マクスウェルの秘宝『指輪』
――魔法西暦? ???年――
15の奴隷。
1の王。
一つの指輪。
十と五つの指輪。
奴隷は指輪を外せず。
王は指輪を外さない。
奴隷は決して逆らえず。
王は笑う。
――魔法西暦 1310年 晩冬――
遥か昔。まだ地図のないこの世界を踏破した大魔法使いマクスウェル。
彼がその旅の道中で見つけた古代の魔法文明の魔道具を『マクスウェルの秘宝』と呼ぶ。
便利な魔道具かと思われたマクスウェルの秘宝は、世界のバランスが壊れてしまう危険な魔道具だった。
そんなマクスウェルの秘宝を一般人から遠ざけ、発見、回収、研究、秘匿管理をする秘密組織がある。
魔法使いたちの間でその組織は『風の一族』と呼ばれ、一部の魔法使い達の中では都市伝説として語り草になっていた。
雪の舞う寒い真夜中。
『風の一族』本部の屋内に設置された噴水広場も今だけは静かだった。
昼間は天蓋から木漏れ日が差し込み、構成員たちの待ち合わせの場と同時に憩いの場だ。
最低限の明かりだけが灯る噴水広場は昼とは少し違う雰囲気があった。
影と光の隙間からヌルっと出てきた魔女は目的の人物を見つけた。
その場にいるだけで圧倒的存在感を放つ魔法使い。
つい視界に入れてしまう強者のカリスマ。
男は影から出てきた女の存在に気付いていた。
明らかに他の魔女とは一線を画す異質な空気。
男は急にその場の湿度が上がったように感じた。
背後からまとわりつくような気配を感じ後ろを振り向くと誰もいなかった。
「は、はは、初めまして!」
突然前方から声が聞こえ、男はそちらを向く。
黒いローブを纏った地味な女。
女にしては少し背が高いが猫背で実際の身長よりも低く見えた。
そして、明らかに緊張していた。
「あ、こ、この度秘宝の回収任務でコンビとなりました、へ、へ、ヘンリー・オン・シャンプーです」
ヘンリーの言葉に端々から自信のなさ感じ取れた。
男はヘンリーのそのオドオドとした態度に苛立ちを感じた。
「ウルヴァンだ」
「あ、あの、あまりお役に立てないと思いますが、ど、どうぞ、よろしくおねがいします」
ヘンリーの喋り方にウルヴァンは苛立ちを覚えた。
「女、俺とコンビを組むならそのオドオドとした態度をやめろ。曲がりなりにも俺の隣を歩くならそれなりの佇まいでいろ」
獰猛な猛獣のような瞳がヘンリーを捉える。
ヘンリーは心臓を鷲掴みにされたように一瞬呼吸が乱れた。
「す、す、すみません。でも、私ずっとこ、こ、こんな感じで。部族からも、こ、こ、こんなんだから追い出されちゃって」
雑に伸びた前髪の隙間から見える金色の瞳が潤んでいた。
これ以上何かを言って泣かれても面倒だった。
「チッ」
これまでの人生で一緒に行動する人間は選べた。
だが、この組織に入ってからはそういかなかった。
ウルヴァンは黙って手の甲をヘンリーに見せた。
その意味が分からない程ヘンリーも緊張はしてなかった。
潤んだ瞳からこぼれそうな涙を拭く。
ヘンリーは手の甲をウルヴァンに見せた。
「まさか進行権がお前だとはな」
「す、すみません。わ、私なんかが進行側で、ウルヴァンさんも不満ですよね」
「やりにくい女だ」
悪態をつきながらウルヴァンは手を出した。
手袋をはめた手を出された意味が分からずヘンリーは戸惑った。
「手を出せ、俺の流儀だ」
「は、はい」
ヘンリーは恐る恐るウルヴァンの手を取った。
その瞬間。
ウルヴァンは咄嗟に手をひっこめた。
「あ、あの、すみません。何か気に障ってしまいましたか」
「いや、手汗が気持ち悪かっただけだ」
「あ、あ、あ、すみません。緊張するとどうしても出てしまって」
「もういい、明日は遅れるな」
「は、はい、気を付けます」
ヘンリーはとぼとぼとその場を去った。
去っていく彼女は明かりのない闇へ沈むように消えていった。
ウルヴァンは握手した手を見た。
その手は彼女の手汗で湿ってはいなかった。
――魔法西暦 1310年 晩冬――
『風の一族』の本部のある都市から遥か西に行ったところにある小国。
独裁国家ズーリン。
魔法の軍事運用に力を入れ周辺諸国の領土に平然と大規模魔法を撃ち放つ凶悪な国。
世界的にも嫌われており、経済後進国だが軍事力だけは大国と差がない。
ズーリンの建国は少し特殊であり。
周辺諸国の革命家たちが結託し小国の廃都市を勝手に占拠し建国した。
世界的にもズーリンを一つの国として認めない方針だったが。
それを武力的に無理やり国として認めさせた。
何度も軍事開発の停止を条件に周辺諸国から援助をしてもらったが。
ことごとくそれを破り軍事開発を継続。
近年は攻撃すると脅迫して援助を強制している。
周辺諸国もズーリンの対処に手をこまねいていた。
ズーリンの内部は貧困層と富裕層がくっきりと分かれている。
軍事的に価値のある魔法を使用できる魔法使いが住む中央都市部。
軍事的に価値のない魔法使い達が住む外周都市部。
中央都市部は高層ビルや商業施設、娯楽施設など都市機能が揃っている。
外周都市部には最低限のライフラインのみ。
国の重要機関はほぼ中央都市部に集合している。
ズーリンは魔法使いを軍事的価値があるかどうかで判断する。
そのため常時強い魔法使いを歓迎している。
強ければ多少身の上が怪しくても歓迎される。
そういう意味で潜入することは容易だった。
組織が用意した嘘の書類を提出して無事二人はズーリンの外周都市部へと入った。
「ズーリンか」
「な、なにか。思い入れがあ、あるのですか?」
「お前には関係のない話だ。あまり詮索するな」
「す、す、すみません」
二人は道中ほとんど会話もなく。
会話があっても二、三言喋る程度だった。
更にウルヴァンは自身の身の上話に関わることは一切喋らない。
徹底して自分を隠していた。
「危険な場所だ、気を抜くな。俺はお前を守りはしないからな。自分の身は自分で守れ」
「は、はい、気を付けます。わっ!」
忠告した傍からヘンリーは何かに躓いて転んだ。
先行きが不安になるウルヴァンは大きなため息をついた。
「おい、女。気を付けろと言っただろう」
「す、すみません。すみません」
ウルヴァンは手を差し出した。
ヘンリーはウルヴァンの手につかまり引き起こされた。
「一体、な、なんでしょう?」
躓いたものを確認すると、死後数週間の原形をとどめた亡骸だった。
頬はこけ、眼を落ちくぼみ鼻は取れていた。
「し、死んでる」
「なんだ、あまり驚かないのか」
ウルヴァンは躓いたものが死体だと知っていた。
ヘンリーが死体を見てあまり驚かないことに彼は感心した。
「ま、まあ、死体は部族の里で、よ、よく見ていたので」
「意外だな、お前はそういうことに遠い存在だと思っていたが」
「少し変わった部族だったので……」
ヘンリーはそれ以上何も言わなかった。
ウルヴァン自身も特殊な身の上だったが。
彼女もまた一癖ありそうな身の上だった。
「ああ、どなたかは存じませんが。貴方の魂に安らかな眠りを」
祈るような仕草をしたヘンリーは男を持ち上げ道の端にそっと寝かせた。
「弱者が安らかになることはない。強者の肉になるだけだ」
「そ、そ、そうかもしれません。ですが、安らかに眠れる場所があるなら魂だけでも安らかになって欲しいと、お、お、思います」
「下らん、行くぞ」
ウルヴァンに弱者の気持ちは理解できなかった。
生まれながらにして強者であり。
生まれながらに力を持っていた。
ヘンリーは弱者の気持ちを理解していた。
生まれながらにして異端で。
生まれながらに虐げられてきた。
二つの両極端な人生を歩んできた二人の価値観が交わることはなかった。
――魔法西暦 1310年 入国の翌日――
ズーリンは数か月に一度入国者全員に強制参加の試験が行われる。
その試験で魔法使いの価値を決める。
試験の成績が上位の者は中央都市部に招かれる。
今回の秘宝回収任務にはこの試験で上位の成績を取ることが重要課題だった。
中央都市部に程近い外周都市部の軍事施設。
前回の試験から今日までに入国した魔法使い達。
中央都市部に移住したい魔法使い達。
中央都市部への招待を狙った強者たちが集まった。
実力至上主義のズーリンで一発逆転を狙う魔法使い達は少なくない。
試験は魔女と魔法使いの二手に分かれて行う。
ウルヴァンは全く緊張していなかった。
一方ヘンリーは朝から緊張していて朝食は喉を通らなかった。
「おい、女」
「は、はい!」
「成績トップを取れ、それ以外は認めないからな」
「え、え、え、でも私じゃそれはちょっと」
「口答えするな。言われた通りに成績トップを取れ」
ウルヴァンはそう言い残して魔法使い組の方へ行ってしまった。
何をやってもどんくさい自分が成績トップなんて取れるわけない。
ウルヴァンからのプレッシャーと緊張でヘンリーはその場に透明な胃液を吐き出してしまった。
「うぅ、無理ですよぉ」
涙が溢れてしまいそうになったが。
周りの成り上がろうとしている者達は道端の弱者に優しさを向けない。
ヘンリーは幼少期の懐かしい孤独感を思い出した。
(ああ、そうだ。私は孤独、私は、私は)
ヘンリーは口元を拭って立ち上がった。
逆流した胃液の味。
口内の不快感。
情けなく垂れる鼻水。
彼女は思い出した。
孤独を打ち破った日の事を。
組織に入ってから忘れていた。
現状を打開する唯一の方法。
(壊します。情けない私を。今だけ、何者にもなれる私になる)
ウルヴァンがふと振り返った時。
そこにもう彼女の姿はなかった。
――魔法西暦 1310年 同日――
試験の結果はその日のうちに出る。
試験は潜在的能力と実践能力の二つ。
潜在的能力は魔力量や持っている魔法について。
実践能力は実際の戦闘時に魔法が有用かどうか。
ウルヴァンはやはりというか当然のように成績トップだった。
そして、ヘンリーはというと。
「女、試験の成績を見せろ」
「あ、あの、私もまだ見てなくて。周りの魔女も皆すごくて」
「いいから黙って見せろ」
ウルヴァンはウダウダと言葉を並べるヘンリーから無理やり成績書を奪い取った。
そして、問答無用で封を開けて試験結果を見た。
「あ、あの、やっぱり駄目でしたか?」
「ふん」
ウルヴァンは鼻で笑った。
(ああ、やっぱり駄目だったんだ。そうですよね、私なんかが一番なんて取れませんよね)
「なんだ、女。お前もやればできるんだな」
ウルヴァンは試験結果をヘンリ―に見せた。
そこにはヘンリーの成績がトップであることが書かれていた。
「あぁ。良かったです」
「当然だ」
成績トップであることを喜んだのも束の間。
ウルヴァンはもう喜んではいなかった。
「第一段階は突破。次は第二段階だ。わかってるか?」
「はい、次は中央都市部に入り要人たちもいるパーティーに参加ですよね」
「ああ、そのために試験成績のトップが必要だった、恐らく明日には中央都市部の住居が準備され、来週あたりには第二段階のパーティーがある。そこがねらい目だ。それまでしくじるなよ。女」
「わ、わかりました。頑張ります」
そこから中央都市部への潜入は簡単だった。
翌日には二人の元へ軍の人間が訪れ。
二人は用意された中央都市部の住居に移動した。
外周都市部は汚く、設備も古い。
建物も低く、どこか暗い雰囲気だった。
中央都市部はというと一言で表すなら豪勢。
しかし、戦えない豚のような人間たちはいない。
全員が歴戦の猛者の佇まいと面構えをしていた。
画期的な中央都市の環境にヘンリーは慣れなかった。
彼女の育った部族の里は質素で貧乏な暮らしだった。
住居も古い。
考え方も古く、保守的。
里の外は新たな時代の変化と共に新しい魔法の研究を始めた。
ヘンリーの里は独自の呪いだけを研究し続けた。
前時代的な魔法と考え方の中でヘンリーは育った。
組織に入った後もその名残は消えなかった。
ヘンリー自身も思っていた以上に部族の名残が抜けないことに驚いていた。
部族の里の外に憧れていたが。
魔女としての根底部分は変わらず。
ただ、取り巻く環境が変わっただけだった。
気分を変えようとヘンリーは夜の街に繰り出した。
中央都市部の夜はギラギラしていた。
眩しく瞬く建物で輝く。
満天の星空が目の前に近づいてきたかのようだ。
ヘンリーは慣れない喧噪に怯えながら行く宛もなく街を歩いた。
どこへ向かうのかもわからず。
オドオドと歩いていると人とぶつかった。
「す、す、すみません」
ヘンリーはとっさに謝った。
ぶつかった男はその態度ですぐにヘンリーを格下と認定した。
「おい、気を付けろよ」
「てか、この女の身体いいね~」
三人組の男たちは今夜のデザートを見つけ卑猥な目つきでヘンリーの下から上を値踏みする。
ヘンリーはその目を知っていた。
里の男たちと同じ目だった。
逆らえない弱者を嬲る時の強者の目。
ヘンリーの心に黒い感情が渦巻いた。
自分の中にはあってはならないと否定をした感情。
ヘンリーの人間ではない部分が這い出てこようとしていた。
「とりあえず今日はお前でいいや」
「俺たちこれでも中央都市部に住んでるから金は弾むぜ?」
男たちの手がヘンリーの胸に伸びる。
その手を誰かが咄嗟に掴んだ。
「おい、俺の連れに何か用か?」
ヘンリーが理性を忘れそうになった時。
ウルヴァンが現れた。
獰猛な獣のような目で相手を威圧する。
男たちはすぐに実力差を感じ取った。
「す、すみませんでした」
「俺たちはこれで」
三人組の男はすぐに去っていった。
ウルヴァンが捕まえようと思えば捕まえられたが。
それ以上深追いはしなかった。
それよりも怒っていることがあったからだ。
「す、すみません。助けていただいて」
ウルヴァンはヘンリーの服を掴み人気のない建物の裏に連れ込んだ。
「言ったはずだぞ女! 自分の身は自分で守れと!」
「す、すみません」
「あの時なぜすぐ身を守らなかったか答えろ」
ものすごい剣幕で怒鳴るウルヴァンにヘンリーは委縮しながら答えた。
「こ、怖くて。幼い私を犯した里の人たちを思い出して。体が動かなくなってしまって」
ヘンリーは自分の醜い過去を吐露した。
恥ずかしく、情けない過去。
それを他人に話したことが情けなくて嫌になった。
色々な感情が渦巻いて涙となって流れた。
ウルヴァンは弱者の薄暗い過去に興味はなかった。
しかし、これ以上は任務に支障が出ると思った。
慰めの言葉を誰かにかけたことはなかった。
弱者の気持ちは分からない。
しかし、弱者を弱者たらしめている原因をいくつか知っていた。
実力不足。
現実逃避。
理想と現実の乖離。
傲慢。
怠慢。
そして、トラウマ。
ウルヴァンは多くの弱者をその眼で見てきた。
大抵の弱者はどれかの原因に当てはまる。
ヘンリーの場合はトラウマだった。
トラウマはある意味最も深刻な理由だった。
現実逃避ならば現実を見せつければいい。
理想と現実の乖離も同じ。
傲慢なら矯正してやればいい。
怠慢ならば報酬をくれてやればいい。
トラウマは他者が介入できたとしても。
最後は本人がそのトラウマを克服するしかない。
そういう意味でトラウマは最も厄介な原因だった。
「女、俺は過去のお前がどうであろうと知らん。だが、今のお前の事なら多少知っている。この国もバカではない。あの試験の項目はかなり厳格に設定されている。そこでトップを取るのは容易ではない。男に犯された弱者のお前はもういない。お前を虐げた者は最早お前の足元にも及ばない。いいか、現実を見ろ。もっと自分を見つめろ。今のお前は過去のお前と同じか?」
真剣で真っ直ぐな目がヘンリーを捉える。
吸い込まれそうな琥珀色の瞳。
その問いがヘンリーの中に浸透していく。
今の自分が過去にいたら。
あの時抵抗できたか。
あの時あの状況を打破できたか。
できたはずだ。
「お前はこの組織にいる。この組織は弱者が生き残れる場所ではない。入ったんだろお前も『風の一族』に」
ヘンリーの心の傷にウルヴァンの言葉がゆっくりと染みこんでいく。
だが、完全に消えることはない。
完全に癒えることもない。
傷跡はずっと残り続ける。
「もう訊きはしない。お前は過去のお前と同じか?」
……………。
…………。
……。
…。
「私はもうあの時の私ではありません」
自分に言い聞かせるようにヘンリーは答えた。
誤魔化しの言葉ではない。
ヘンリーの金色の瞳に意志の炎が灯った。
「明日はこの国の幹部が集まるパーティーだ、秘宝もその場に集まるはずだ」
「はい」
「失敗は許されないからな」
「はい」
ヘンリーは凛とした佇まいとしっかりとした足取りで街の中に消えた。
もう顔合わせの時のような湿度の高い気配はない。
街中に消える寸前のヘンリーの背中は。
不気味で底の見えない狂気を持った立派な魔女の佇まいだった。
――魔法西暦 1310年 作戦当日――
この国の成り立ちはかなり物騒だった。
現代的とはいえず。
倫理的ともいえず。
世界的に見ても暴挙だった。
ただ、いくつか謎がある。
“周辺諸国の革命家たちが結託し”武装蜂起をした。
周辺諸国の革命家たちを誰が集めたのか。
そして、思想の強い革命家たちをどう説き伏せたのか。
今まで誰もそこに着眼しなかった。
だが、そこに目を付けるとそこに一人の人物が浮かび上がった。
それは、ズーリンの独裁者。
ではなく。
革命家たちを集めた人物。
ズーリンの最高幹部はトップも含めて15人。
ウルヴァンはこの情報を聞いてからずっと気になっていた。
秘宝『指輪』は15の奴隷の指輪。
そして1つの王の指輪。
15人の最高幹部たちの中に王の指輪の所有者がいてもおかしくはない。
となると奴隷の指輪が一つ余る計算になる。
内乱も起きず。
派閥争いもない。
そんなことが可能なのか。
ウルヴァンの経験上小さな組織でも方向性が完全に一致するのは難しい。
そうなると、考えられる結果は一つ。
最高幹部15名の他に一人。
王の指輪をつけている者がいる。
この国を動かしているのは最高幹部ではない。
表に出てこない王の指輪の保持者がいる。
「以上が俺の考えだが女、お前はどう思う」
ヘンリーはウルヴァンの話はそっちのけだった。
皿に残ったグリーンピースをフォークで刺そうと四苦八苦していたからだ。
ヘンリーは難しいことは分からない。
考えても自分にはどうにもできないと判断していた。
「え、え、私ですか? 難しいことは分かりませんが、秘宝回収ができれば私は何でも良いかと、お、思っています」
「思考を放棄するな。常に分析をしろ」
「わ、わかりました。ぜ、善処します」
「まあ、お前の場合はそんな必要はないかもしれんがな」
「そ、そ、それはどういうことですか?」
「いずれ分かる」
ウルヴァンはどんな状況になっても良いように常に状況の分析をする。
それは、弱者だった頃の癖。
本当の強者はそんなことはしない。
どんな状況も力で簡単にひっくり返す。
「さて、今日はその15人の幹部全員が集う貴重な機会だ。これを逃したら次の機会はほとんどない」
「は、はい。頑張ります!」
前のめりになっているヘンリー。
ウルヴァンはため息交じりに忠告した。
「お前は張り切るな、空回りするだけだ。冷静に目の前の一つ一つの状況に対処しろ」
「あ、はい。わ、わかりました」
ヘンリーはまるでお前には期待していないと言われているような気になった。
そしてウルヴァンの言葉に肩を落とした。
その様子を見たウルヴァンはまた大きなため息をついた。
「人の言葉に一喜一憂するな。今のは激励だ。余計なことは考えずやりたいようにやれ」
「はい!」
――魔法西暦 1310年 作戦当日――
試験の成績上位者とズーリンの中枢人物だけが参加できる立食パーティー。
15人の最高幹部たちが一堂に揃い。
その他、ズーリンの軍事の中枢に関わる面々も勢ぞろいしていた。
新参者が顔を売るにはうってつけだった。
ウルヴァンは挨拶周りをしてターゲットが揃っていることを確認した。
ヘンリーはウルヴァンの確認が終わるまで会場の端で待機していた。
魔法使いの中で成績トップだったウルヴァンは注目の的だった。
魔女の中で成績トップだったヘンリーは誰の視界にも入らなかった。
会場に集まったほぼ全員が隅にいるヘンリーに気づいていなかった。
会場の隅で料理の盛られた皿を片手に立っているヘンリー。
そこへ一人小さな女の子がやってきた。
雰囲気からしてこの場にいる誰かの娘。
「お姉さん混ざらないの?」
「へ? ええ、わ、わたしこういうところが、に、苦手でして……」
ヘンリーは年端もいかない少女よりも口下手だった。
自分よりもずっと年下の女の子よりもコミュニケーション能力が低い。
そのことが恥ずかしかった。
「ええ、なんでぇ? おねえさんはつよい魔女さんでしょ? なら、まざればいいのに」
「え? わ、わたしは全然ですよ。あ、あそこにいるウ、ウルヴァンさんの方がわたしなんかよりもずっと強いですよ」
「おねえさん、うそつきー」
少女は無邪気に笑った。
「わたし、そういうの分かるの」
無邪気な少女の雰囲気が変わった。
少女とは違う圧倒的なカリスマ。
深紅の眼光がギョロっと光った。
ヘンリーは自分の奥底を覗き見られたような気がした。
独特の雰囲気の魔力。
間違いなく秘宝の魔力だった。
「指輪は渡さない。この国のためにね」
(思考が……⁉)
「わるかよ、おねえさんが考えていることも。何のためにここに来たのかも。この指輪のおかげで」
「そ、そうなのですね。では、それが王の指輪」
「王の指輪? それよくわからないけど、この指輪があれば皆いうこと聞いてくれるの」
少女は右手の人差し指にはめた細かい金細工の指輪見せた。
指輪から発せられている独特の魔力。
明らかに普通ではなかった。
「これは提案なのですが、私たちにその指輪を譲っていただけませんか?」
「提案? おねえさんウソばっかり。おねえさんなら力づくで奪えるのに」
「そんなことはしません。できればこのままそれを渡してほしいです」
「じゃあ、力づくで奪ってよ!」
パン、パン。
少女が手を叩く。
次の瞬間会場にいた15人の最高幹部が一斉にヘンリーの方を向いた。
会場の雰囲気が変わった。
ゾロ、ゾロ。
会場の群衆の中からヘンリーの元へ歩いてくる最高幹部たち。
異変に気付いた他の魔法使い達の反応は様々。
最高幹部たちが殺気立っているのを見て一緒に臨戦態勢になる者。
まだ状況が呑み込めていない者。
その中でもウルヴァンの状況判断の速さは群を抜いていた。
すぐにヘンリーの元へ駆けつけた。
「秘宝か」
「はい、幼い少女が王の指輪の持ち主です」
もうそこに少女の姿はなかった。
ウルヴァンは微かな秘宝の魔力の残滓を見つけた。
消すことのできない異様な魔力の残滓。
泥のような魔力の残滓が持ち主の行き先を示していた。
「わかった、王の指輪は俺に任せろ。お前はここを頼む」
「わかりました」
「できるか?」
「大丈夫です」
ヘンリーは静かに答えた。
オドオドとした雰囲気はなく。
真っ直ぐに状況の打破だけを見据えた金色の瞳に迷いはなかった。
―― Side Henry・On・Shampoo――
最高幹部の実力はこの国随一を争う。
それが15人もいるのだ。
おまけに試験成績上位者の凄腕の魔法使いも数名。
大抵の魔女では抗うこともできない。
囲まれたヘンリーは臆することもなく。
ただただ、冷静だった。
ヘンリーは落ち着いた様子で虚空に手を伸ばした。
そして、魔法使いの杖ではない異物がその手におさまった。
「なんだそれは」
その場の一人が目を見開いて驚愕した。
ヘンリーの手におさまったのは大鎌だった。
大鎌はヘンリーの身長よりも長く。
刃は三日月のように鋭い。
ヘンリーの筋力と大鎌の重さは明らかに不釣り合いだった。
両手で柄を持ち。
鎌の先は地面についていた。
しかし、最高幹部たちはヘンリーのその姿を見ても魔法を発動できなかった。
大鎌に込められた呪いに無暗に動けなかった。
呪いには大別すると三種類ある。
蝕む呪い。
護る呪い。
運命を操る呪い。
そこから更に細かく分類されていく。
ヘンリーの大鎌には蝕む呪いが込められていた。
それも素人が見ても分かる危険な呪い。
刃からヘドロのような呪いが見える。
取り囲んでいた魔法使いの数人がそれを見てその場に崩れ嘔吐した。
(ああ、今はこの呪いも愛おしい)
この瞬間だけは部族の全員に嫌われたこの呪いを愛せた。
しかし、異様。
明らかに体格に合っていない得物。
武器に詳しくない素人が見てもヘンリーが得物を扱いきれずに振り回されるのが目に見えていた。
「やれ、女一人なら一斉に攻撃すればすぐに終わる」
幹部一人が攻撃命令を出した。
同時に幹部たちが基本攻撃魔法を発動する。
そして、それに続くような形でそれ以外の魔法使いが攻撃をした。
ヘンリーは一瞬で攻撃に囲まれた。
大きな爆音と同時に部屋の中が吹き飛んだ。
煙が消え、ヘンリーが無傷で現れた。
ヘンリーはさっきまでのドレス姿ではなくなっていた。
黒い民族衣装に身を包み彼女の周りには二つの黒い玉が舞っていた。
「私の呪いは私を愛してくれる。そして、私は私を愛してくれない者を殺す」
幹部の一人がヘンリーのその姿を見てとある部族の話を思い出した。
北方の片隅で独自に呪いを研究している世界一不気味な少数部族。
部族の一人一人が呪いを開発してその優劣を競う。
負けた者は呪い殺され強い呪いを作る者だけが生き残る。
その呪いを受けたとある魔法使いはこう語っている。
まるで魂がゆっくり、ゆっくりと削られていくような感覚。
呪いによって自我を強制的に変えられていくような。
自分が人であることを忘れ獣になっていくような感覚になった。
そして、後日その魔法使いは自分の身体中の皮膚を自ら剥がした。
その伝説を聞いた者たちは畏怖を込めてその部族をこう呼んだ。
『魂削り』。
「行きます」
鎌を構えてヘンリーは幹部の一人の間合いに一瞬で踏み込んだ。
武闘派の魔法使いの踏み込みよりもはるかに速く一瞬で間合いを詰める。
構えた鎌を横に一閃。
横薙ぎに振りぬいた。
斬られた魔法使いの身体は真っ二つになると思いきや。
傷一つついていない。
「まず一人」
想定外の結果に周りの魔法使い達は戸惑った。
しかし、何もないわけがない。
ヘンリーは次の魔法使いに狙いを定めた。
奇妙な速さで即座に間合い詰める。
そして、横薙ぎに鎌を振るう。
「二人目」
横薙ぎに振りぬいた隙を一人の魔法使いが捉えた。
がら空きの身体に攻撃魔法を放つ。
魔法が直撃する瞬間。
黒い玉が魔法を相殺した。
「私の呪いは私を護ってくれます」
ヘンリーの呪いは二つ。
彼女に対する敵意を察知しあらゆる攻撃を相殺する黒い玉。
ヘンリー自身が自分の心臓を呪うことで完成した完全防御の呪い。
そして、もう一つ。
鎌に込めた生奪の呪い。
相手を苦悶の果てに絶命させる呪い。
鎌の刃物としての攻撃力を完全になくすことで呪いの効果を底上げしている。
呪いを防ぐ術はない。
鎌で斬られれば必ず呪いが付与される。
そして、発動のタイミングはヘンリーが決める。
鎌で斬られた時点で完全に生殺与奪をヘンリーに握られる。
戦いの最中。
次々とヘンリーに斬られ続け。
魔法使い達は気づき始めていた。
大鎌を振るっているヘンリーの挙動がおかしい。
どれだけ振るってもブレない身体。
落ちない速度。
無尽蔵の体力。
「何者なんだよ! どうなってんだ!?」
大鎌を振るうには細い腕。
間合いを一瞬で詰めるには弱そうな脚腰。
何もかも想定の範疇を逸脱していた。
「ああ、そう見えるなら私の努力も無駄ではなかったんですね。良かった」
ヘンリーが笑みを浮かべた。
そして、ヘンリーの鎌に斬られた魔法使いは一斉に倒れた。
「残るは貴方だけですね」
自信のない魔女の顔はもうない。
そこにいたのは狩りを楽しむ魔女だった。
鎌を軽々と振り回し。
ゆっくりと最後の獲物に近づく。
鈍色の一閃が最後の魂を刈り取った。
――Side Wolf・Van・War――
秘宝の魔力の残滓をたどり。
行きついた場所は繁栄を極めた中央都都市部から離れた外周都市部の一角。
死者の名も彫られていない墓石が雑多に並ぶ墓地だった。
小高い丘からは中央都市部の繁栄がよく見えた。
少女はぼーっとその繁栄を冷めた視線で眺めていた。
「見える? この汚い繁栄が」
「俺には汚いか綺麗かわからん」
少女に戦う意思がないと見たウルヴァンは彼女の横に立った。
この国に思い入れのないウルヴァンには空虚なものだった。
「その指輪、どうやって手に入れた」
ウルヴァンは少女に問いかける。
「お父さんがくれた」
「革命家たちのリーダーか」
驚くことではない。
少女が一人で秘宝を手に入れたとは考えにくい。
誰かから受け継いだというのが自然だった。
「この国も終わりだね」
「そうだな、今頃幹部連中は女が皆殺しにしているだろうからな」
「あのお姉さんが相手じゃね」
「ああ」
ウルヴァンは顔合わせの時からヘンリーの実力を見抜いていた。
手に魔力が集中しているウルヴァンは握手でその人の実力がわかる特異な才能を持っている。
顔合わせの日にウルヴァンがヘンリーと握手をしなかったのは彼女の圧倒的な膂力が握手の前に分かったからだ。
魔法使いのそれには似つかわしくない身体。
華奢な身体にミチミチに詰まった筋肉。
巨大な得物を扱う者が身につける独特な筋肉だった。
「大人しく秘宝を渡せ、そうすれば楽に殺してやる」
「わかった」
少女は人差し指にしていた指輪を外した。
ウルヴァンは左手でそれを受け取ると、少女の頭に右手を置いた。
「いい子だ」
少女は足からゆっくりと風化していく。
ぬるい風が吹いた。
ウルヴァンは慈しみの眼差しで少女の頭を最後まで撫で続けた。
風が彼女を街へ運んでいく。
小さな王はそこで姿を消した。
「秘宝回収完了」
――秘宝回収後、数十分後――
ウルヴァンは秘宝を回収しヘンリーの元へ合流した。
パーティー会場には無数の死体をあさるヘンリーの姿があった。
死体の腕を持ち上げては「これも違う」と言いながら次の死体をあさる。
その光景は正直異様の一言に尽きた。
片隅のテーブルには秘宝の指輪が十四個並んでいた。
ヘンリーはあと一つの指輪を見つけるのに戸惑っていた。
それこそが異常だった。
戦いに疲れて動けないと思っていた。
「意外だな、魔力を消費しすぎてへばっていると思っていたが」
「あ、ウルヴァンさん。すみません、まだ最後の指輪が見つかってなくて、い、いま探しているので待ってください」
ヘンリーは探す手を早めた。
ウルヴァンは探すのを手伝おうとした時靴のつま先に何かが当たった。
銀色の指輪。
独特の魔力からそれが最後の指輪だった。
「あったぞ」
「え⁉ すみません。それで最後です」
ウルヴァンは指輪を拾い組織から貸与された特殊な箱に指輪を入れた。
テーブルの残りの指輪も全て箱に入れ、最後に自分のポケットから出した指輪を入れて箱を閉じた。
「秘宝回収完了ですね」
「ああ、すぐにここを発つぞ。魔力は十分か?」
「はい、私はほとんど魔力を消費していませんので大丈夫です」
最初この言葉の意味に気づけず彼女の言ったことをスルーしていたが。
後にウルヴァンはこの言葉が気になり彼女に説明を求めた。
曰く。
呪いは作成までに魔力を使うが作成してからはほとんど魔力の消費がない。
特にヘンリーの呪いは発動に魔力を消費すれば後は呪いが自律駆動してくれる。
自律駆動は込められた呪いの通りに動くだけで魔力の消費はない。
これこそヘンリーが魔力をほとんど消費しない正体だった。
戦闘するならばこれほど厄介な相手はいない。
ウルヴァンは心底ヘンリーが味方でよかったと安堵した
――魔法西暦 1311年 初春――
ヘンリー・オン・シャンプーは『風の一族』の本部にいた。
構成員たちが集う噴水広場で今回の任務のコンビを待っていた。
昼下がりの日差しが心地よい噴水広場のベンチ。
ヘンリーはまだ慣れない髪型にオドオドしていた。
歩いている構成員たちがこちらを見ているような気さえした。
そんなことはヘンリーの気のせいだが。
そんな中。
視界の向こうの方から目を引く男が歩いてやってきた。
その場にいるだけで圧倒的存在感を放つ魔法使い。
つい視界に入れてしまう強者のカリスマ性。
その男はヘンリーの元へ真っ直ぐ歩いてきた。
そして目の前に立つ。
「今回の回収任務でお前とコンビを組むことになった。ウルヴァンだ。これ以上の自己紹介は必要ないな」
「ヘンリー・オン・シャンプーです。よろしくお願いします」
ヘンリーは立ち上がり自己紹介をして手を差し出した。
前回とは逆の展開に一杯食わされたウルヴァンは、面白くなさそうにヘンリーと握手をした。
あらためて実感する。
相変わらず化け物じみた膂力。
前回の任務の時よりも強くなっていた。
ヘンリーは長かった黒い髪をバッサリ切り。
目にかかっていた前髪も切っていた。
真っ直ぐに向けられた金色の瞳にはウルヴァンが映っていた。
前のオドオドしたヘンリーはもういなかった。




