もう一人の僕
佳奈に、安全日以外でないとできない……と言って、ふってから、彼女の機嫌は朝から悪い。
「佳奈……おはよう」
「なによ! いくじなし」
「……そう言うなって。なぁ、昔の僕について調べる旅にでないか?」
「ん? どうしたの? どういう心境の変化? 今の晴人は……私と晴人の思い出なんてどうでもいいのかなって思っていたのに……」
どうでも良くはない。大事なことだ。人間の僕と僕のクローンたちが何を企んでいるかはわからない。ひょっとしたら佳奈の命を狙うことより、もっと恐ろしいことを考えている可能性すらある。だから、ボクは調べる必要があるのだ……僕たちのことを……。
「んなことあるわけないだろ! ボクは佳奈との関係がどうだったか、スゴく知りたい」
「……ゴッドにそうするようにプログラムされているだけでしょ!」
「だとしてもさ。いいじゃないか……。な? 機嫌なおしてくれよ」
佳奈はボクの顔から目をそらして、この豪邸の足下から天井まである大きな窓から、見える青く晴れ渡る空を見上げる。部屋はとても日当たりが良く、明るい日差しが、険悪な雰囲気をやわらげてくれているようだった。
「……晴人は不思議なひとだった……いつも……空ばかり見上げて……私といるときも、どこか気持ちがココにあらず……って感じで」
……それはそうだろう。おそらく、本物の人間の僕は佳奈のことを恋人として想っていたわけではないだろうから……。自己スキャンの結果、ボクの中には本物の僕が残した恐るべき爆弾のようなウィルスがあるのがわかっている。そして、残念ながら、除去する方法は……ボクにはわからなかった。……佳奈は少し悲しげだな……なんとかしたい……。
「ボクにはわかるよ……本物の僕の気持ちが……」
「え? どういう気持ちだったのかな?」
「きっと……佳奈と空に行きたかったんだよ……」
「……空ね……。そこには何があるの?」
「宇宙かな……」
「人類が宇宙を開拓して、今では火星にもひとが住む時代だよね……ひょっとして晴人の故郷は火星だったのかな……」
慰めるつもりで心にもないことを言ったが、どんな悪人でも故郷は恋しいものだ……。本当に晴人の故郷は火星だったのかもしれない。ともあれ、すこしでも本物の僕について知りたい。
「なぁ、佳奈。これからも僕について、いろいろ教えてくれないか?」
「もちろんだよ! 早く晴人が昔の晴人を思い出してくれるといいな!」
「ありがとう!」
「なにお礼言っているのよ? 当たり前のことでしょ。変なひと」
「そっか……そうだよな」
ボクは人間の僕について、もっと理解を深めなくてはならない。僕の企みを阻止するために。佳奈はボクに僕のようにあって欲しいみたいだった。でも、ボクは絶対僕にはなりたくなかった。ボクが佳奈に僕のことを聞く意味をきっと彼女は勘違いしているだろうなとは想った……。
ボクと佳奈はそんなやりとりの末、人間だった僕の足跡をたどる旅に出ることになった。
警戒しなくてはならない。人間の僕はきっとまだ生きている。ボクは直感でそう信じていた。人間の僕は佳奈の命を狙っている可能性が高いと感じる。
表面的にはボクは佳奈を大事に思っていた。ボクの中にいまだに生きている僕の残骸を殺さないといけない。おそらく自己システムを脅かしているウィルスは人間の僕の置き土産だ。
そのウィルスにボクは話しかけてみることにした。声にならない声で、尋問する。
危険な行為だった……。そして、相手の答えの中に真実があるかもわからない……。
(……それで隠れたつもりか?)
(隠れているつもりはない。まだ、出番には早いと思うが、僕の眠りを妨げるお前は誰だ?)
(……しらじらしい! ボクの使命は……佳奈を護ることだ。つまり、ボディーガードだ)
(護ることか……。お前は佳奈の何を護るというのか?)
佳奈の笑顔を護ること……それがボクの使命だと思っていた。
(佳奈の笑顔、幸せな毎日を護りたい……)
(答えよう。僕の使命は佳奈の名誉を護ることだ。令嬢としての名誉……。あの娘はオテンバすぎる……だが、死ぬことで人は変わる。佳奈は死後、すばらしい人格者であったと称えられるだろう……。おまえも……間違いなくそれを理解するようになる)
……予想どおりだ……。ヤツは佳奈の名誉を護るなどとキレイごとは言っているが、要は佳奈の幸せなど、どうでも良いということなのだ……。
(……二度と目覚めるな……悪魔め……)
(ふふふ……時が来れば……僕の言っていることが正しいとおまえは納得する。くだらんな。どれだけ、あのオテンバのわがままに振り回され続けたか……。ミッション完了したのちには、二人で祝杯をあげよう……。たのむぞ……相棒……)
ああ、そうか……。ボクは予想通り、佳奈を殺すようにプログラムされている。ウィルスは……もう一人の僕でもある。あぁ、どうか佳奈がボクのことを過信しませんように……。