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マクスウェルの秘宝『』  作者: 藤間
11/14

マクスウェルの秘宝『絵』

 ――魔法西暦? ????年――

 それは人の理想を見せる。

 繁栄を極めた己。

 全てを手にした己。

 全能を手にした己。


 それは理想の己を映す。

 届かぬ理想を見せる。

 飽くなき心を贄とし。

 生きる『絵画』。


 ――魔法西暦 1302年冬――


 遥か昔。まだ地図のないこの世界を踏破した大魔法使いマクスウェル。

 彼がその旅の道中で見つけた超古代魔法文明の魔道具を『マクスウェルの秘宝』と呼ぶ。

 便利な魔道具かと思われたマクスウェルの秘宝は、世界のバランスが壊れてしまう危険な魔道具だった。


 危険なマクスウェルの秘宝を一般人から遠ざけ、発見、回収、研究、秘匿管理をする秘密組織がある。

 魔法使いたちの間でその組織は『風の一族』と呼ばれ、一部の魔法使い達の中では都市伝説として語り草になっていた。


「やめて…くださぃ、や…め…」


 苦し気な男性の断末魔。

 血しぶきと臓物が飛び散った。


 目の当たりにした男の連れの女は腰を抜かす。

 コートに泥を付けた。

 しかし、そんなことを気にする余裕もない。

 女は恐怖でがくがくと歯を鳴らす。


 言葉を紡ぐことも恐怖に阻まれ。

 やっと出たのは言葉にならない言葉ばかり。

 不可視の巨手が女を握った。


「パパすぐこわしちゃダメ! ベレッタもお人形さんあそびしたい」


 年端もいかぬ少女は見えない何かに向けて注意した。

 少女の着飾った服は返り血で赤く染まった。

 綺麗な金髪には赤い髪飾り。

 片腕には大事そうにクマのぬいぐるみを抱きかかえ。

 首から大層立派なペンダントを下げている。


 殺人など到底できなさそうな無垢な少女。

 その瞳は目の前の女を人間とは思っていない。

 ただのお人形。

 ただの遊び道具。

 自分の好奇心や衝動を満たすための道具としか見ていない。


 ふと女性の爪が少女の目に留まった。


「お姉さんのツメきらきら! ベレッタもほしい!」


 綺麗に染められた爪を少女――ベレッタ・ジョバンニは躊躇いなくはぎ取った。

 予期せぬ激痛に心の準備をしていなかった。

 女性は一瞬遅れて悲鳴を上げた。

 誰もいない路地裏に響く絶叫。


 ベレッタの魔法で作り出した特殊な空間内。

 絶叫が誰かに届くことはなかった。


 はぎ取った爪を自分の爪に合わせると満足そうに笑った。

 純真無垢な天使の笑顔。

 その可愛さとは裏腹に少女は悪魔と化す。


「キラキラのツメもっと欲しい!」


 少女は欲望を満たす。

 更に女性の手の爪を剥いだ。

 激痛に気絶しかけても次の激痛で覚醒する。

 爪が剥がされ続け心も体も満身創痍になっていく。

 しばらくして手の爪は全て剥がされた。


「おねえさん??」


 憔悴しきった女は身体が何かに圧迫される感覚で覚醒した。

 骨のきしむ音と苦しくなる呼吸。

 何をされているのか分からない恐怖に死を予感した。


「かいがはどこ?」


 子供の口から出てくる言葉とは思えず一瞬理解が追い付かなかった。

 女性は遅れた思考が追い付くと虫の息で答えた。


「ハロ…ルド」

「はーい、お人形あそびおわりかぁ」


 少女が冷たく返事をし、見えない何かに伝える。

 すると女はその場に落ちた。


「ベレッタもっとお人形さんで遊びたかったなあ」


 少女にいいように痛めつけられ惨めに捨てられた。

 そんな屈辱的な事実がのしかかる。

 小さな復讐。

 少女に一矢報いるだけ。


 そんな小さな復讐心が自分の寿命を縮めた。

 手元に落ちていた石ころを拾う。

 少女に向かって振りかぶった。

 女性の意識はそこで途絶えた。


「お兄ちゃん?」


 ベレッタは自分の後ろで何かが潰れた音がして振り返った。

 そこには赤い血だまりがあった。


「お人形さんこわしちゃったの? まあ、いっか」


 女性に対してベレッタの興味はもうなかった。

 遊びたいと思うのは興味のある時だけ。

 その瞬間に一番楽しそうなおもちゃにベレッタは興味を示す。


「ママ、お洋服よごれちゃった」


 スッと服に付着した血が消えた。


「おむかえまだかなぁ」

「お嬢様、お迎えに上がりました。秘宝の手がかりはいかがでしたか?」


 暗闇から燕尾服を着た初老の男性が現れた。


「セバス・チャン。ベレッタね、じょうずにごうもんできたよ! ひほうはハロルド? が持ってるって」

「流石でございます。お嬢様」


 セバス・チャンは腕にベレッタを抱きかかえた。


「早速支部に報告へ行きましょう。お嬢様の大好きなココアもご用意してあります」

「わーい! おしごとがんばった!」


 ベレッタは上機嫌になり、ニコニコと笑った。


「さ、馬車に乗りましょう」


 セバス・チャンが指を鳴らす。

 黒馬が馬車を引きどこからともなく現れた。

 二人は馬車に乗り込む。

 またどこからともなく魔人の御者が現れた。

 御者が手綱を握ると馬がゆっくりと歩きだした。


 馬車に心地よく揺られているとベレッタが寝息を立て始めた。

 

「お嬢様、お体が冷えてしまいます」

「ん」


 セバス・チャンは用意していたブランケットをベレッタにかけた。

 ベレッタは戦闘後に必ず眠りにつく。

 いつものことだった。

 強力な魔法使いであるベレッタの唯一の弱点だと誰もが思うだろう。

 しかし、それは思い違いだ。


 セバス・チャンはこんな状態でも気が抜けない。

 彼女の特異性は異質な空間魔法や膨大な魔力量ではない。

 この状況でもベレッタを守護する存在が特異なのだ。


 その存在はベレッタの快、不快によって一瞬で命を脅してくる存在。

 常人には耐えがたい緊張と恐怖。

 その恐怖と緊張に耐えられたのが組織内でセバス・チャンだけだった。


 二人の付き合いはかれこれ三年になる。

 この三年間ベレッタと固定でコンビを組んでいる。

 それはベレッタが他の構成員と絶対にコンビを組めない。

 原因はベレッタの年齢と彼女の守護霊。


 コンビを組んだ構成員がベレッタの守護霊によって殺されてしまったからだ。

 理由はない。

 あるとすればベレッタの気分に付き合えず、彼女を危険にさらしたから。

 そう理由づけるほかない。


 セバス・チャンの経歴は特別だが組織の構成員たちの経歴と比べると見劣りする。

 彼は魔法貴族と呼ばれていた魔法に卓越した貴族の執事として仕えていた一人。

 昔から幼い子供の相手は慣れていたのだ。


 目的地に到着し馬車がとまった。

 セバス・チャンはベレッタを起こさない様に抱きかかえて慎重に馬車を下りた。

 体を冷なさいようにブランケットをかけたまま。

 支部に用意されたベレッタの自室のベッドに寝かせた。


 自室に戻りセバス・チャンは報告用の魔法を起動した。

 幹部が応答し秘宝の手がかりを報告した。

 幹部はすぐに秘宝を所持するハロルドなる者の情報を開示した。


 ハロルド家。

 この街を含む一帯の土地の領主。

 各地の魔道具のオークションに参加して大昔の魔道具を落札している。

 元々魔道具を作っていた家系。

 先代までの当主が創った魔道具は高価で取引された。


 現当主は全くその血をひいていない。

 代わりに良くない噂が飛び交っている。

 奴隷売買、有害な薬物の作成等々。

 違法な稼業で作り上げた財を投げてアンティーク魔道具を買い漁る。


「そのうちの一つがマクスウェルの秘宝だったのですね」

「ああ、そうだ」


 マクスウェルの秘宝はマクスウェル自身が名前を付けた。

 その中で絵画の秘宝は多数ある。

 現在回収された絵画の秘宝は15点。

 マクスウェルの秘宝『絵』はそれぞれに題名が付けられている。


「今回の絵の題名の情報はないのでしょうか?」

「すまない、今回も題名の情報はない」

「そうですか、少々難易度が上がりますね」


 謝る幹部にセバス・チャンは困り顔をした。

 今回はかなり急な任務だった。


 本来は膨大な量のマクスウェルの手記を読解し秘宝の手がかりをつかむ。

 次に現地調査を行う。

 現地調査の結果秘宝があれば回収、管理、秘匿、研究が行われる。

 外れればまた手記の読解になる。

 これの繰り返しが本来の任務の流れだ。


 今回が例外だった。

 オークションにマクスウェルの秘宝らしき魔道具が出品される。

 各国に潜り込んでいる構成員の報告が今回の始まりだった。

 急遽動けるのがベレッタとセバス・チャンのコンビだけだった。


 セバス・チャン達が到着した時にはオークションが終わっていた。

 オークション関係者に聞いたが落札者の情報は開示されなかった。

 だからベレッタが聞くしかなかった。


「できれば明日までに情報が欲しいのですが……」

「今回は『絵』だからな。こちらも急務で情報の収集を進める」


 動かせない秘宝であれば幾ばくかの余裕も生まれる。


 しかし、絵は違う。

 持ち主が変わり場所が一定しない。

 実際に目にして初めて絵の種類が判明する。

 現在15点の『絵』の秘宝を回収しているが。

 『絵』の秘宝の回収前に題名が明らかになったことはない。


 そして最も厄介なのが。

 視界に入れた瞬間に魔道具が発動する。

 (情報が全て揃ってから動きたいのですが……)


「仕方ありません。今回は私だけで回収を担当しましょう。お嬢様に何かあってもいけません」

「ええ~! ベレッタもいく!」

「お嬢様⁉」


 いつの間にかベレッタがセバス・チャンの背後に来ていた。

 気配も音もなかった。


「しかし、『絵』の秘宝は大変危険でして……」

「やだやだやだ! ベレッタもいく!」


 こうなったベレッタは言うことを聞かない。

 セバス・チャンは諦めて彼女を連れて行くことにした。


「わかりました」

「わーい!」


 セバス・チャンは頭上に殺気を感じた。

 ベレッタの後ろの空間が歪んでいるように見えた。


「どうか怒りをお鎮め下さい。私の命にかけてお嬢様の身には決して危険が及ばぬようにいたします」


 ベレッタ以外に守護霊の姿は見えない。

 ただ、セバス・チャンは感じることができる。

 視えないが確かにそこに存在していることを確信していた。

 ベレッタの後ろの大気の揺らめきがおさまった。


「ママ怒らないで!」


 ベレッタの口添えもありその場の空気が穏やかになった。


「では、お嬢様には邸内の敵の排除をお願いいたします。私は秘宝の回収を担当します」

「はーい、いっぱいはいじょする!」


 ベレッタであれば武装した護衛程度なら圧倒できる。

 その辺の魔法使いにも負けない。

 セバス・チャンはそう判断した。

 その判断は間違ってはいない。

 ベレッタに危険が及べば必ず守護霊が動く。

 

 セバス・チャンは秘宝の回収。

 ベレッタは陽動。

 秘宝回収よりはベレッタの方がリスクの少ない担当だ。

 それはベレッタの守護霊が怒っていないことが何よりもの証拠だ。


 可能であればベレッタを連れて行きたくはなかった。

 だが、ここで駄々をこねられて制御が利かなくなるよりは良い。


「では、明日は早くなりますから寝ましょう」

「はーい、セバス・チャンごほん読んで!」

「かしこまりました」


 セバス・チャンは本部への報告を終えてベレッタの寝室へ向かった。

 ベレッタの持ってきた本の中からいくつか見繕う。


「お嬢様、どの物語がよろしいですか?」

「マクスウェルさまのごほんがいい!」


 予想通りだった。

 ベレッタはマクスウェルの物語が好きだ。

 特にマクスウェルが中東の島国を旅した物語を好んでいる。

 人の眼には見えない存在『幽霊』を斬る魔道具を見つける物語。


 物語の半分を読んだところでベレッタは寝てしまった。

 セバス・チャンは愛おしそうにベレッタの頭を撫でた。


「ま…ま」


 ベレッタの寝言にセバス・チャンの庇護欲がかき立てられる。

 その狂暴さからは想像できない可愛さ。

 特殊な立場を除けばまだ七歳のあどけない少女だ。

 それを忘れてはならなかった。


「お嬢様、私のこの命が尽きてもお守りいたします」


 セバス・チャンは誓いを立てるように強く呟いた。


 ――魔法西暦 1302年冬――


「それでは参りましょう」

「うん!」


 まるで今からピクニックに行くかのようだ。

 ベレッタの返事は嬉しさを含んでいた。

 彼女にとってはセバス・チャンとのお出かけとあまり違いがない。


「ここから先は立ち入り禁止だ」


 ハロルド邸の門兵が二人を止めた。

 セバス・チャンは意にも介さずに門兵を手刀で気絶させる。

 そして頑丈な鉄の門を糸も容易く蹴破った。

 庭の警備が一斉に二人の元へ集まってきた。


「お嬢様、お気を付けください」

「セバス・チャンもケガしないでね?」

「お嬢様のお申し付けとあらば。それでは、ご武運を」

「はーい」


 ベレッタが魔法を発動した。

 特殊な空間魔法。

 入る者は拒まず、入ったものは逃がさず。

 閉じ込めることに特化させたベレッタの空間魔法。

 外部からの侵入には制限をかけない。

 その代わりに侵入した者はベレッタが許すまで出ることができない。


 ベレッタの魔法が発動したのを確認してセバス・チャンは屋敷の中へ向かった。


――Side Beletta・Giovanni――


 警備の兵士たちが剣を抜き距離を測っていた。

 兵士たちはベレッタの容姿を見て困惑していた。

 年端もいかない少女。

 しかし、只ならぬ雰囲気。

 兵士たちはその空気を感じ取っていた。


「あそばないのー?」


 遊び感覚のベレッタは近づいてこない兵士たちを見て退屈そうだった。

 兵士たちは少女の舐めたその態度を看過できなかった。

 大人気もなく一斉に斬りかかる。

 振り降ろした剣がベレッタに当たる直前。

 兵士たちの両腕が宙に飛んだ。


 ベレッタには呪いがかけられている。

 ベレッタの母が死の間際にかけた家族の呪い。

 家族の魂をベレッタの魔力で繋ぎ止める呪い。

 父、兄、姉が守護霊となりベレッタの魔力を使用して彼女を護る。


 兵士たちの敵意を認識した父の守護霊が動いた。

 一瞬の間に何をされたのか兵士たちは理解ができなかった。

 落ちてきた腕を目の前にしてようやく理解ができた。

 手に負えない化け物と認識した時には遅い。


 続々と兵士たちがベレッタの空間魔法の中に入ってくる。

 入ってきた兵士たちは目の前の光景に後ずさりをした。

 満身創痍の前衛とそれを見て絶望している後衛。


「魔法隊を呼べ!」


 物理的な攻撃が無理ならば魔法攻撃をすれば良い。

 その判断は合っていた。

 続々とやってくる魔法使い達は躊躇もなく魔法攻撃を放った。

 火、水、風、土、あらゆる属性の魔法を撃った。


 土煙が上がりベレッタの姿が見えなくなった。


 普通の魔法使いならばこれで終わっていた。

 ()()()()()使()()ならば。


 土煙が消える。

 そこに立っていた少女の姿に空間内の全員が絶望した。

 無傷。

 火傷も切り傷も打撲すらもない。


 あらゆる傷がない。

 ベレッタに対する魔法攻撃を察知した姉の守護霊が彼女を護った。


「ママ、服がよごれちゃった」


 母の守護霊がベレッタの服についた土汚れを落とした。

 その瞬間。

 一瞬の隙ができる。


 服の汚れを落とす母。

 魔法攻撃を防ぐ姉。

 ベレッタの視界に入っている者の敵意を排除する父。

 ベレッタの意識が服の汚れに向けられたその一瞬。


 刺客はたまたまそのタイミングに奇襲を仕掛けた。

 一瞬の隙をついた攻撃。

 その刃はベレッタの命を確実に仕留める一撃。


 誰もが届いたと思った。

 しかし、届かない。

 刺客は何かに殴り飛ばされ空間魔法の壁に激突し絶命した。


 ベレッタの守護霊の中で唯一彼女の視覚に頼らない兄の守護霊。

 兄の守護霊はベレッタの意識外の物理攻撃者を迎撃する。

 一瞬の隙をついた魔法攻撃の一撃なら届いたかもしれない。

 しかし、唯一の好機を逃した。

 打つ手を打ち尽くした。

 後は死を待つのみだった。


「もうおしまい?」


 首をかしげるベレッタ。

 そこからは一方的だった。

 頑丈な防具も父の守護霊の前では紙切れのように砕かれた。

 あらゆる魔法は姉の守護霊によって解除された。


 逃げようにもベレッタの空間魔法によってそれもできない。

 入ったが最後だった。

 兵士と魔法使いを合わせて二百人以上が命を落とした。

 長年の研鑽が少女一人に散らされて終わる。

 絶望と屈辱の最期。


「上手にできたからほめてもらえるかなー」


――Side Sebus・Chan――


 ベレッタが庭で兵士たちの相手をしている間。

 セバス・チャンは邸内に侵入し秘宝を探していた。

 感知魔法が使えれば場所をすぐに特定できるが。

 セバス・チャンは秘宝独特の魔法を感知できるほど感知魔法に長けていない。

 彼は主人の身の回りの世話を補佐魔法に長けている。


 人生のほとんどを補佐魔法の研鑽に費やす。

 それ以外の魔法の習得に費やす時間はなかった。


「それにしても広いですね」


 若い頃に仕えていた魔法貴族の屋敷も広かった。

 この屋敷も同等かそれ以上に広い。

 ベレッタの陽動が効いているのか屋敷の中は最低限の敵しかいない。


「お嬢様であればそろそろ敵を一掃する頃でしょうか」


 セバス・チャンは秘宝の場所の特定を急いだ。

 一階から二階に上がったところでそれらしい扉が見えた。

 日差しが入る廊下の奥。

 黒い大きな扉。

 屋敷の作りからしても広い部屋になっていると思われる。


「あの扉ですね」


 感知魔法が使えないが勘はよく働くほうだった。

 セバス・チャンが扉を開ける。

 中には二人の男がセバス・チャンを待ち構えていた。


「貴様何者だ。一体こんなことをして何が目的だ!」


 下品に伸びた茶色い髪を揺らしながら激昂する男――ハロルド・ハーマン。

 隣に控えている若い男は燕尾服を着ているあたり執事だろう。

 この場にいる時点で戦えない執事ではなさそうだ。

 セバス・チャンは執事の方を警戒した。


「貴方が先日オークションで購入した絵をこちらに渡していただけないでしょうか? そうして頂ければ私たちはすぐに去りますので」

「バカが! あの絵は国宝級の魔道具だぞ」

「見る目はあるのですね。しかし、あれは貴方の手に余る代物です」

「調子に乗るなよ、セバス・チャン! この老いぼれを殺れ」

「かしこまりました」


(やはり、そうですか…)

 控えていた若い男と同じ名前だということに驚きはなかった。

 セバス・チャンの想定内だったからだ。


「この執事はな。かつての魔法貴族に仕えていた最強の執事集団の一人さ。終わりだ、老いぼれ!」

「そうですか、同じ名前なのですね」

「老人を虐めるのは好きではありませんが、主の命ですので悪く思わないでくださいね」


 若年のセバス・チャンの笑みはセバス・チャンを見下していた。

 セバス・チャンのことを何もできない老人としか見ていなかった。


「お気になさらず、主の命であれば仕方ありません」


 若年のセバス・チャンは高速の正拳を突き出す。

 部屋に反響する破裂音。

 勝ちを確信していたハロルドの慢心の表情が驚愕の表情へと変わる。

 セバス・チャンは正拳突きを人差し指だけで受け止めていた。


「どういうことだ。先生から教わった神速の一撃だぞ」

「この程度で神速の一撃とは。セバス・チャンの名も地に落ちましたね」

「貴様何者だ‼」

「恐らく貴方の先生は顎と頬に古傷があるセバス・チャンではなかったでしょうか?」

「お前先生を知ってるのか…」

「ええ、貴方の先生を鍛えたのは私です。そして、()()()()()()()()()です」

「嘘だ…こんなのあり得ない」

「冥途の土産です。本来の神速の一撃を見せてあげましょう」


 視えたのはセバス・チャンの拳が当たった後だった。

 音もない、攻撃の構えも攻撃の軌道すら。

 当たった感覚は遅れてやってきた。

 拳が当たったのを認識してからおよそ4秒後。


 神速の一撃。

 歴代セバス・チャンに継承される暗殺拳。

 体内のあらゆる内臓を一撃で破壊する必殺の拳。

 その一撃は視えない、聞こえない。


「最後にコツを教えましょう、この拳の神髄は速さにあらず。私の先生が教えてくれたことです」

「ウ…ソだ。こんな、おいぼれに…」


 若年のセバス・チャンは口から一筋の血をこぼした。

 それを見たセバス・チャンは大きなため息をついた。


「先生の一撃を受けた者はまるで眠るようだった。相手が出血するようではまだまだ未熟な証です」


 若年のセバス・チャンは膝から崩れ落ち床に前のめりに倒れた。


「おい、何をしている! セバス・チャン立て!」

「もう、死んでおります」

「なに⁉ 最強の執事の一人だぞ!」

「貴方は分かっていないようですね。セバス・チャンというのは誰でも名乗れるものですが、本物のセバス・チャンは先生に認めてもらった者だけです」

「待て! なら金を払う! だから、俺の執事になれ」

「お断りします。セバス・チャンは仕えるにあたりそれぞれ信条があります。私の場合、私よりも弱い主には仕えない、というのが信条です」

「あり得ない…。お前の主はお前よりも強いというのか⁉」

「ええ、私はお嬢様の足元にも及びません。敵対すれば私のような老いぼれ一瞬で首が飛びましょう」


 それは、嘘ではない。


「さて、絵はどこでしょうか? できればこれ以上殺したくはないのですが」

「ハハ……、化け物め、好きにしろ」


 観念したハロルドは本棚の一冊を引っ張った。

 ガコンっと何かが動き出す音がした。

 部屋に入ってきた時から構造的に部屋が狭いと感じていた。

 セバス・チャンは仕掛けが動き出す音を聞いて納得した。


「ありがとうございます。探す手間が省けました」


 壁が開き奥の部屋が明らかになる。

 ハロルドが集めた魔道具のコレクションルーム。

 珍しい魔道具の中。

 ひと際独特の魔力を持った魔道具が壁にかけてあった。

 その魔道具だけ布を被せられて見えないようにしてある。

 感知魔法に長けていないセバス・チャンでもわかる。


「あれですか」

「確認するか?」


 もう観念し抵抗する気力もないのかハロルドの態度が親切になった。


「いえ、見ずともわかります。貴方は見たのですか?」

「ああ、綺麗な女の絵が描いてある」

「それだけですか?」


 ハロルドは押し黙った。

 言いにくそうな顔をしている。


「いい夢を見たぜ、気持ちいい気分になれる」

「そうですか、であればそういう魔道具なのでしょうね、それではこちら頂いていきます」


 セバス・チャンは絵が視界に入らないように壁から絵を降ろした。

 部屋を出る直前脱力しきったハロルドがセバス・チャンを呼び止めた。


「なあ、最後に教えてくれよ」

「なんでしょうか?」

「アンタら何者だ? アンタらが俺の街に来た時手下から妙な連中が入ってきたと報告を受けた。報告を聞いて間違いなく俺のところに来るってわかったよ。だから、ここら一体の魔法使いと傭兵をほとんど雇った。なのにこのザマだ」

「私たちはあくまで末端にすぎません」

「ふざけんな、そんなことがあってたまるか。このことはすぐに広まるぞ」

「貴方が言わなければ良いことです。それに、あまりこのことを口外するようであれば私たちとは違う者が貴方を消しにくるでしょう。その時は今回のようにうるさくなりません。もっと静かに、そして一瞬で終わります」

「冗談じゃなさそうだな」

「ええ、それでは」


 セバス・チャンは出て行こうと出した足を止めた。

 ハロルドの方へ振り返る。


「なんだよ、もういいだろ」

 

 体を強張らせるハロルドにセバス・チャンは告げた。


「一つ助言をしましょう。奥のコレクションはどれも素晴らしいものばかりでした。鋭い鑑定眼をお持ちのようです。どう活かすかはあなた次第ですが」


 セバス・チャンはそれだけ言い残して部屋を後にした。


――魔法西暦 1302年冬――


 屋敷の外に出ると惨劇が広がっていた。

 排除のお願いがここまでになるとはセバス・チャンも予想外だった。

 おおよそ真っ当な精神の持ち主では実現できない光景だった。

 惨劇の真ん中でつまらなさそうに膝を抱えたベレッタがいた。


「お嬢様お待たせいたしました」

「セバス・チャンおそーい。ベレッタずっとまってた」

「申し訳ございません。秘宝は回収できましたので今日にでも本部に戻りましょう」

「ベレッタ帰ったら新しいごほんほしい!」

「ええ、いいですよ。今回の任務でお嬢様は大変頑張っておられたので」

「わーい、かえろう!」


 セバス・チャンが魔法で馬車を出す。

 出てきた馬車にベレッタは上機嫌に乗り込みセバス・チャンも後に続いた。

 ゆっくりと馬車が動き出す。

 セバス・チャンの目指す場所を読み取り最適な道を選び目的地へ向かう。


 ベレッタはしばらくすると休眠状態に入った。

 ブランケットをそっとかけセバス・チャンは回収した秘宝を確認する。

 絵が視界に入らないように被せてあった布を少しずらす。

 不気味で悪趣味な額縁が見えて確信した。


 秘宝『絵』の特徴と一致している。

 15点回収した秘宝『絵』の額縁は全て同じ不気味で悪趣味な額縁入れられている。


 ふと、セバス・チャンはハロルド邸で倒した若年のセバス・チャンを思い出した。

 (可哀そうな青年だ)

 あの若さともなればほぼ没落しきった頃にセバス・チャンとなったと思われる。

 その頃は色々なことが重なり思うように教育もしてもらえなかっただろう。


 セバス・チャンは完璧でなければならない。

 仕える主人を支えるために。

 仕える主人を護るために。


「こんなものに振り回されるとは難儀なものですね」


 かつての魔法貴族が没落した理由。

 それにはマクスウェルの秘宝『絵』が絡んでいた。

 今回の回収した秘宝とは別の種類の絵だった。

 秘宝に魅了され狂った貴族たちの行いにより徐々に没落していった。


 秘宝を手にしたい者。

 秘宝を使って他の貴族を陥れたいと考える者。

 ただの見栄として手にしたい者。

 あらゆる思惑の者がこんなものを求めていた。


 その結果魔法貴族は旧魔法貴族と呼ばれるようになった。

 繁栄は終わり。

 家柄を名乗ることが逆に愚か者の証となった。


 怒りと虚しさとやるせなさ。

 セバス・チャンは当時を思い出すたびにその時の感情が蘇る。

 燃え切った灰の中に熱が残っているように。

 当時のセバス・チャンとしての熱がまだ残っていた。


 馬車が止まった。

 セバス・チャンはベレッタを起こさないように抱きかかえた。

 秘宝の絵はもう片方の手に持ち馬車を下りた。

 ベレッタを部屋のベッドに寝かせる。


 セバス・チャンは秘宝を自室に持って行った。

 後はこれを組織に持って帰るだけ。

 任務の山場を乗り越えて安堵した。


「セバス・チャン?」


 予想よりも早く休眠状態から起きたベレッタが自室に来た。

 最近は以前よりもずっと早く休眠状態から目覚めるようになった。

 ベレッタの魔力量が成長と共に増えているせいなのか。

 それとも別の原因なのか。


「お嬢様何かお飲み物を淹れましょうか?」

「ココアがいい」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 セバス・チャンはココアを作りに自室を出たのは数分だった。

 ただ、その数分はベレッタにとってとても退屈な時間だった。

 セバス・チャンの落ち度。

 ベレッタの興味が秘宝に向かないようにするために何かを当てえておくべきだった。


 セバス・チャンが自室に戻るとベレッタは秘宝の絵をまじまじと見つめていた。


「ベレッタ様!」


 慌てて駆け寄るとベレッタは何事もなかったようにセバス・チャンの方を向いた。


「ココア!」

「??」


 ベレッタは秘宝の影響を受けていなかった。


「何事もないのですか?」

「キレイな女のひとの絵だよ!」


 セバス・チャンはそっちを向くことはできなかった。


「もう! ちゃんとみて!」


 主の命であれば見ないわけにはいかない。

 セバス・チャンは絵を視界に入れた。

 一瞬精神に干渉されるような感覚に襲われたが何もない。


「これは、秘宝なのでしょうか」


 セバス・チャンは困惑した。

 秘宝に間違いはなかった。


「なぜ。何もないのでしょう」


 再度セバス・チャンは絵を見た。

 洗練された芸術品だ。

 艶やかな女性が描かれた絵。

 美しく、妖しい。

 思わず見たくなる女性が描かれている。


 思えば不審な点がいくつかあった。

 オークション会場でもこの秘宝を目にした者が沢山いたはず。

 しかし、周辺でおかしなことは起きていない。


「秘宝のはずでは……?」


 ――魔法西暦1302 春――


「セバス・チャン! ココア!」


 今日も今日とてベレッタの我儘は止まらない。

 ここ最近は我儘がひどくなっているような気さえしていた。


「お嬢様、ココアは朝も飲みましたし、代わりに牛乳などいかがですか?」

「イヤ! ココアがいい!」

「あまり、甘いものを取りすぎると虫歯になりますよ?」

「……それも、イヤ」


 ベレッタは虫歯という単語に俯いた。


「それに、本日はあの秘宝が私たちに効かなかったことについての調査です。警戒しましょう」

「はーい」


 結論的にあの絵はマクスウェルの秘宝『絵』だった。

 研究班が解析、研究をした結果題名も判明した。

 題名は『羨む女』。

 心を感じ取り発動する秘宝。


 研究班の実験では大抵の人間に対して発動する結果となった。

 一方で直視した二人に対して秘宝が発動しなかった理由は判明していない。


「では、行きますよ」


 セバス・チャンとベレッタは組織が用意した実験室に入った。

 部屋の中は暗く、部屋の奥にスポットライトで照らされた秘宝『羨む女』が飾られている。

 ゆっくりと近づき二人は絵を直視した。


「お嬢様何か感じますか?」

「ううん、なにもない」

「私も特にありません」

「お二人ともありがとうございます」


 扉の外から研究班の魔法使いが声をかけた。

 部屋から出ると魔法使いがなんとも言えない顔をしていた。

 どうやら原因がわからず、仮説を立てるのに難航しているようだ。


「何か助けになりましたでしょうか?」

「お二人とも、こうなりたい自分とかありますか?」


 セバス・チャンは質問の意図がわからずベレッタを見た。

 ベレッタはよくわかっていないのか首を傾げた。


「いえ、特に。私はこれ以上何かになれる歳でもございませんので」

「ベレッタ、よくわかんない」

「全てが証明されたわけではありませんが、おって情報を通達します」

「わかりました」


 後日、研究班の出した結論は以下の通りだった。

 秘宝『羨む女』は理想的な自分になりたいと願う人間に対して発動する。

 主に青年期から更年期までの幅広い人間が対象となる。

 一方、幼年期、少年期初期と老年期の人間に対しては発動しない傾向にある。


 前者はまだ理想の自分を追うという感情の発芽がない。

 後者は既に理想の自分を追うという感情を持っていない可能性が高いため。


『老人と子どもは対象外』


 というのが結論だった。

 しかし、秘宝は秘宝。

 発動対象となった場合、幻聴、幻覚、酷い者は錯乱状態に陥る。


 研究班の結論にセバス・チャンはベレッタのココアを入れながらおかしそうに笑った。


「そういうことなら、私やお嬢様は対象外ですね」


 セバス・チャンはベレッタの執事としていることが理想であり。

 ベレッタはセバス・チャンとの日々が楽しいからだ。

 理想はなくとも、既に理想に近い状態にある。

 二人にとって秘宝『羨む女』はただの絵だった。


「お嬢様、ココアをお淹れしました」

「わーい」

「熱いのでお気を付けください」


 ベレッタはココアを受け取ると慎重に口を付けたが。

 少し熱かったのかすぐに口を離した。


「セバス・チャンずっといっしょにいてね」

「突然どうしたのですか?」

「うーん、なんか、いいたくて」

「そうでしたか、お嬢様が大人になるまで私はお嬢様のセバス・チャンとしてお仕えします」

「へへ、ありがとう!」


 ココアを淹れる、ココアを飲む。

 そしてたまに戦う。

 そんな普通の日常が何よりも二人の理想だということに間違いはない。

ベレッタの守護霊について


守護霊の役割は家族が生前だった頃、ベレッタに対しての接し方が関係しています。

・父……ベレッタの視界に入る敵意を排除する。

・兄……ベレッタの意識外の物理攻撃を排除する。

・姉……ベレッタの視界に入る物理攻撃以外を排除する。

・母……上記全てを行う。


母は強し。

母の守護霊はジョーカーのような立ち位置です。

しかし、今回のお話の中で母の守護霊はベレッタの服を綺麗にしただけです。


いつか、またセバス・チャンとベレッタを出す時は母の守護霊をもう少し活躍させてみたいです。

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