8.古代遺物争奪戦
リストリットが慌てて少年を抱きかかえたまま立ち上がり、腰から長剣を抜き放った。
ニアがすぐさま横から少年を受け取り、片手が空いたリストリットは手早く魔力回復薬を懐から取り出し、飲み干した。
リストリットが空き容器を投げ捨てつつ、広間の入り口目掛け、声を張り上げる。
「そこの貴様ら! 何者だ! 出てこい!」
ニアが照明魔法の効果範囲を広げ、広間の入り口を照らし出した。
そこには満身創痍の兵士が三人、長剣を手に立っていた。
身体も鎧も傷だらけで、長剣にも刃こぼれが見られる。応急処置はしているが、血が滲んだ包帯を巻いた身体では、戦闘能力も著しく落ちているだろう。
その眼差しは敵意に満ち、こちらを悔しそうに睨み付けている。
リストリットは彼らに聞こえるよう、告げる。
「この古代遺物は俺が確保した。エウセリア国際法で規定された通り、所有権は俺が有する。お前らに権利はない。帰れ!」
兵士の中の一人が、それに応える。
「ここまで数多くの命が失われた。連れてきた部下の殆どを失った。成果なしでは戻れんのだ!」
そう言うと三人の兵士が腰を落とし、長剣を構えた。
リストリットが再び声を張り上げる。
「古代遺物の横取りは重大な国際犯罪だ! 殺されても文句は言えんぞ?! 死にたく無くば帰れ! 無駄に命を捨てるな!」
兵士の一人がそれに応える。
「古竜との戦いを避ける腰抜けが、偉そうに!」
声を上げた兵士を含む、両脇の二人の兵士が駆け出し、リストリットに向かって切りかかっていった。
だがリストリットは彼らをすれ違いざまに、瞬く間に切り捨てた――彼らの想像を絶する踏み込みの速さで、反応することすら許さなかった。
残った最後の兵士が、警戒心を高めて身構えた――竜を避ける腰抜けに、ここまでの戦闘能力があるとは思っていなかったのだ。
生き残っていた最後の部下すら失った男は、悔しそうに声を上げる。
「貴様、何者だ!」
「名乗って欲しければ、まず自分から名乗るものだ」
リストリットの飄々とした応えが、兵士の癇に障り表情を険しくする。だが油断できる相手ではないとも判断していた。迂闊に距離を詰める事はできない。
両者が睨み合い、少しずつ間合いを詰めていく。
ニアは少年を確保し保護するために、リストリットを支援することはできない。周囲を警戒しつつ、ただ静かにリストリットを信じて見守っていた。
突如、弾けるように兵士とリストリットが動いた。
間合いが瞬時に詰まり、何合か長剣を打ち付け合い、斬撃を交換していく。
兵士の一撃をリストリットがいなし、体勢を崩した兵士の首目掛けて長剣を鋭く振り下ろした――取った!
だが、兵士はとっさに身を屈めてリストリットの長剣をかわし、素早く距離を取った。
息を荒げた兵士が、静かに告げる。
「……ミドロアル王国、ルーゲンバックだ」
「ウェルバットの冒険者、”竜殺しのリスナー”だ。よく今の一撃を避けたな」
リストリットが仕留めたと確信する一撃だった。それを避けられたのだ。この兵士が実力者なのは疑いようもなかった。
両者がまた腰を落とし、長剣を構えた。
わずかな静寂――ほぼ同時に床を蹴り、距離を詰めて一撃を繰り出し合う。
兵士が振り下ろした渾身の一撃は、リストリットが繰り出した必殺の横薙ぎで胴体ごと分断されていた。
兵士はそのまま絶命し、分断された身体が床に落ち、臓腑が辺りにまき散らされた。
「――ふぅ。俺の必殺の一撃、ちゃんと必殺だったな。よかったよかった。これで自信回復だ」
飄々と口にしながら、リストリットは兵士の首から認識票を探り出し、引きちぎった。
大抵の国が兵士に携帯させている、個人を識別する為の小さな鉄板だ。鎖を付けて、首から下げる事が多かった。
死体となっても、家族の元へ死体を返してやる為の物だ。
リストリットの目が、認識票に刻まれた名前を確認する。
「ミドロアル王国、ルーゲンバック将軍で間違いないな。まっさか本人が来てるとはね」
ミドロアル王国でも武勇に優れると評判の大物軍人だ。
おそらく竜峰山踏破という事で、部下を率いてやってきたのだろう。
古竜との戦いで満身創痍でなければ、苦戦は免れない相手だ。最後の一撃も、紙一重に近かった。
血まみれの長剣を振って血を払い、腰に納めているリストリットに、ノヴァが声をかける。
『おい”リストリット”、”ニア”では腕力が足りず、身体が安定しない。お前が俺を抱えろ』
ニアは蒼褪め、腕の中の少年を見つめた。
「あー? 坊主が贅沢いうな。そんな綺麗なねーちゃんに抱きかかえられて嫌がるなんて、どういう神経してるんだ」
リストリットはニアの腕からノヴァを受け取り、再び質問をする。
「お前は自分がしっくりこない、と言ったな。それはどういう意味だ? ホムンクルスなのに、ホムンクルスじゃないっていうのか? 意味がわかんねーぞ?」
ニアがリストリットとノヴァを見つめ、怯えていた。
その事実に、リストリットはまだ気づいていない。
『ホムンクルスは通常、人造魂魄を注入されるものだ。だが、俺の魂はホムンクルスの人造魂魄ではない。これでわかるか? ”リストリット”』
「うーん、魂が別物ってことか。じゃあ、誰かの魂だっていうのか?」
堪らずニアが叫び声を上げる。
「殿下! ノヴァから離れてください! 危険です!」
リストリットは唖然とその言葉を聞いていた。
冒険者の立場で、殿下と呼ばれたことはなかった。
何故殿下と呼んだのか。今のニアは”魔導士アンジェーリカ”ではない。
そこでようやく、ノヴァの言動に違和感を覚え、尋ねた。
「ノヴァ、お前、俺たちの名前――」
ノヴァは口角を上げて応える。
『リストリット第二王子と近衛魔導士ニア、か。良い関係だな。だが、十年も腐れ縁を続けるというのは、いささか不甲斐ないとは思わんか? いい加減、その関係にけりをつけろ』
リストリットの背筋を、冷たいものが走っていった。
何故ノヴァはそこまでの情報を知っているのか。
一切与えていない情報を、どうやって知り得たのか。
『どうやら俺は、全てではなくとも相手の心や記憶が分かるらしい。まるで神のようだな――神、か。しっくりくるな。ならば、俺は神だったのだろう』
リストリットは生唾を飲み込み、ノヴァを見つめていた。
先史文明では、人造人間の身体に神の魂を降ろすことさえできたというのか。
恐怖を飲み込み、リストリットは尋ねた。
「他に、思い出せることはあるか?」
『記憶はまだだ。だが、記録はある。この部屋の隣に、”もう一人”いる』