私が座っていたテーブルへとやってくる。
「あら、いらっしゃいマリーちゃん」
「おじゃましてます、おばさま!」
返事と同時にテーブルへと紙を広げ叩きつけたマリーは、興奮気味だ。
「ちょっとは落ち着いたらどうなの」
呆れる私をものともせず、
「だって報奨金100万ダリンよ?!」
と、彼女は紙をバシバシと叩いた。
破れてもいいのかしら、と覗き込んだその新聞には、王城の絵と王の肖像画。
それと共に報奨金の文字が確かに躍っている。
「魔王討伐?」
「そう! 私とアリッサなら、イケそうじゃない?」
にっと笑ったマリーは、自分達の勝ちを確信しているようだった。
私達はそれから必要なものを買い揃え、討伐隊の一員に立候補するため村を出立した。
王都は遠く、その道中で腕を確かめ経験を積みながら進んだ。
村は平和だったが、王都へと近づくほどに、街並みは荒れ、人々の顔が暗くなっていった。
時折漏れ聞こえる噂では、ある日突然王都へとほど近い街の地面から、人あらざるものが湧き出たらしい。
黒く暗いその穴を、王都の兵士たちが塞ごうとしたらしいけれど。
彼らは全員、すぐさまその暗闇へと飲み込まれたそうだ。
その後、突如として魔王と名乗る人語を話すモノが現れこう言った。
「本日より、我を崇めよ。さすれば魔物の姿にて生きながらえん」
逃げようとした人はことごとく飲みこまれた。
生き残った人がなんとか王都へと報告し、王様は守られたという。
そうして今は、王属魔法使いたちがなんとか結界を張り、王都だけは守られているらしい。
「……なかなかヘビーそうね」
「王都に近づく時は、気をつけよう」
目配せしあって、人がなんとか暮らしを続けている、その最後の街の食堂を後にした。
煤もぐれになってたどり着いた王城は、なんとも煌びやかだった。
結界の外の黒々と、どんよりした雲渦巻くのとは対照的で。
お金があるところにはあるんだなぁと、変に感心してしまった。
お母さんの、もう繕いで半分ほど覆われた服を思い出す。
帰ったら、綺麗な布を買ってあげたい。
そんなことを思いながら謁見をすませた。
戦力は測定されなかった。
猫の手も借りたいらしく、一定数の人員が揃ったら都度隊を組み魔王の元へと送り込んでいるという話だった。
王様はもう、ひどく憔悴していて、なんだかちっぽけだった。
これを守るのか、と思ったけれど。
「報奨金がもらえるならなんでもいいわ」
とマリーが言うから、私も気にしないことにした。
数えてみたところ、五十人ほどはいただろうか。
一人とても剣術の強い人がいて、ほうぼうで噂になるほどの腕前らしい。
勇者、と呼ばれていた。
魔王の元へ行くには、潰された隣の街をまず制圧しなくてはいけなかった。
そこで一気に二十人減った。
大型の魔物がいたのだ。
人の顔が身体中に浮き出た、犬のような体つきで、尾が鳥のような、顔が猿のような魔物。
大人の背の高さ二つ分くらいで、動きがとても素早いものだから、私が足止めの魔法を放つ前に十人一気に頭を食われてしまった。
勇者が息の根を止めた後、マリーが生きている人を探して治療をしようとしたが、誰の心臓も動いてはいなかった。
それから魔王の元へ行くのに、次々とおどろおどろしく、とてつもなく強い魔物がこれでもかとやってきた。
みな、どこか人の顔がついていて、叫ぶ。
一人、また一人と気が狂ったようになって魔物に屠られた。
隊のうち魔王の元へと辿り着くのそ目前まで生きていたのは、私とマリー、勇者、闘士と、二人の魔法使いだけだった。
最後の一戦前。
隠れ、英気を養うための拠点の中。
各々が思い思いに休んでいるとき声をかけられた。
勇者だ。
「すまない、ちょっと聞いていいか」
「何」
「……その、君とよくいるあの子、名前を聞いても?」
「直接聞けばいい」
またか、と思う。
マリーは美人だ。
その肌はまるで真珠のように滑らかで。
薄桃色の頬、影ができるほどのまつ毛に彩られた瞳は、吸い込まれそうなほどのエメラルド色だ。
村でも時折余所者につきまとわれて、頼まれた時などは魔法で私が排除していた。
私に素気無く断られた勇者は、気恥ずかしそうにしてマリーの元へと向かっていった。
死ぬかもしれない時に、呑気なものだ。
けれど、そんなものなのかもしれない。
最期かもと思えば、何か、残したくなるのかもしれない。
少し頬を染めながらマリーへと声をかけ談笑する勇者を遠目に、私は星の見えない空を見上げた。
※ ※ ※
魔王の元へと辿り着いた時には、二人いた魔法使いが一人減った。
彼は跡形もなく消えた。
形見を剥ぐ暇さえ、私たちには与えられない。
流石に少しキツくなる。
マリーを見た。
その顔が、驚きと共に引き攣っている。
「どうかしたの、マリー」
「久方ぶりだなぁ? マリー」
私の言葉に魔王の言葉が合わさった。
思わず、魔王を凝視する。
攻撃が、頬を掠めた。
ぬるりと血が伝う。
マリーの知り合い……記憶を瞬時にさらう。
「……あの時の」
「カント、どういうことなの?!」
魔王は……カントは、魔法学校時代の学友だった。
付き纏いの。
うっかりと頬が引き攣った。
それを嗅ぎつけた男は、にたりと笑う。
「そういえば、お前には随分と苦労させられたなぁ、アリッサ」
「二人とも知り合いなのか?」
勇者に聞かれる。
お互いに攻撃の閃光を交わしながら声を掛け合う。
「マリーのストーカーだった」
「魔法学校の主席卒業者、千年に一人の逸材って噂!」
「恋に狂いすぎて禁呪を解放しようとして、封印されたんじゃなかったっけ」
「そのはずだけど……イヤだ出てきちゃったの?!」
私とマリーの言葉に、他の魔法使いが怯み、消し炭になった。
闘士から固唾を飲む音が聞こえたが、巧みに攻撃を捌いている気配。
「まさかマリーが己から我の元へと来るとは思わなんだな。は、愉快だ。魔物にしたのちじっくりと愛でてやろうではないか」
薄暗く、下卑た声が聞こえる。
その言葉に勇者が反応した。
「だめ!」
切り掛かった勇者を魔法で支援する。
マリーは念のため後方へと下がった。
闘士が隙を伺いながら殴りかかったけれど、魔法で弾かれて吹き飛んだ。
勇者は少し善戦しているけれど、じわりじわりと体のあちらこちらに傷ができている。
治療魔法をマリーが施しているけど、追いつかない。
「トニー、頑張って!」
勇者を応援する声に、魔王に一瞬隙ができる。
どグァアアアアアア!!
それを突いて最大出力で風の塊を飛ばし、魔王の脇腹を吹き飛ばした。
彼の目が歪むと共に、見開かれる。
「……貴様ぁああああああ!!!!」
咆哮と共に全方位へと禍々しい力が突き飛んだ。
その力の強さ、光に一瞬目がくらむ。
「……がっ!!」
勇者が眩い閃光にやられた。
もう闘士も、避けたのだろう致命傷ではないけれど、体中なかなかに抉れている。
「アリッサ!!」
「わかってる」
後方支援のマリーの焦る声に、脳裏で術式を展開しながら応えた。
目の前には獰猛に口を開け、鋭い牙を見せ唾吐きながら呪詛を練っている魔王がいる。
これが本当にカントなら、今の私じゃきっと勝てない。
どうする?
ちらりと後ろを見る。
マリーは一生懸命、傷ついた私たちを癒そうと、術を展開し続けていた。
逃げようか。
一瞬、そんな考えが脳裏をチラつく。
二人でどこまでも。
命終わるくらいまでなら、二人、世界が滅ぶその時まで。
一緒にいられるんじゃないだろうか。
駄目か。
きっと彼女は自分を許さない。
私を許しても、彼女が彼女を許せない。
報奨金だって。
マリーのお母さんに病気が見つかって、それを治すには法外なお金がいるからだ。
これは賭けだった。
二人で、かけた。
だから。
頭の端から端まで引っ張り出し、ありったけの術を紡ぐ。
世界を寿ぐ魔法だ。
一か八かだ。
怖いけど、いっしょに願って、マリー。
命があればいいな。
けれど形が違っても、きっとあなたのそばにいる。
マリーが勇者を好きだとしても。
「! アリッサ、その魔法はダメ!!!!」
焦るマリーの声が聞こえる。
それを最後に、私の意識は途絶えた。
※ ※ ※
「……そうして賢者にして大魔法使い、アリッサは魔王を倒し、世界の勇者となったのでした。おしまい」
「母さまの絵本、とっても楽しかった!」
「それならよかったわ」
「リサ! マリー」
庭の木陰で子どもに読み聞かせを終わらせた頃。
遠くから、私を呼ぶ声が聞こえた。
「父さま、ここよ!」
娘のリサが嬉しそうに応える。
「こんなところにいたのか。そろそろ夕方だ、春とはいえ冷えてくるぞ」
「そうねトニー。もう家に入りましょうかリサ」
「はぁい」
夫と二人、娘の手を両側から取り、母が夕飯を作っているだろう家へと向かう。
リサの足はスキップしている。
のどかだわ。
あの時、微かに声がして、そうしてアリッサの体は弾けた。
それは無数の光となって広がり、やがて闇の全てを封じ、空彼方へと浮かび消滅したようだった。
今も、風が時折光の粒となり吹くことがある。
そんな時つい、まだ、もれでる吐息があって。
これは、夫には内緒だ。
墓場までへと持っていく、罪深く幸せな秘密。
「……私も愛してるわ……」
「ん? 何か言ったかマリー」
「いいえ」
いいえ。
ただその狡さまでも大好きだった。
空を見上げる。
一番星がきらり、光った――気がした。
お読みいただきありがとうございました。
たまには少し、切ない恋を。
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それではまた、次のお話でお会いできたら幸いです。