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7.そうして彼は少年と出会う

 竜峰山に入って五日目の昼――とうとうリストリットは古代遺跡と思われる場所に立っていた。

 壁面をくりぬいて構造物が構築されている。

 長い年月で朽ちているように見えるが、まだ頑強な構造自体は生きているようだった。

 正面には両開きの引き扉があり、それは固く閉ざされていた。


 ニアが竜避けの魔法を維持したまま、慎重に周囲を魔法で探り始める――魔法の並列発動。これもまた、彼女が一流の魔導士である証だ。


「――この付近に人間も竜も居ないわ。遺跡の中まではわからない。遺跡全体に警戒魔法が張られているけれど、術者に通知する術式よ。扉には特に罠はないわ」


 リストリットは頷いた――それならば、遺跡の警戒魔法は無視しても構わないだろう。

 一千年以上を生きる術者など、聞いたことはない。術者の死後も魔法術式が生きている遺跡は、珍しくなかった。

 そのまま引き扉に手をかけ、力づくでこじ開けていく。

 一人が通れるだけの隙間を作ると、先にリストリットが、続いてニアが中に入る。

 リストリットが引き扉を閉めている間に、ニアが照明魔法を発動させた。

 魔法は三メートル先までを照らし出し、暗闇の先に進む通路が浮かび上がっていた。


「よし、先を急ごう」


 顔を見合わせ頷きあい、慎重に歩を進めていった。





****


 しばらく道なりに進むと、突き当りで二手に分かれていた。

 壁には大きく、先史文明の文字が書かれている。言語学者の間でもほとんど解析できていない、難解な言語だ。

 ニアが解読魔法を発動させ、その意味を読み取る。

 難解な先史文明言語の解析には余り効果を発揮しないが、記されている意図を受け取ることができる魔法だ。冒険者にはこれで充分だった。


「――左が居住区画、右が工房ね。古代遺物があるとしたら、工房よ」


 リストリットが頷き、二人で右手の道を進んでいった。





****


 短い通路を終えると、かなりの広い空間に出た。

 すぐにリストリットが異変を察知し、片手でニアを制する。

 慎重に無言で歩を進め、異変の気配に近づいていく――古竜だ。

 古竜としても大型で、全長は五十メートルを下るまい。だが幸い、眠っている。古竜がこちらに気づく気配はなかった。


 二人はゆっくりと古竜から離れ、古竜を避けて慎重に壁際を進んだ。

 古竜の裏手に回り、奥に続く通路を見つけ、その先に進んでいった。





 古竜の気配を感じられなくなって、ようやくリストリットは大きく息を吐いた。


「――はぁ! なんなんだあのデカさは! 何百年生きたらあんな風になる?!」


「下手をすれば、一千年以上生きてるわね。とんでもない化け物よ」


 ”竜殺しのリスナー”と言えど、相手をして命がある保証はなかった。

 人間が倒せなくはないだろう。だが死と隣り合わせの危険な綱渡りだ。あれほど大型の竜を相手にして、ニアの命を守る自信もなかった。

 戦闘を避けられた幸運を神に感謝し、二人は先に進んだ。





 遠くで竜の咆哮が聞こえた。

 リストリットが振り返り、来た道の先に目を凝らす。


「……後続か。古竜との戦闘を始めたな」


 あの古竜を簡単に降すことはできないだろう。返り討ちに会う公算が高い。

 だが油断もできない。先を急がねばならなかった。


「急ぐぞ」


 ニアと顔を見合わせ頷きあい、先に進んだ。





 通路は再び広間に繋がっていた。その中央に、天井まで伸びた、直径一メートルほどの黒い筒が置いてあった。

 慎重に近づいていくと、黒い筒が光り出し、その内部を照らし出した。

 筒は硝子の容器だった。中には液体が詰まり、その中に一人の少年が全裸で浮いていた。


 二人はこれが古代遺物だと断定し、確保するために手を尽くすことになる。





****


 リストリットが必殺の一撃を四度放ち、硝子には大きなひび割れができていた。

 中の液体が漏れ出し始め、床を濡らしていく。


「”リスナー”、あと一息よ。頑張って」


 リストリットは四本目の魔力回復薬を飲み干し、空き容器を投げ捨てた。

 ニアの為に持ち込んだ回復薬を、こんな風に使うとは想像していなかった。

 助走距離を取り、長剣を構え、魔力を全身に漲らせる。


「これで壊れてくれよ?!」


 願いとも祈りともつかない叫びと共に、五度目の必殺の一撃を放った。

 今度こそリストリットの長剣は筒を切り裂き、硝子が弾け飛んでいた。


「――防御魔法が効力を失ったわ。もう普通に破壊できるはずよ」


 リストリットは剣の柄を叩きつけ、裂け目を大きくしていく。

 人が通れる大きさを確保すると、長剣を腰に納め、中に腕を突っ込んで少年の腕を掴み、外に引きずり出した。


 少年を床に寝かせ、慎重に観察していく。心臓は動いているが、呼吸をしていない。わずかな不安が胸をよぎる。

 少しして少年が呼吸を開始し、胸を撫で下ろした。だが、瞼が開く様子はない。


「なぁ”アンジェ”、覚醒の魔法は効果があると思うか?」


「うーん、試してみましょうか」


 ニアが覚醒の魔法術式を展開し、少年に魔法をかけた。覚醒魔法の魔力が少年に浸透していく。

 わずかに少年の瞼が動き、ゆっくりとその目が開かれていった。

 その瞳は、琥珀を通り越した眩い金色――まるで竜の瞳のような色だ。

 虹彩は人間の形状をしているが、それ以外は竜と同じ目をしていた。


 少年が虚ろに天井を見上げている。

 リストリットは少年に声をかけた。


「坊主、お前何者だ? 名前はあるのか?」


「”リスナー”、先史文明の存在よ? 現代の言葉は通じないわ。ちょっと待って、翻訳魔法を――」


 翻訳魔法術式を用意するニアを、少年の声が遮った。


『そうでもないぞ、人間』


 リストリットとニアは驚いて少年から一歩、退いた。

 少年は天井を見上げているが、その瞳には確かな意志を感じさせた。


『名を聞いていたな――俺の名はノヴァ。それ以上は思い出せん。今は自力で体も動かせん。起き上がらせろ』


 リストリットは少年を抱き起し、再び語りかけた。


「坊主、ノヴァ、と言ったな? お前は何者だ?」


 ニアが荷物の中から着替えの長衣を用意して、少年に纏わせた――この年齢の少年の全裸など、晒すものではない。

 女物だが、ニアと少年は背格好が近い。大きさに問題はないはずだ。


『何者、か。俺は、何者なのだろうな。記録はあるが、しっくりこない』


「記録? 記憶じゃなくてか。その記録には、なんとあるんだ?」


『この身体はホムンクルス――人造人間、といえばわかるか? 魔導技術で作られた人工の人間だ。だが、心がそれを否定している。俺はホムンクルスではない』


 ニアが記憶を漁り、口にする。


「ホムンクルス――先史文明に居たとされる、人によって作られた人間の固有名ね。伝承では個体の名前だったけれど、実際は製品名だったということ?」


 ノヴァが口角を上げて笑いながら応える。


『製品名か。まぁそうだな。ホムンクルス製造技術で作られた存在の総称だ。だがそんなことより――そこの貴様ら、敵意を隠しきれておらんぞ。出てこい』


 少年の目が、広間の入り口に向けられていた。






本来ならここまでを1話に詰め込みたかった内容だったんですが、リストリットのバックボーンを書いていたら長くなったので分割しました。

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