46.級友との再会
――それから十日後。
王宮ではミドロアル王国軍を退けたことを祝う夜会が、リストリット第二王子の主催で開かれていた。
その夜会には、多くの子供たちの姿がある。皆がアルテイル魔導学園の生徒だという。
子供たちは大人から離れ、二人の子供に群がるように話しかけていた。
煌びやかな正装に身を包んだノヴァとアイリーンが、子供たちの中心に居た。
アイリーンは久々に会うかつての級友たちとの再会に笑顔で応えていた。
「アイリーン殿下、お久しぶりね。急に学園を辞めてしまわれて、寂しく思っていたのよ?」
「セレンさん! お久しぶりです! ごめんなさい、どうしても皇族として扱われるのが耐えられなかったの。前に言った通り、私たちは正式な皇族ではないのよ。アルトゲイルに迷惑が掛かってしまうの」
「あら、じゃあ殿下と呼ばない方がいいかしら?」
「ミヌアさん! この場だけでも、そうしてもらえると嬉しいわ! 咎める人がいたら、私たちが庇うから安心して?」
セレン・ディール、ミヌア・フォーレスの二人は、アイリーンと手を取り再会を喜んでいる。アイリーンにとって初めての同年代の友人、その一歩手前――そんな距離に居た二人だ。
そんなアイリーンの様子を、ノヴァは柔らかい表情で見守っていた。
その背後から、ニアが声をかける。
「どう? ノヴァくん。楽しんでる? ――頬が緩んでいるから、楽しんでいるみたいね」
「ニアさんですか。急に夜会を開くと聞いて意味が分かりませんでしたが、こういうことだったんですね」
ノヴァの視線が再びアイリーンたちに向けられた。
自分たちを喜ばせるための夜会――そういうことなのだろう。
「殿下からの、ささやかなお礼よ。竜巻を起こしたの、テスティアさんとブルームスさんでしょ?」
ノヴァは肩をすくめ、澄ました顔で応える。
「なんのことかわかりませんね。竜巻があったんですか? 初耳ですよ」
そんなノヴァの様子が微笑ましく目に映り、ニアは笑みを零す――やはりノヴァくんも、嘘が下手ね。
「ふふ。まぁいいわ。二人とも強情なんだもの。でもおかげで、この国が攻め込まれることはなさそうよ。それと、そろそろあなたたちの工房が出来上がる頃よ。アイリーンちゃんの身体の様子はどう?」
「毎週再調整をしていますから、今は問題ありませんよ。テスティアとブルームスが居るなら、アイリーンの再構築もより万全な形で行えるでしょう」
「じゃあ、テディから報告はあった?」
「僕の力の気配を感じているらしいので、近くに居るのでしょうね。隠された状態を暴けるかは、テディの頑張り次第です」
「そう、あなたの本体、見つかるといいわね――そういえば、ブルームスさんが”新しき神々は我々以外滅ぼされた”と言っていたけれど、あれって何か影響はないの?」
つまりこの物質界に現存する新しき神々は、ノヴァとテスティア、ブルームスの三人だけということになる。
ノヴァもブルームスも、人間管理社会には反対する神であり、関与する行動は起こしていない。
人間を管理する神は、アルトゲイル皇国を運営するテスティアのみとなった。
未だアルトゲイル皇国は大陸に強い影響力を持った大国だが、ノヴァの傍にテスティアが居るならば、ノヴァの意向が速やかにアルトゲイル皇国へ反映されていくだろう。
後は、滅ぼされた神によって管理されていた領域がどうなっているかだが、こちらは今後の情勢を見て対応していくことになるだろう。情報収集は急務だったが、ウェルバット王国の手には余る。そこはテスティアの持つ情報網だけが頼りだ。
神々が居なくなった事による影響がウェルバット王国とその周辺にどのような影響を及ぼすのか、ニアには予想が付かなかった。
ノヴァがニアに応える。
「神による人間管理社会を破壊しやすくはなったでしょうね。これから長い時間をかけて、人間には自立してもらうことになります。少なくとも、リストリットやニアが生きている間は大きな変化はないでしょう。滅びた新しき神は、すべて僕の本体に取り込まれているはずです。僕がこの身体を失った後なら、改めて神々を生み出すこともできますよ。必要があれば、そうなるでしょう――デルグ・エスト教の動きはどうですか?」
ニアの表情が曇った。彼女たちの元には、あまり良い報告が届いていないのだ。
「それが、崇めていた神を滅ぼしたはずなのに、未だにそれなりの勢力を維持しているわ。一時期ほどの勢いはないけど、信徒が減る様子がないの。何故なのかしら」
ノヴァは思案しながら口を開く。
「やはりそうですか……では、他の古き神も居る、と思った方がいいでしょう。いつから活動していたかは分かりませんが、古き神一柱だけで、新しき神々を壊滅させることができるとは思えません。ブルームスがあっさりと滅ぼして見せたように、あのデルグ・エストにそこまでの力はありませんでした。ブルームスも他の古き神の事は知らないようですが、油断は禁物ですよ」
「わかった、その事は殿下にも伝えておく。あなたも夜会を楽しんでね」
ニアはその場を離れ、リストリットの元へ向かっていった。
「ねぇノヴァ、難しいお話は終わった?」
アイリーンがノヴァの傍に立ち、話しかけてきていた。
ノヴァは振り向き、笑顔で応える。
「ええ、終わりましたよ。級友たちはどうしたのですか?」
「一通り話し終わって、みんなそれぞれ楽しみだしたわ。私たちも夜会を楽しみましょう?」
アイリーンに手を取られ、ノヴァは共にダンスホールに向かって歩いていった。
****
ベッドの中で、アイリーンはいつものようにノヴァを抱き枕の様に抱え込み、その胸に顔を埋めていた。
一年間病床で苦しんだ記憶が鮮明に残るアイリーンは、一人で眠る事を嫌がった。一人でベッドに身を沈めていると、孤独で苦しかった記憶が蘇り、不安が襲ってくるのだ。
最初は恥ずかしさを感じても居たが、不安と恐怖が勝った為、ノヴァに添い寝をお願いしていた。
いつしか恥ずかしさはなくなり、そのうちに不安と恐怖もなくなった。
だがその添い寝が習慣となってしまい、未だアイリーンはノヴァに添い寝をお願いしていた。
こうしてノヴァに抱き着き、胸に顔を埋めることで安心感と幸福感を覚えるようになったのだ。
ノヴァはそんなアイリーンの頭を優しく撫で、その意識が夢の世界へ旅立つまで見守り続ける。
『ねぇノヴァ、習ったばかりの社交ダンス、なんとか巧く踊れたわね』
『三度も足を踏まれたが、それを巧く踊れた、と評すのであれば、そうであろうな』
『もう! 意地悪!』
胸の中から響いてくる声に、ノヴァは優しく応えていく。
もうじき工房が完成する。
そうなれば、アイリーンは今のノヴァと等しい存在になるだろう。
そうして永い時を、二人で歩いていくのだ。
アイリーンは、いつ生きる事に疲れてしまうだろうか。
いつまでノヴァとアイリーンは、こうして身体を寄せ合っていられるのだろうか。
身体を失い、元の神に戻ればこんなことはできなくなる。
人の世界で、身体を持つことで得られる経験とその感動を、ノヴァは心に刻んでいた。
『あっ!』
『どうした? アイリーン』
『テディが、見つけたって言ってる!』




