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マクスウェルの秘宝『』  作者: 藤間
12/14

マクスウェルの秘宝『鬼』

――魔法西暦? ????年――


 強靭な肉体。

 圧倒的な力。

 恐ろしい様相。


 人の形をした。

 人とは別の生物。

 常は優しく。

 しかし、恐ろしい。

 額に鋭利な角を持つ異形。


――魔法西暦 1254年春――


 遥か昔。まだ地図のないこの世界を踏破した大魔法使いマクスウェル。

 彼がその旅の道中で見つけた超古代魔法文明の魔道具を『マクスウェルの秘宝』と呼ぶ。

 便利な魔道具かと思われたマクスウェルの秘宝は、世界のバランスが壊れてしまう危険な魔道具だった。


 危険なマクスウェルの秘宝を一般人から遠ざけ、発見、回収、研究、秘匿管理をする秘密組織がある。

 魔法使いたちの間でその組織は『風の一族』と呼ばれ、一部の魔法使い達の中では都市伝説として語り草になっていた。


「我が夢見るは現れる悪党どもを斬っては倒し、斬っては倒す、鬼神の如き己! しかして、携えた刀は飾りにすぎず、武芸はからっきし、故に戦場の癒し手となりお助け致すものなり! 柴田五寿郎ここに見参!」


 派手な衣をまとい、派手な化粧を顔に施した傾奇者――柴田五寿郎は口上を垂れて自己紹介をした。


 刀を携えた青年は冷ややかな視線で見つめ、毅然としていた。

 青年は整った顔たちに切れ目。

 黒い長髪を後ろで一つにまとめていた。

 服は五寿郎の服と似た形式の服をまとっていた。


「東雲円春だ。よろしく」


 円春はとりあえず自己紹介をした。

 しばしの間が空く。

 五寿郎は円春の手を取り、熱い熱い握手をした。


「この五寿郎、命を賭して円春殿をお守りいたす! よろしく頼む」

「放せ、お前に守られなくとも自分の身は守れる」


 傾奇すぎている五寿郎。

 円春は冷たくその手を払った。


 五寿郎は察した。 

 (ああ、この男はつまらぬ)


「ついてこい、会議室で詳細を話す」

「あい、わかった」


 二人は会議室に移動した。

 小さな会議室に沈黙が降りる。


「今回の任務のことを共有する」

「応!」


 円春が手の甲に刻まれた刻印を五寿郎に見せた。

 同時に五寿郎にも同じ刻印が刻まれ円春が知っている秘宝の情報が共有された。

 情報が共有された五寿郎は途端に静かになった。


「なるほど、『鬼』とな」


 神妙な表情で五寿郎はつぶやく。


「そうだ。それに今回の場所は俺たち故郷だ。秘宝『鬼』ついて何か知っているか?」

「我が故郷たる村もだいぶ偏屈ではあったが『鬼』の噂はなかったと記憶している」

「それもそうか、御伽噺だからな。早速明日から現地に行く。準備をしておけ」

「承知した。それより、円春殿。東雲と申したか?」

「それがどうした?」

「あの、東雲でござるか?」


 五寿郎は挑発するようにニヤリと口角を上げた。


「お前の言う東雲がどの東雲か分からん。俺も準備がある、じゃあな」

「『汚』奉行の東雲のことでは~?」


 次の瞬間に五寿郎は胸倉をつかまれて壁に押しつけられた。


「次俺の一族を侮辱にしてみろ。斬るぞ」

「これは恐ろしい、悪でもない我を斬ると? お父上似ですなぁ」


 押し付けた右手とは反対の左手は刀の鯉口を切っていた。

 左手で逆手に刀を抜こうとした円春はバランスを崩した。

 押さえつけていたはずの五寿郎が一度の瞬きの間に消えた。


「これはすまぬ、すまんぬ。まさか本当にあの東雲とは知らず。円春殿の一族を侮辱する意図はない。お互い仲良くやりましょうぞ」


 背後からの声に円春は振り向いた。

 一瞬で円春の背後をとった五寿郎。

 ふざけている割に転移魔法の発動までの時間が早すぎる。

 詠唱も発動の気配も円春は感じられなかった。


「お前ただのふざけた野郎じゃないな」

「我は戦えぬ。故に逃げる、回復することに特化しておるだけ。それでは我は準備がありますのでこれにてご免!」


 煙幕と共に五寿郎は円春の前から姿を消した。

 すでに気配もない。

 魔法を発動した残滓もない。

 痕跡の一つも残さずに五寿郎は見事に消えて見せた。


「妙なやつだ」


 ふざけているがその魔法の一つ一つ。

 細かな部分まで洗練されている。

 五寿郎がただの傾奇者ではないということは理解できた。


――魔法西暦1254 春――


「本日は晴天なり! 本日も晴天なり!」

「昨日は雨だ」


 秘宝『鬼』の情報をもとに二人はしばらくぶりの故郷へと来ていた。

 道中、酷い船酔いをした円春を何度も回復魔法で介護したこともあり。

 顔合わせの時よりも二人の仲は改善されていた。


「そうであった、そうであった」

「あまり目立つな。今日も秘宝について情報を集めるぞ」

「あい、承知!」

「あと、ってもう消えてやがる」


 五寿郎はすでに消えていた。

 発動の気配すらない。

 神出鬼没な傾奇者の扱いに円春は少々困っていた。


「さて、俺も情報収集するか」


 到着して既に四日。

 情報収取の成果はそこまで芳しくない。

 この時代に鬼と聞いてもそれらしい存在を見た者はいない。

 鬼のような男や鬼の仮面を被った浪人の噂は出てきた。


 しかし、どれも眉唾な情報ばかりだった。


「あまり、行きたくないが……」


 円春は最後のつてを頼ることにした。


「なぜ、あのような者が……」

「奉行の面汚しめ」


 そこらから聞こえる罵詈雑言に耐える円春。

 許されるならばこの場の全員を切り伏せたかった。

 しかし、それは父を悪だったという世間を認めてしまうことになる。

 円春は信じていた。

 円春の父、円秋は間違っていなかった。


 汚名を着せられても父は正しかった。


「まさか、円春が訪ねてくるとは思わなかったな」

「ご無沙汰しております。宗達殿」

「いやいや、円秋殿には世話になったからな。その恩返しと思えばこの程度の事」


 宗達は円秋の後輩。

 円秋が面倒を見た奉行の一人だ。


「それにしても鬼の噂話を知りたいとはまた珍妙な頼みだな。この街であれば昔の記録もあるだろうが、膨大だぞ」

「探すのは自分で行います。ここに入れてもらえるように手はずを整えて頂けただけでも感謝してもしきれません」

「大げさだ。だが、私も体裁がある故な。力になれずすまぬが、上手くやれよ」

「はい」


 宗達は申し訳なさそうに立ち去った。

 本来であれば門前払いされる記録所に入れただけで儲けものだ。

 人伝の話よりも確実に多くの記録が保管されているこの場所であれば秘宝の情報もある可能性が少し高い。


「これはこれはなんとも膨大な。流石に円春殿だけでは無理な量ではなかろうか」

「紋入れするなら言え」


 もはや五寿郎が唐突に現れることにも驚かなかった。


「バレておったか。さすが円春殿」


 紋入れ。マーキング。

 呼び方は国によって色々ある。

 転移魔法を使うものが転移先の座標固定に用いる魔法陣の一つ。

 座標計算の仮定を省いて固定した座標に飛ぶことができる。


「船酔いで介抱されている時に妙な魔力を感じたからな」

「これまで見破られたのは円春殿が初めてだ」

「どうせ宿にも紋入れしているのだろ。バレそうになったらすぐに飛べよ」

「わかっておるとも」


 円春と五寿郎は記録所の蔵にある記録書を読み漁った。

 関係ない記録がほとんどだったが。

 ようやくその一説を見つけたのは円春だった。


「おい、恐らくあったぞ」

「ようやく見つけたでござるか、文字の海に溺れるところであったぞ」

「お前は途中から没収されていた春画を見ていただけだろ」

「して何と書いてあるのか」


 もはや悪びれる様子もない。

 途中から五寿郎が関係ない書物を見ていたのは知っていた。


「ああ、隠形山の奥に異形の里の記録がある。額に角を生やした人ならざる者の里だとか」

「隠形山……。誰も近づかぬ秘境ではないか」

「お前、飛行魔法は使えるか?」

「否、我は転移魔法と回復魔法に全ての才能を振っておる故に飛行魔法は覚えておらぬ」


 五寿郎はかぶりを振った。


「だよな。この国の魔法使いは飛行魔法を使える方が珍しいからな」

「円春殿は飛行魔法を会得しておられるのか?」

「いいや、俺も飛行魔法は使えない。うちの家系は別の魔法の会得で余計な魔力を使えないからな」

「東雲家相伝の裁定の魔法であったか?」

「知っていたか」


 知っていることに驚きはしない。

 顔合わせの時に五寿郎が汚奉行という言葉を知っていたからだ。


「俺の家のことはお前に関係はない。明日から隠形山に行くぞ」

「承知した」


 五寿郎は返事をした途端消えた。

 円春はまだ五寿郎の全容はつかめていなかった。

 卓越した転移魔法の使い手ならこの国で噂にならないはずがない。

 となると、柴田五寿郎というのは偽名の確立高い。


「転移魔法を使う、傾奇者か」


 傾奇者という点を除けば転移魔法の卓越した者。

 該当者はそう多くはない。


「もう少し調べてみるか」


 記録所には色々なことが記録されている。

 人、災害、戦、事件。

 おおよそ今までの出来事を保管している。

 五寿郎のことも調べようと思えばできないことはない。


 五寿郎の年齢はおおよそ円春の10歳から20歳上。

 となるとここ五十年以内の記録を調べればいい。

 鬼の噂を探すよりはまだましだった。


 円春が泊っている宿に帰ったのは朝日が昇り始めた頃だった。


――魔法西暦1254年 春――


「あんたらこの先は隠形山だぞ、危険な場所だから引き返しなー!」


 隠形山の麓にある村の住人が山に向かう二人に声をかけた。

 円春は気にも留めず歩みを進める。

 五寿郎は振り返り大丈夫だと手を振った。


「円春殿も手を振って」

「いい」

「ほれ」


 五寿郎は円春の手を取り頭の上まで持ち上げて勝手にブンブンと振った。


「俺たちは大丈夫だ~」


 円春の声真似までして五寿郎は今日も絶好調だ。


「やめろ、ここからは油断したら死ぬぞ」

「心配なさるな。我がいる限り何度でも甦らせようとも」

「蘇らせるのは無理だろ。お前ができるのは回復と転移だけだったはずだ」

「よもや円春殿が我のことを調べておるとは。我に興味でもわいたでござるか?」

「行くぞ。秘宝が近いはずだ」


(やはり、つまらぬ。)

 険しい隠形山の山道を歩く二人。

 飛行魔法を会得しなかったことをここまで公開しなかった日はなかった。

 体力は問題ない。


 単純に時間の短縮ができなかったからだ。

 かれこれ一時間以上は隠形山を登っていた。

 二人はこの山が秘境だと言われる理由を体感していた。

 整備もされてない。

 経路案内もない道を一般人が歩けるはずもない。


 獣道を歩いていると生い茂った雑木林から音が聞こえた。

 円春が警戒態勢に入る。

 五寿郎も円春の見つめる先を見た。


「何か来るぞ」

「心得た」


 音が近づいてくる。

 円春はいつでも刀を抜けるように柄に手を添えた。

 雑木林から顔を覗かせたのは十歳にも満たないくらいの少年だった。


「子どもでござるな」

「なぜ、こんなところに子どもが」


 ここにいるのがおかしい。

 こんな場所にいてはならない。


「なぜこんなところに人がいるんです?」

「その言葉そっくりそのまま返す。なぜこんなところに子どもがいる」


 五寿郎は違和感を覚えた。

 そして、その違和感を円春に耳打ちした。


「童のようだが。妙な感じであるな。呪いのような何かを感じる」


 五寿郎からの耳打ちで円春は子どもに問うた。


「なあ、小僧。鬼の噂を知っているか?」


 円春が訊ねると子どもは首を傾げた。


「鬼なら里にたくさんおるぞ」

「なに?」

「童よ。お主の里に案内してくれるか?」

「いいぞ。客人は歓迎だ! 今日は祭りだ!」


 少年は走り出した。

 整備もされていない山道をそれも裸足で。

 二人は走る少年の後を追いかける。


 少年の速度は異常だった。

 身体能力に自信があるはずの円春がついていくのがやっとだった。

 少し気を抜けば置いていかれそうだった。

 しかし、少年に走る速度を落とせとは高い自尊心から言えなかった。


「童の速度は異常でござるな」


 一方で五寿郎は全力疾走と転移魔法を駆使して少年をおいかける。

 円春はこの時ばかりは転移魔法が使えないことを恨んだ。

 (なんなんだ、あのこども。こっちは魔力全開だぞ)


「おやおや~、円春殿。息が切れているでござるなぁ」


 余裕しゃくしゃくと言わんばかりに五寿郎は変顔をして円春を煽った。


「後で覚えていろ。絶対に後悔させてやる」


 森を抜け。

 崖を越え。

 険しい山々に囲まれた盆地。

 誰も近づけない場所にそこは合った。


 その里はこの周りの険しい山を登り切らなければ決して見つけられない。

 まさに秘境。


「そろそろ着くぞー!」


 童は息一つ切らさずに険しい道を走りぬいた。

 五寿郎も同様に転移魔法のおかげで息を乱していない。

 円春だけは息を切らしていた。

 彼だけは魔力による肉体強化だけで二人を追いかけていた。


「本当にこのような場所にこのような里があるとは驚きであるな」

「へへ、凄いだろ。俺の一族はずっとこの場所に住んでんだ」

「どうやってこんな場所に里を作ったんだ?」

「おや、円春殿。もう息が整っておる」

「うるさい、それでどうやってこんな場所に里を作ったんだ?」

「確かに奇妙である。ここはまるで爆発でもしたかのような盆地だ」


 そう。明らかに自然にできた窪地とは思えない。

 この場所の考察をしている二人のもとに大男がやってきた。


「君たちが妙蘭の連れてきた魔法使いか。楽しめる娯楽はないがゆっくりしていくと良い。俺はこの里の若長をしている、寂千だ」


 筋骨隆々で豪胆な印象だ。

 しかし、話した印象は心優しそうな男。

 害意のない大熊のよう。


「いきなり来てこんなことを聞くのは奇妙と思うかもしれないが、鬼について何か聞いたことあるだろうか?」

「恐らくそれは俺ら一族の事かもな」


 男の告白に円春は思わず目を見開いた。

 声を上げていたのは五寿郎だった。


「まことであるか⁉ そなた確かに良い身体をしておるが、なんというか伝承に聞く鬼とは程遠い性格をしておるぞ」

「ハハハハハ、そういって貰えると有難い。人の書いた鬼と我らは少々異なるようだな」

「して、人を食うのか?」

「食わぬよ。食うのは獣の肉、穀物、森の恵みだ」

「おお! 円春殿! これは新事実であるぞ!」


 五寿郎はかつてないほどに興奮していた。

 しかし、円春は冷静だった。


「しかし、人が伝える鬼はなぜあれほど暴虐な存在なのだ」

「うーむ」


 さすがにこの質問は嫌だったのか寂千の表情が翳った。

 伝説上での鬼は皆同じような悪鬼ばかり。

 人食い、人さらい。


「先代の長が人の里を潰したからだろうな」

「なんと⁉ なぜそのようなことを」

「まあ、何というか俺たちの血は呪われてるんだ」

「先代というとどれくらい前なんだ?」

「千年位前だな、俺もかれこれ400年くらいは生きている」

「長寿種か」


 鬼の一文を見つけた時の記録書の年代も一致する。


「とにかく、時間の許す限りゆっくりしていくといい。宿屋はないが、客用の平屋があるから、そこを使うといい」


 寂千は行ってしまった。

 二人は里の中を見回した。

 人の里と言われても納得する。

 女性、子供、老人。


 普通の人と変わらない。

 異形ですらない。

 鬼と人を区別する唯一の部分がない。

 そう『角』がない。


「周りの人々は皆普通の人であるな」

「ああ、普通の人との区別がつかないな」


 二人は用意されているという客用の平屋へ向かった。

 小高い丘の上にある古びた平屋。

 長い間人に利用されていないことがわかる。

 片引き戸を開けて入ると中はやはり寂れていた。


 円春は玄関で履物を抜いで上がり、換気のために家じゅうの窓を開けた。

 穏やかな風が寂れた家に息を吹き込む。

 居間のちゃぶ台を間に挟み二人は向かい合って座った。


「さて、状況の整理だ」

「鬼は見つかったが。果たして我らが探している秘宝なのか?」

「秘宝は特殊だからな。現代の魔道具の概念とは外れる場合も考えた方がいいだろう」

「なるほど」

「お前は別行動で何か情報を集めていただろう、何かあるか?」

「近々隠形山の開拓が始まるとのこと。名目的には精密な地形を把握するための測量とのことである」

「なんでこのタイミングなんだ?」


 タイミングが被ることは不運としか言いようがなかった。

 五寿郎はかぶりを振って隠された本来の目的を告げた。


「表向きのそのような名目であるが、真の目的は隠形山一帯の掘削。この辺りは未開拓故に珍しい鉱石やら貴重な鉱石が埋まっているのでござるよ」

「だが、ここらは鬼の一族が管理する土地だろ」

「いかにも。下手をすれば鬼と人の全面戦争すらもありうる話よ」


 本来秘宝を人から遠ざけるのが組織の目的だ。

 恐らく秘宝である存在を円春達が止めることはできない。

 であれば、人間を止める方が幾分か安全だった。


「人の欲望とはかくも果てなきものよな、円春殿」


 いつになく真剣な表情で嘆く五寿郎に円春は戸惑っていた。

 何がこの男の素顔なのか本当にわからなくなっていた。


「時間はどれくらいだ」

「おおよそ、二月といったところであるな。誠かこの目で確かめるのに都に足を延ばしてみたが大層な用意をしておったからな。山の一つや二つは優に壊せるでござろう」


 都までかなりの距離がある。

 常人では往復をするのは到底不可能だが。 

 五寿郎の転移魔法の練度を考えれば驚きはしなかった。


「お前の見立てで鬼と人がやりあったらどうなると思う」

「分からぬ。鬼の力を見たわけではない故に未知数といったところである」

「この二か月で出来る限りのことをやるぞ」

「心得た」


 二月の猶予があればある程度の妨害工作も可能だった。

 だが、その出来事は二人が里に馴染みだした二週間後の事。

 慌てた様子の鬼の子が里へ戻ってきた。


「妙閃が人に捕まった!」


 その一報で里全体の空気が変わった。

 里全体を呑み込むような殺意。

 鬼の本懐を二人は目の当たりにした。


「妙閃はまだ血が覚醒しきってない。すぐに助けに行くぞ」

「人里に降りるのは何百年振りかねぇ」

「偉そうな武士を土に突き立てたのが二百年前だよ」

「血がたぎる、滾るぞおおおおお!!!」


 わらわらと里のそこらから出てきた人?はもはやさっきまでそこにいた人ではない。

 それは見た目から物語っていた。

 女であっても円春や五寿郎の倍近くの巨躯となり。

 額にはそれぞれ独特な角が生えている。


「円春殿と五寿郎殿、我らちょいと狩りに行ってくる故、里の警護を少しお願いできまいか」


 驚きのあまり圧倒されている二人のところに寂千がやってきて言った。

 村に来た時に二人を出迎えた寂千は巨躯をさらに巨大にさせ。

 額に螺旋状の角を二本生やしていた。


「待て、子どもを攫った者をどうするつもりだ」

「無論、攫ったものは殺す。それに与した者は少々痛めつけるつもりさ」

「そんなことをすれば人と戦になるぞ」

「望むところよ。何百年かに一度の人との戦に勝ち我らはこの里を守ってきたのだ。今更人と戦になるなぞ些細なことだ。のう、皆の衆そうであろう!」


 寂千が血を滾らせ鬼となった里の者達に問う。

 それに鬼たちは拳を空に突き立て雄叫びを上げて応えた。


「戦の式だ!」


 鬼たちが隊列を組む。

 地鳴りのような足踏みと共にけたたましく雄たけびを上げる。

 体を叩き、自分たちを鼓舞する。

 その時円春は魔力とは違う力を鬼たちから感じた。


「円春殿、もはやこれを止めるのは無理でござるな」


 五寿郎は笑っていた。

 この状況を見て諦めと自分の無力さを痛感しているようだった。

 戦の式を終えると鬼たちは一斉に里を飛び出していった。

 そして、三時間もしないうち攫われた妙閃を連れて里に帰ってきた。


「早いな」

「あの速さで動けばこの山を下るのに半刻もかからんでござるよ」


 帰ってきた鬼たちは人の姿に戻り清々しさをまとっていた。

 連れ去られた子は泣いていたが女性たちに慰められていた。


「いや、客人に里の警護をお願いしてしまい申し訳ない。」

「気になさるな。怪我をした者おれば我が治すでござるが、怪我人はおるか?」

「ああ、数人刀に当たったものがいる。五寿郎殿頼まれてくれるか?」

「あい、わかった」


 五寿郎は刀に斬られたという鬼数名の元へ向かった。

 円春はというと戸惑っていた。


「なあ、どこの奴だったんだ? 妙閃を攫ったのは」


 近くの鬼に聞くと鬼はすぐに村の場所を教えてくれた。

 村はこの山を下りて数十キロ行ったところにある中規模の村。

 大きな街も近くにありそこそこ人通りのある場所だった。


 円春は少し時間をかけて件の村へ向かった。

 到着したのはその日の深夜。

 村に着くと人の気配はなかった。

 魔法で生成した明かりが照らした光景に円春は吐き気を催した。


 裸に剝かれた老若男女が地面に突き刺さっていた。

 首ら下が地面に突き刺さっている者。

 逆さまに突き刺さっている者。

 残忍に殺されているが血は一滴も流れていなかった。


 その惨状はまるで針山のような光景だった。

 そして、その行為は不快な虐殺にほかならない。

 人の形をしていても本懐は人ではない外道。


「なんとも絶景かな、人の針山ではないか」


 転移魔法で飛んで来た五寿郎が感心したように笑った。


「冗談を許容できる気分じゃない。消えろ」

「落ち着くでござるよ、今我らで諍いをしたところで何も解決にはならん。して、これを見て円春殿はどう動く。まさか桃太郎の如く鬼退治をするでござるか?」


 五寿郎の言葉に円春は我に返った。

 しかし、自分の信念がこのままにはしておきたくないと言っていた。


「こんなことをする奴らを俺は秘匿管理しなければならないのか」

「それは鬼側も同じ思いでござる。都地下の書庫にこの国の上層部が秘匿していた書物があったでござる」


 五寿郎は盗んできた書物を円春に投げた。

 円春は受け取りその書物に目を通す。

 そこには鬼の存在について事細かに書かれていた。

 数百年おきの鬼側との問題についても書かれていた。


「鬼側もなぜ人が自分たちの住んでいる土地を荒そうとするのか最初は考えておった。しかし、もはやなぜこのようなことをする、という段階ではない」

「ならどうすればいい」


 円春はふざけていたはずの五寿郎の方が自分よりも事の全体像が見えていることに腹が立った。

「我らの目的はなんでござるか」

「秘宝の調査、秘匿、管理」

「そこに個人的な信念を混ぜるのは間違っておる。裁定の魔法を使う円春殿のお家柄や性格もあろうが、今はその信念は捨ておくべきである」


 円春は悔しかった。

 考え方も立場も常に正しい側に立っていると思っていた。

 それが思い違いだった。

 円春の個人的な信念と受け継いだ魔法のせいもあった。


 正しい側でありたいと円春も思っていた。

 ただ、いつからか。

 自分は正しい側だと思い込んでいた。


「俺は正しい側につきたい。例え組織を裏切ることになっても」

「難儀な男である。我は止めぬ。止められるとも思っておらんしな」


 五寿郎はその場を静かに立ち去った。


――魔法西暦1254年 初夏――


 あっという間にその時はきた。

 隠形山の麓に大掛かりな魔道具と刀を携えた魔法使いの軍勢。

 鬼もそれを察知して既に臨戦態勢だった。

 五寿郎は既に村に馴染み鬼達と友情を形成していた。

 一方、円春はあの日以来村には戻らず各地を転々としていた。


 山頂にて鬼の常軌を逸したな視力を活かして山の麓を見ていた。

 寂千が麓を見て見えたものを五寿郎に伝えていた。


「寂千殿、麓に何が見えるでござるか」

「大群と大掛かりな魔道具がある。五寿郎殿あの軍勢は我らに向かってくるのであろうか」

「であろうな。しかし、その魔道具。周りの山を吹っ飛ばす気であるな」

「止めねば」


 寂千の一声で鬼の軍勢が現れた。

 いつも姿を見せている村の人々ではない。

 五寿郎はその存在感に圧倒された。

(このような者達、村におったか?)


 村の鬼たちが鬼になった時も圧倒されたが。

 それ以上の存在感。

 潰されそうな威圧感。


「威圧をやめろ、お前たち。五寿郎殿は味方だ」


 寂千の声で押しつぶされそうな威圧感が消えた。


「それだけの軍勢。相手にできるか?」

「手練れ達一人を倒すのに、手練れが一人。村の者達では少々手こずる。それに、あの魔道具は壊すのに苦労するだろうな」

「鬼たちと互角の者達もおるか。相手も本気であるな」


 このまま衝突すれば間違いなく隠形山はただでは済まない。

 今にも侵攻を開始しそうな軍勢。

 惨劇と悲劇が始まりそうな雰囲気の中寂千が何かに気付いた。


「五寿郎殿、軍勢に立ち向かう形で誰かが立っている」

「まさか、里の子どもか⁉」

「いや、あれは。円春殿だ」

「な、なに⁉ なんと、円春殿とは……」


 このタイミングで円春が現れることに寂千は不可解だった。

 二か月近くいなくなっていたこともあり疑念もあった。


「おい、なんか構えてるぞ」

「いかん、その軍勢相手に単騎での交戦は自殺でござる。しばし、ごめん」


 そう言って五寿郎は円春の元へ転移した。


 立ちはだかった軍勢は圧巻の一言だった。

 大掛かりな魔道具。

 猛者の気配を纏う魔法使い。

 そして、かつて父が仕えていた組織の上司。


 しかし、円春は焦っていなかった。

 心は静。

 明鏡止水の域に達していた。

 飛んでくる怒号や罵声に晒されても怒りの波はすぐに凪いでいた。


「円春殿! 今すぐ離れられよ」

「お前か」


 慌てた様子の五寿郎にも円春は落ち着いて返事をした。

 そんな状態の円春を見た五寿郎は戸惑った。

(本当に円春殿でござるか?)

 流れる魔力がまるで別人のようだった。


 時化た海のようだった円春の魔力の流れがまるで無風の湖面のように静かになっている。


「それより、すぐに鬼の里へ飛んだ方がよい。この軍勢に単騎で挑むなぞ自殺行為であるぞ!」

「大丈夫だ……大丈夫」


 円春は自分に言い聞かせるように呟いた。

 そして、刀を鞘から抜いて詠唱を始めた。

 詠唱と共に刀身に魔力が宿っていく。

 人の罪を裁くために用いられる東雲家相伝の裁定の魔法。


「円春殿、裁定の魔法ではこの大群はどうにもならん」


 本来の裁定の魔法は罪人を対象に発動する。

 罪人との戦闘や罪人をその場で処刑することに特化している。


「魔法の対象を種族に拡張すれば問題ない」

「何を言っておるのかわからん!」

「とにかく、大丈夫だ」


 一人の人間の罪を裁くのではない。

 人間という種族の罪を魔法の対象とすれば大群でも問題なかった。

 しかし、それは誰もが考えた夢物語の領域。

 魔法対象の拡張は言うは易し、行うは神業の域。


 刀身が大いに輝くと同時に円春の後ろに裁定の執行者が現れた。

 裁定の魔法を使用する者でもほとんど顕現させることのできない存在。

 人の罪を見抜き、生き様を見抜き、嘘を見抜く。

 欺くことも誤魔化すこともできない。


 裁定の使者が開眼した。

 その眼は一瞬で裁きの対象者たちの罪、嘘、生き様を見抜いた。

 そして、円春は刀を構えた。

 体を執行者の意向に預けた。

 円春はゆっくりと虚空を袈裟の向きに斬った。

 刀身の魔力が消えると裁定の執行者が消えた。


 円春は刀を鞘に納め大群に背を向けた。


「行くぞ。終わった」

「終わった⁉ 何も終わってないように見えるが」

「いや終わったよ」


 円春が歩き出すと同時に軍勢が糸の切れた人形のようにバタバタと倒れた。

 余裕そうに見えた円春は数歩歩いた所で膝をついた。


「魔力を消費しすぎたか」

「今のは何でござるか」

「そもそも裁定の魔法はな。人が人を裁くために作られた魔法じゃない。神が人を裁くために作られた魔法なんだ。だから、人を裁くときは一瞬だけ神の力を借りてるんだ」

「となると。裁く瞬間は使い手の意思は消えるということであるか?」

「ああ、そうだ。だから、時折裁定の結果に不満を持つ者が出てくる。俺の父親がいい例だ」


 円春の父は歴史上最高の裁定の魔法の使い手としてあらゆる罪人を裁いた。

 忖度抜きの裁定は多くの人に好まれた。

 しかし、忖度をしなかったが故に円春の父は歴史上最低の『汚』奉行という不名誉を被り死んだ。

「なるほど、親王裁判の結末には裁定の魔法のからくりが絡んでおったのか」


 親王裁判は円春の父である円秋が『汚』奉行の名を被せられる原因となった裁判。

 円春はゆっくりと息を整えて魔力回復に努めた。


「すまん、落ちる」


 そう言って円春は気絶した。

 五寿郎は意識を失った円春と一緒に鬼の里の客用の平屋に転移した。

 円春を布団に寝かせ五寿郎は縁側に座った。

 大きなため息をつく。


「やはり、そうであったか。あのお方が裁定を間違えるはずもない。良かった」


 五寿郎は若い頃の円秋に裁かれた一人。

 かつての彼は汚い金を貧困に苦しむ者達に配る義賊だった。

 捕まりさらし首や茹でガマの刑になるところを円秋の裁定に救われた。

 厳しく、情け容赦もない印象だったが誰よりも公平であり全てを見通していた。


 そこからは五寿郎が勝手に円秋の仕事を一方的に手伝う形で関係が続いた。

 転移魔法も回復魔法もそれらの仕事を手伝うのに必要だったから会得した魔法だ。


「やはり、貴方は間違っておらんかったんじゃ」


 五寿郎は真実に安堵した。

 信じたい気持ちと信じられない気持ちのせめぎあいが終わった。

 尊敬する人を心からまた尊敬できる日がきた。

 10年以上の葛藤が終わり目から涙があふれた。


「ああ、ご子息は立派な裁定の魔法使いになられました。ご安心なされ」

「やはりな」


 気絶していたはずの円春の声が聞こえて五寿郎は後ろを振り返った。


「お前のことがどうにも気になって色々調べたんだ。里を離れている間に実家の蔵やらなんやらを調べた時、これを見つけた」

「何の帳面でござるか」


 円春は懐から出した一冊の帳面を五寿郎に投げた。

 それを受け取り五寿郎は目を通す。


「父親の日記だ。そこには傾奇者のことは書いていないが。お前の特徴に一致する心優しい義賊の事が書かれている。」


 五寿郎は細部にまで目を通した。

 一文、一文に円秋が宿っている。

 それは自分に宛てられた手紙。


「これは、これは……」


 五寿郎は大事そうに円秋の日記を抱きしめた。


「それはお前にやる、どうせ蔵に眠っていたものだ」

「有難く、有難く、頂戴いたす」


――魔法西暦1254年 盛夏――


 秘宝『鬼』の調査結果。

 人との相違点が二つ判明した。


 一つ。血液。

 人間の血液とは違い、血液内に魔素が多く含まれている。

 血液内の魔素は特殊であり、鬼の感情に強く反応し身体を変化させる。

 血液内の魔素量は鬼ごとに違い、子供は少なく年齢が上がるにつれて多くなる。

 驚くべきは老化しても魔素量が減ることはなく、個体ごとに増える。


 鬼化は一種の身体能力強化の状態であり、普通の魔法使いのそれとは一線を画す。

 主な効果は三つ。

 身体能力の向上、皮膚の硬化、回復速度向上。


 二つ。鬼の死後。

 鬼は長寿種であり、その寿命は1000年近くなる。

 鬼の里では亡くなった鬼を火葬する。

 火葬した灰は里に蒔く。

 その灰には亡くなった者の意思が宿っており、当代の長の意思に呼応する。

 緊急時には長の意思に呼応し一時的に復活し活動を再開できる。

 魔素量が多く、魔素に鬼の個体ごとの情報が多く残っているためだと仮定される。


 今後は鬼の里に近づかないように幻惑の魔法でたどり着かないようにする。

 他以下三つの対応が行われた。

 鬼の里に関する書物の破棄。

 鬼の里に関する情報の統制。

 鬼の里についての記憶を保持する者の記憶管理。


 秘宝『鬼』は組織内でもかなり特異な秘宝と判断された。

 概念の秘宝に冒された人間のケース以外で生物タイプの秘宝は初だった。

 救いなのは五寿郎と円春が鬼と良好な関係を築き、鬼が組織に敵対していないことだ。


「円春殿、報告書はもう嫌でござる」

「うるさい、手を動かせ。まだこの里で調査できることは沢山あるんだ。できるだけ研究チームが研究しやすいようにするのが俺たちの仕事だ」

「堅物め」


 五寿郎と円春はしばらく現地調査のため残ることになった。

 鬼の里はもう人間に感知されることもなくなり。

 数百年おきの戦もなくなったことを喜んだ。


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