マクスウェルの秘宝『祭壇』―探索―
――魔法西暦1300年 ――
現れた獣は恐ろしさと神々しさを兼ね備えていた。
秘宝の名前は決してその名前の通りの魔道具とは限らない。
マクスウェルは印象で名前を付ける。
彼は的外れな名前を付けない。
私たちは彼が秘宝につけた名前を疑っていなかった。
だけど、断言しようこの秘宝だけは違う。
これは『祭壇』などではない。
これは、これは『墓』だ。
――魔法西暦1300年 ――
ジャモの生まれ育った村に宿屋は一件しかなかった。
随分長い間客が訪れていないのか大分廃れている印象を受けた。
客が来たことが珍しかったのか宿屋の店主は驚いていた。
驚いた後は私たちを怪しむような目で見た。
「二人だ」
「部屋は別々で?」
「当然だ」
「うちは前払いなんだ。先に払ってくれるかい?」
「ああ、問題ない」
ジャモは財布から硬貨を出して店主に宿代を支払った。
間違ってもこの変人と同室などあってはならない。
この男は一夜の過ちなどは起きないと思う。
ただし、起きないからと言って同室がいいわけではない。
ジャモもそれは望んではいないだろう。
この男に性欲というものがあるのか少々気になるところだが。
「あいよ、鍵二つね」
ジャモは部屋の鍵を受け取り、うち一つを私に投げた。
鍵を受け取った私は宿屋の二階へ上がり、今夜の寝床の部屋で入った。
部屋はとても質素で机と椅子とベッドだけ。
最低限の設備だ。
部屋に入ってすぐに一日中背負っていた解呪の太刀『遊馬』を壁に立てかけた。
流石に一日中背負って歩いていると疲れる。
ようやく落ち着いて休憩できる時間が確保できた。
私はベッドに腰掛け、壁に立てかけた遊馬を見つめる。
立てかけた遊馬の柄に埋め込まれた三つの宝珠は反応していない。
普段なら呪いの対象と接触した時点で三つのうちの一つ目の宝珠が反応する。
だけど、まだその気配はない。
「遊馬」
愛刀に問いかける。
本当に呪いの対象はこの村ではないのか。
お前の不具合ではないのか。
私は知っている。
この太刀は間違えず、不具合などを行さない。
呪いを必ず認識し、呪いだけを必ず斬る。
このまま一人で考えても埒が明かない。
私は起き上がり村の散策へ向かうべく、部屋を出て一階へ降りた。
「嬢ちゃん、お散歩かい?」
宿屋の店主は広げた新聞を読みながら私に問いかけた。
「ええ、あまり来ない地域だから珍しくて」
「そうかもしれねぇ、ただあまりこの村について深く探らねえほうがいい。厄介ごとに巻き込まれちまうからな」
「なんのことかしら?」
「隠しても分かるぜ、俺も魔法使いの端くれよ。アンタらがただの魔法使いじゃねえってのはちょっとみりゃ分かる。あんたもこの地域の伝説を聞いて、それを探りに来た魔法使いだろ?」
店主は新聞の端から目を覗かせ私をじっと睨んだ。
その視線がまるで挑発のように思えた私はついカッとなって聞き返した。
「へえ、そんな目の肥えた貴方に私たちはどう見えているのかしら?」
「率直に言って、今まで来たどの魔法使い達よりもいかれてやがる。嬢ちゃんもあの野郎もだ」
なんだ、意外と見る目があるじゃない。
「まあ、何を言っても無駄かもしれねえから教えてやるさ。どの魔法使い達も山の方へ向かったまま帰ってこなくなった」
ああ、だから宿代を先払いでもらっていたのか。
「あんたらも他の魔法使いと同じ目に合わなきゃいいけどな」
「ご心配どうも。この村に図書館とか昔の文献がある施設ってあるかしら?」
「この村にはないが、村を出て東に行ったところに村長の家がある。あの人なら昔の文献も多少持ってるだろうよ。なんせ、あんだけでかい屋敷だからな」
少し皮肉気に聞こえたのは気のせいだろうか。
この店主が村長に対してあまり好印象を持っていないのは何となくわかった。
宿屋を出て教えてもらった通りの方向を見ると丘の上に確かに大きな館が建っていた。
近づくにつれて館の違和感に気づいた。
他の村の家々と違って村長の館はどこか村の景観にはそぐわない外観をしていた。
村の家はレンガで作られたものが多かった。
でも村長の館はレンガではない何か違うもので出来ていた。
ドアベルを鳴らして早速村長とご対面となると思ったが、少ししても誰も出てこなかった。
「留守?」
「どちらさんかな?」
!?
私は声の方へ咄嗟に振り向いた。
師匠が今の私を見ていたら動揺を態度に出すなと怒られたことだろう。
しかし、動揺せずにはいられない。
私は一応戦闘向きの魔法使いということもあり背後は取られない様に細心の注意を払っている。
なのに、当たり前のように私の後ろを取ってきた。
「そんなに後ろを取られたことが不思議かな?」
「驚いてしまってすみません」
「まあよい、それより我が家に何か御用かな?」
「えっと、この地域の伝説についての文献を探していて、宿屋の店主が村長さんのお宅なら古い文献もあるだろうと言っていたので、お尋ねした次第です」
「なるほど、お喋りな彼らしいな。入りなさい、爺さんが大事にしていた大量の日記があんたのお探しのものだろうな」
村長はしわくちゃなベストのポケットから鍵を取り出して玄関ドアの鍵穴に差した。 玄関ドアを開くと、ギィと軋みながら扉が開き奥から少し埃のにおいがした。
「お邪魔します」
「散らかっていてすまないね。こんな広い家に私だけしか住んでいないもので掃除が行き届かんのだ」
「いえ、全くお気になさらず。私の部屋はこれよりもはるかに散らかっているので」
「フフ、なかなか面白いお嬢さんだ」
私は村長の後ろついてあるき館の書斎に案内された。
「ここが書斎だ。古い日記なんかは奥の方の本棚にあるから、自由に見てくれて構わん」
「ありがとうございます」
日記なのに背表紙に年代や題名などはない。
本を開いて中身を直接確認するしかなかった。
私は早速奥の本棚からいくつか本を取ってみた。
どれもこれも古いし、文字も所々掠れて読みづらい。
それっぽい文章もないし、収穫はない。
これと言って収穫のないまま時間だけが過ぎていく。
そして、あらかた本棚の本を読破した。
最後の一冊を手に取った。
今まで読んだ日記と比べるとはるかに古く、表紙も擦れてタイトルも読めない。
これも外れか。
念のためにパラパラとページをめくった。
どうやらかなり昔の村長の日記の様だった。
ただ、一番古い日記のはずなのに他の本に比べてくっきりと文字が読める。
掠れていない?
不思議に思った私は日記の文字に触れた。
かすかだが魔力の反応が残っている。
文字は魔力で書かれ、時間経過しても掠れない様に魔法が施されていた。
よほど後世まで残したかったとみると、何か大事なことが書いてあるに違いない。
ようやく収穫のありそうなものを見つけた所に背後から扉の開く音が聞こえた。
「順調かね?」
「今のところは何も……」
私は首を振って見せた。
「ところで、この日記について何かご存じですか?」
「どれどれ」
村長に見つけた日記を渡すと不思議そうに中身を見つめて、パタッと日記を閉じた。
「ああ、これか。いつからあるか分からん上に、不気味だったからあまり開いていなかったのだが、お嬢さんの役に立ちそうなら持っていくと良い」
私は村長から差し出された日記を受け取った。
「いいんですか?」
「ああ、元々読んでもないし。わしにとっては無価値なものだ。役に立つ者に渡るのがいいだろう。その方がご先祖様も喜ぶ」
「貴重なものをありがとうございます。伝説について何かわかった折には報告に来ます」
「ああ、楽しみにしているよ」
穏やかな表情を見る限り、宿屋の店主が皮肉を言うほど嫌な人ではない。
そんな印象を受けたが、気がかりなことが一つ残ったままだった。
その気がかりを頭の片隅に置き、私は村長宅を後にした。
宿屋に戻ると、日記を持った私を見て宿屋の店主が口の端をゆっくりと上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「その様子だと村長に気に入られたみたいだな」
「ええまあ」
「なんだ、せっかく気に入られたってのにあんまり嬉しくなさそうじゃねえの」
私は村長に到着してすぐに起きた出来事を話した。
「ああ、そういうことか。村長は転移魔法が使えるのさ。それもとびっきり奇怪な転移魔法をな」
奇怪? 転移魔法に奇怪も明快もないだろうと私は思った。
「どういう意味かしら?」
「本来魔法を使えば魔力の残滓が残って魔法を使った痕跡が残ったり、探知魔法に長けた奴だったら、魔法を発動した時の魔力反応を探知するだろうが。村長はそういう気配や痕跡が残らねえのさ」
「めちゃくちゃ化け物ってことね」
「それもあるけど、この村で長いことあの村長を続けるにはそういう魔法が必要ってことだよ」
「?」
「納得いってねえみたいだな。まあこの村に長く住むにはそういう逃げるための魔法が必要になるのさ」
ああ、合点が行った。
ただの災害ならまだしもマクスウェルの秘宝によって引き起こされる災害ともなれば考えたくもない。
自分の命が助かる事を最優先に考えるなら逃げる魔法に全力を注ぐようになる。
それは至極当然と言えるだろう。
「だから、先祖の代からこの村にいんのはあの村長の家くらいさ」
「この村で長く生きるのも大変なのね」
「ああ」
私は店主との会話を切り上げて部屋に戻った。
早速村長から頂戴した日記を開いた。
内容は過去この村で起こった出来事をまとめたものだ。
日記を読み進めていくと、村に起きた災害のことについて記載があった。
『かの獣たちは遠慮も躊躇いもない。私たちをまるでいないものとして災害をまき散らす。村は獣たちに三度壊滅させられた。一度目は緋色の獣、二度目は紫色の獣、三度目は蒼色の獣。獣の災害に人が対抗する術はない。獣の戯れが終わるまでただされるがままだ。だから、逃げる以外ない。逃げる術を身に着けてほしい』
しばらくすると村長の転移魔法に関する記述がみつかった。
内容は転魔法の研究に苦労している際のことらしい。
『この村で村長を続けていく上で大事なことは逃げる術を身につけることだと考えた私は転移魔法を身につけることにこの時間を費やした。ただ、私のように魔力の少ないものにとって転移先の座標固定や座標特定に回す魔力はない。度重なる失敗に続き、私は座標固定と座標特定の役目を違うものに任せることにした』
転移魔法の基本工程は『特定』、『固定』、『発動』の三つ。
『発動』にはなかなかの魔力量が必要になる。
それに加えて座標の『特定』と『固定』も魔力での演算が必要になる。
転移魔法を一人で完結させるには人並み以上の魔力を保有していなければならない。
いわば才能を持った者だけが使える高級な魔法だ。
村長の年齢を考えると魔力量もそれほどないだろう。
こうなってくると転移魔法の工程を別のもので代用するのがセオリーだ。
代用が可能な工程は『特定』と『固定』。
恐らく村長は逃げるためにどこかに自分の魔力で座標を固定するための楔を作り、特定の場所に転移している。
こうすることによって転移魔法の工程は『発動』のみになる。
自由に色々な場所に好きなように転移することはできないけど、これなら瞬時に逃げられる。
逃げる。
逃げるか。
逃げるか?
私は不意にそう思った。
村が大変な時に逃げるか?
曲がりなりにもこの村の村長なわけで村の緊急時にいないのは少し違和感がある。
命を大事にしていると言えば聞こえはいいが村民たちからすればその振る舞いは村の長として少々いただけないだろう。
「なぜ逃げる……。なぜ…逃げる村長」
何かが閃きそうだった。
頭の奥底で閃きの火種を手繰り寄せるように思考を巡らせた。
材料はある。
この違和感を解消するための材料は揃っているはずだ。
組み合わせだ。今日あったこと全てを組み合わせればわかるはず。
…。
……。
………。
…………。
あ。
ああ、なるほど。
閃いた。
頭の中の靄は全て晴れた。
そういうことだ。
証拠はない。
ただ、その閃きから得た確証のない回答には確証のない自信があった。
「ジャモ!」
私は隣の部屋にいるジャモを部屋越しに呼んだ。
隣の部屋からガタゴトと物音がしてジャモは物の数秒で私の部屋の扉を開けた。
「どうした!? 緊急事態か!?」
「全てわかったわ。ええ、全てわかったわ!」
「どうした? 何か変なものでも食べたか?」
謎の高揚感に支配されながら私は壁に立てかけた愛刀を背負い部屋を出た。
「おい、どこに行くんだ?」
「決まってるじゃない。村長の家よ」