世界の観測者
――魔法西暦 0年――
そこは、世界の果て。
そこは、世界のどこか。
近くて、遠い場所。
そこには二人の魔法使いがいる。
一人は男の魔法使い。
一人は女の魔法使い。
二人は番。
二人は観測者の弟子。
「まーた、眺めてるの?」
男は世界の全てが見える細やかな石細工の水溜の水面を眺めていた。
水面には新たな世界の理の芽吹きが映る。
水面を眺める彼は嬉々としていた。
彼女は呆れた言い草で壁に寄りかかっていた。
「新しい世界の理ができそうだからさ」
「下らない。どうせ誰かに都合のいい理でしょ」
「そう。力ある者の都合のいい理だよ」
「本当に下らない」
彼女は過去を思い出し、静かに怒る。
「今回の世界の中心はソレイルだってさ」
「ちっぽけな国に大層な名前を付けたものね」
ソレイルは魔法使いの名前。
今は亡き、二人の友人。
「僕らの言ってる彼じゃないかもよ?」
彼は宥める。
彼女は水面に映る新たな支配者を指さした。
「彼の偉業を称えた本を大事そうに読んでた奴が創った国なのに?」
「……」
彼は指摘され押し黙る。
彼女は世界をよく見ている。
彼よりも。
彼女は儀式の間へ足先を変えた。
「手を出すのかい?」
「種を蒔くだけよ」
「それを、手を出すって言うんだよ。先生が生きてたらなんて言われるか」
「いいじゃない。種を蒔いたって芽が出ることの方が珍しいんだから。それに先生だってこれくらいいつもやってたわよ」
彼女は頬を膨らませ、拗ねる。
彼女は部屋から出て行った。
種とは彼女の魔法の素養。
素養を受けた者は特異な存在となる。
「あーあ、僕もたまには世界に干渉してみようかなぁ」
彼は肩をすくめた。
才ある彼女を羨ましがり天井を仰ぎ見つめる。
彼は素養を与える才と人を見出す目がない。
彼は思う。
自分もこの物語に一枚噛みたい。
「いいなぁ、僕も素養の付与してみたいなぁ」
彼の魔法は複雑、難解、奇妙。
この世の魔法の中でもとびっきり複雑。
人に与えるには向かない魔法。
彼が才能を幾星霜をの時をかけて開花させた特級の魔法。
彼女の魔法は明快、簡単、月並。
この世の四属性、火、土、水、風の一つ『風』。
人に与える魔法に向いている。
彼女が幾星霜の時をかけて基礎を練り上げた努力の魔法。
「さて、この世界はどれくらい続くかなぁ」
彼は椅子から立ち上がる。
水面は穏やかに揺れていた。
――魔法西暦152年 初夏――
水面に波が立っていた。
世界が安定していない。
彼は椅子に座り水面を覗き込む。
「どれどれ」
水面は世界の中心となる人を映す。
水面に映るのは二人の青年。
「ああ、なるほどね。種が芽を出したのか。おーい」
「なに?」
彼は魔法で彼女を呼ぶ。
図書室にいた彼女は億劫そうに応答する。
転移の魔法で彼女は彼のいる部屋へやってきた。
「ほら、この金色の目の子。君が素養を与えた者の子孫だろ」
「どれどれー?」
彼女は水溜の水面を覗く。
彼女は納得した。
彼女は得意げな顔で彼を見つめた。
「たまには私もいいことするでしょ?」
「そうだね。このまま理を変えられるといいね」
「だいたい人の敷いた理不尽な理なんかに縛られるべきじゃないのよ」
彼女の言い分は最も。
間違いではない。
しかし、彼は知っている。
理を覆すのは簡単ではない。
「まあ、彼らの道を阻もうとする者もいるだろうけどね」
「そうね」
「この二人本当にこのままいけると思う?」
「行ったとしても二人がこの世界を脅かしたり、壊したりすることはないんじゃない?」
「それもそうか」
水面に映る二人の青年。
眼に宿すのは破壊の野望ではない。
あくなき探求心と果てのない好奇心。
彼は思う。
二人が世界を破壊する可能性は低い。
「この二人なら本当の世界を人々に伝えられるかもね」
「でも、もう一人は私が蒔いた種じゃないわ」
金色の目の青年ともう一人、世界の中心となる青年。
黒い髪、蒼の瞳。冴えない魔法の才。
武力はなく、知力もそれほどではない。
しかし、金色の目の青年を凌駕する好奇心と探求心。
そして、優しい心。
「ああ、そうだろうね。こっちの子は普通の子だ」
金色の瞳の青年は種。
蒼の瞳の青年はいわば水。
「今回の事例はかなり参考になるな」
「種となる存在の傍には何か芽を出すきっかけとなるような存在が必要なのね」
「この二人の物語を見守ろうか」
「いいわ。付き合ってあげる」
彼女は彼の横に椅子を持ってくる。
彼と彼女が肩を並べ、世界を観測するのは何千年ぶりのこと。
彼はほほ笑む。
嬉しくて微笑む。
――魔法西暦202年 秋――
彼はまだ水面を眺めていた。
彼女もまだ水面を眺めていた。
寝ることも、食べることも忘れて水面を眺めていた。
二人の青年は偉業を成し遂げてみせた。
金色の瞳の青年は世界中から風の大魔法使いと称えられた。
蒼い瞳の青年は世界の地図を作り上げた。
ソレイルの王は隠していた世界の真実を公にした。
人々は外の世界へと進出していく。
ソレイルは交易を増やし繁栄を極めた。
金色の瞳の青年の冒険は物語となった。
老若男女に愛される物語となった。
彼はその後旅で見つけた魔道具の研究に人生を費やした。
蒼い瞳の青年の書いた地図は世界の人々の道標となった。
人々からは地図の父として称された。
彼はその後も地図の制作に人生を費やした。
二人の物語は終わる。
彼女はもう彼の隣にいない。
幕引きが嫌いだから。
彼は水面を巻き戻す。
物語の始まりまで。
蒼い瞳の少年が彼から世界地図を買い取らなかったら。
水面に映った物語は「もしもの物語」。
あったかもしれない物語。
結末を見た彼は思った。
今の結末の方が好みだと。