47.新しき神の誕生
数日後、ノヴァとアイリーンの為の工房が完成した。
工房に踏み入り、中の様子をノヴァとアイリーンが確認していく。
『凄いわ、私の時代と比べても、それほど遜色がない――いえ、さすがに使用している技術水準は二回りくらい落ちるわね』
『それは仕方あるまい。現代の人間が触れる技術だ。先史文明と同等の技術など、テスティアが許さぬだろう。だが、これならアイリーンの身体と魂を改変することは可能だ』
この設備や機材と、ヴォルディモートの魔導知識、そして今のノヴァが行使できる神の力。これらが揃えば施術に踏み切れる。テスティアとブルームスの補佐があるなら、失敗することはないだろう。
ノヴァとアイリーンの背後に、テスティアとブルームスが控える。
ノヴァは二人に振り向き、言葉をかける。
『ご苦労テスティア。要件通りだ。これからアイリーンと俺の施術を行う。お前たちはそれを補佐しろ』
『承知しました』
『御意』
アイリーンはノヴァに促され、工房に備え付けられた寝台に全裸で横たわる。
『慣れてきたけど、やっぱり恥ずかしいわ!』
『これが最後だ。我慢しろ』
工房の機材と魔法でアイリーンの監視を開始する。
アイリーンの状態が、機材と魔法術式に反映されていく。
『ではまず、アイリーンの魂の出力を上げる』
テスティアが尋ねる。
『人間の魂の出力を上げるのですか? それはどのような方法を?』
『テディ――アイリーンの竜が、星幽界で俺の本体の位置を探り当てた。アイリーンの身体に、その俺の本体への経路を構築する。身体に構築した経路を通じて、アイリーンの魂に俺本体の力を注ぎ込む』
『そんなことをしたら人間の魂が破裂してしまいますよ?! 耐えられません!』
人間の魂の外殻は、ノヴァ本体の力に耐えられるほど強くはない。あっさりと破裂し、魂が消滅するだろう。
『そうだ。だから同時に、アイリーンの魂を俺の魂で覆い保護する。破裂しないようにな』
今の外殻が耐えられないならば、耐えられる外殻で覆ってしまえばよい、という発想だ。
その外殻素材として、ノヴァの魂を使うという意味になる。
『それは、魂を分け与えるという意味ですか? 新しい神を作ると、そう仰るのですか?!』
『アイリーンは互いに認め合った俺の伴侶だ。ならば、新しき神となったとて問題はあるまい。それに、核となるのは人間の魂だ。人間の性質を失ったりはしない――ブルームス、そこはお前が手伝え。テスティアは経路構築を補佐しろ』
ノヴァの指示に従い、二人は施術を補佐した。
ブルームスがノヴァから魂を切り分ける補佐を行い、ノヴァがアイリーンの魂を覆っていく。
テスティアが構築した星幽界への経路を、ノヴァが調整して本体とアイリーンの身体に接続し固定する。
施術は順調に進んでいった。
『経路の構築と魂の保護は終わったな。あとは時間をかけて、力を注入するだけだ。数日、或いは数年かかるだろう。アイリーンの様子を見ながら加減をしていく。だがもう補佐魔法は不要だ。再調整の必要もあるまい。――次だ。アイリーンの身体に自動修復機能を追加する。今の俺の様に、身体を欠損させるわけにもいかん。治せるが、手間がかかる』
アイリーンがノヴァに尋ねる。
『私の身体に、どうやってそんな神様みたいな機能を追加するの?』
『星幽界にある俺の本体に、お前の完全な状態の記録を置く。損傷があれば、経路を通じ、本体の力を用いてお前の身体が修復されるように設定する。実体化まで行うように術式を施しておくから、仮初の身体になるわけではない――不死鳥が星幽界の魔力を吸収して蘇るのと同類の原理だ。成長するにつれて完全な状態は変化するが、そこは経路を通じて自動的に更新されるよう設定する』
『不死鳥と同類の機能なのね。でも、それでは自分で機能停止をする事が、死を選ぶことができなくなるわよ?』
『お前が機能停止したいと思えば、いつでもその魂はその身体を離れ、経路を通じて星幽界に運ばれる。テディが導いてくれるから、迷うことはない。俺の魂も、それに引きずられるように星幽界に戻るよう設定する。これは俺が死を選ぶのではなく、経路を通じた本体への合流として定義すれば可能だ。テディが本体を見つけてくれたから初めて可能になった』
『テディの頑張りが役に立ったのね!』
アイリーンの嬉しそうな声に、ノヴァも優しい笑顔で頷いて応える。
『お前が心から死にたいと願った時にお前はその身体を失い、同時に俺もこの身体を失う。俺たちの魂は経路を通じて星幽界に運ばれ、俺の力本体に合流する。そこにはテディも待って居る。お前の魂は、俺と共に死後も在り続ける――俺とお前が同時に機能停止する方法は、現状ではこれしか思いつかない。冥界には行けなくなるが、それで本当に構わないか? 断るなら、これが最後の機会だ』
『”死後も共に居てあげる”って、啖呵を切っちゃったものね。私はそれで構わないわ。テディもそこに居るのなら、文句なんてないわ!』
ノヴァは頷き、テスティアとブルームスに指示を飛ばしながら施術を進めていった。
アイリーンの施術は無事終わり、ノヴァの左腕の修復と自動修復機能の追加など、身体の施術も無事に終わった。
朝から開始された施術が終わる頃、辺りは夕闇に包まれ始めていた。
『……全員、ご苦労だった。これで俺とアイリーンは今、等しい存在だ。先ほど言ったように、身体の死後も共に在る俺の伴侶だ。テスティア、ブルームス、無礼のないよう心得よ』
『御心のままに』
『御意』
アイリーンは服を着こみながら、ノヴァに尋ねる。
『ねぇノヴァ。あなたは何が変わったの? 本体との経路を接続したのでしょう?』
『ヴォルディモートの魔導知識以外の、星の神本来の力を引き出せるようになった、くらいだな。今はそれだけだ。ホムンクルスの身体による制約は、どうしても受ける。だが俺もお前も、本体との経路を通じて魔力を補給することができる。もう魔力回復薬を飲む必要はない。後は、ふとしたきっかけで、思い出せる記憶は増えた。本体の持つ記憶を、経路を通じて得られるからな。だが力は、まだテスティアやブルームスより弱い――その程度だ』
『じゃあ、私とノヴァが力を合わせたら? テスティアさんやブルームスさんに勝てる?』
ノヴァがニヤリと笑う。
『誰が相手だろうと、負けはしないだろうさ』
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翌日、リストリットの元にアイリーンが現れた。
「ん? 嬢ちゃん一人か? ノヴァはどうした?」
「部屋でお茶を飲んでいるわよ?」
「おいおい、王宮の中とは言え、嬢ちゃん一人にするなんて、あいつらしくないな」
アイリーンが自慢げに、小さな胸を張った。
「工房で私の身体を作り変えたから、”もう心配いらない”って言ってたわ。それに”たまには一人で行動したい時もあるだろう”って。それに、こう見えても私は一流の魔導士よ? 自分の身くらい、自分で守れるわ! テディも付いて居てくれるし、本当は何も怖くないのよ? みんなが過保護すぎるのよ」
リストリットが苦笑を浮かべた。
「そうか。あの過保護なノヴァが一人にするくらいだ。問題はないんだろう。それより嬢ちゃんはなんの用だ?」
「あのね? そろそろニアさんとの婚姻は話が進んだのかなって思って」
ニアがそれに微笑んで応える
「ありがとうアイリーンちゃん。実はもう籍は入れてあるの。だから、私は既に正式に第二王子妃なのよ。今の私は、ニア・ウェルバットよ」
「でも、今までと同じように傍に控えてるわ? 服も変わってないし」
「殿下の政務を手伝ってるだけよ。服はこっちの方が気楽なの。周りも咎めないしね。殿下の手伝いが終わってから少しずつ、王子妃としての勉強も進めてるわ――それに、今の私に回されるような政務はないのよ。出来ることも少ない。だからこの王宮の政務はみんな殿下の所に集中してしまうの。その中からテナー殿下が少し受け持ってくださるけれどね」
リストリットも溜息交じりに口を開く。
「あいつら、もう少し父上を信頼してもいいはずなんだが、国王の決裁が必要な書類以外、全部俺に寄越しやがる。母上が手伝ってくれてなきゃ、満足に眠る時間もないぜ」
アイリーンが小首を傾げながら尋ねる。
「あら、陛下はそれじゃあとてもお暇なのではなくて? もう攻め込まれる心配もないのでしょう?」
リストリットが頷きながら口を開く。
「毎日、テスティア女皇に技術供与を求めて直談判してるよ。テスティア女皇も、いい加減本国に戻ればいいんだ。いつまでも滞在してるから、父上がつけあがる」
アイリーンは思案しながら口を開く。
「つまり、この国にとって、もう陛下は不要な人材なのね。そんな有様では、居ても迷惑なだけで、陛下も含めて誰も幸せになれないわ」
リストリットとニアの背筋に冷たいものが走った。
それはリストリットが考えないようにし、臣下の誰もが思っていても口にしなかったことだ。
リストリットが窘めるように口を開く。
「嬢ちゃん。大人、それも一国の王を、そんな風に言うもんじゃない。父上はまだ、この国に必要な方だ」
アイリーンは澄んだ瞳で、柔らかく優しい笑顔を作り、リストリットを見つめる――いつものアイリーンが浮かべる、少女らしい笑顔だ。
「――そう、リストリットさんが決断を下せないのなら、その友人である私が手伝ってあげるわね」




