43.ブルームスベイルゲイルという男
――第二離宮、ノヴァとアイリーンの居室。
時刻はまだ、昼を回ったところだ。
王宮は突然の異教徒取り締まりで大騒ぎだったが、ようやく落ち着きを取り戻していた。
ノヴァとアイリーンはソファに腰かけ、紅茶をゆっくりと楽しんでいる。
ノヴァの背後に、テスティアとブルームスベイルゲイルが控え、佇んでいる。
ノヴァたちの向かいにはリストリットとニアが腰かけ、同じように紅茶を口に含んでいた。
紅茶を給仕し終わると、世話係たちは人払いされ、ようやくリストリットが口を開く。
「なぁ、ノヴァ、そのブルなんちゃらは信用できるのか?」
思わずアイリーンがリストリットに突っ込む。
『ねぇリストリットさん。どんどん言える名前が短くなってるわ。ブルームスベイルゲイル。そこまで覚えるのが難しい名前ではないでしょう?』
リストリットは別に名前を覚えるのが苦手、という訳ではない。
だが先史文明の神の名は、どうにも覚えづらかった。
ブルームスベイルゲイルが口を開く。
『言いにくいのであれば、我が名はブルームス・ゲイルと呼ぶが良い。人間社会に居るときの名だ』
リストリットが、その偽名に呆れて尋ねる。
「あんたら神は、名前に頓着ってものがないのか?! テスティア女皇といい、なんでそう安直なんだ?!」
ノヴァが笑いながらそれに応える。
『新しき神々は、名前に無頓着とも言えるし、頓着しているとも言える。偽名を用いるとき、元の名前に極力近い名前を使おうとするのだ。なぜそうなのかは、俺にもわからん。そのような性質を入力した覚えがないからな』
リストリットが頭を掻きながら再び尋ねる。
「じゃあもう一度聞くぞ? ブルームスは、信用できるのか? そいつが異教を放置していたから、多数の犠牲者が出た。兄上もその一人だ。俺はそれを、許すことができる気がしない」
ノヴァの視線がブルームスを捉える。
ブルームスは動じる様子もなく、ただ真っ直ぐ前を向いて控えていた。
その様子を確認したノヴァが薄く笑い、リストリットに向き直り静かに応える。
『仔細は不問に付す、と俺はこいつに伝えた。俺はこいつを信用する。それだけだ――おそらく、新しき神々をどうしても止めたかったのだろうよ。こいつ一人では、新しき神々が作り出す人間管理社会を防ぐことはできん』
『御意』
ブルームスは一言だけ答えた――つまり、その考えで合っている、ということだ。
口数の少ない神らしい。その意図を掴むのは、苦労しそうだった。正しく理解できるのは、主であるノヴァだけかもしれない。
ニアは前から想っていた疑問を、ノヴァの背後に控える二人の神に投げつけた。
「ねぇ、前から疑問だったのだけど、どうしてテスティアさんやブルームスさんまで先史文明の言語で話すの? あなたたちは、現代の言語も話せるでしょう?」
それにテスティアが応える。
『ニアが言う通り、我々は現代の言語も自在に操れます。その上で、ノヴァ様が口にする言語に合わせているだけです。』
その答えにニアが呆れた。
「どんだけ主が好きなのかしら……しかもテスティアさんだけじゃなく、反抗的と言っていたブルームスさんまで同じなの? ちょっと理解できないわ」
アイリーンがブルームスに振り向き、尋ねる。
『ねぇブルームスさん。あなたは星幽界でどうやってノヴァを探していたの?』
だがブルームスはそれには応えず、ただ沈黙を貫いた。
ノヴァが苦笑いを浮かべ、振り向かぬまま、ブルームスに言葉を投げかける。
『ブルームスベイルゲイル、応えてやれ。アイリーンは我が伴侶だ。俺には反抗的でも構わんが、アイリーンに逆らう真似は許さん。アイリーンの言葉は俺の言葉も同然と思え』
『御意――我が友、不死鳥が星幽界におります。彼に追跡を頼んでおります』
不死鳥は人工生命体の中で、最も星幽界に近い魂を持つとされた。
死んでも蘇る力は、星幽界と魂を接続している蘇生術式によるものだった。その魂は死後、冥界ではなく星幽界に向かう。そうして星幽界の魔力を蓄え、物質界に舞い戻るのだ。
この蘇生術式は、先史文明でも研究途中の先進研究分野だった。唯一成功した人工生命体を不死鳥と名付けたに過ぎない。稀代の天才と言われたアイリーンに取っても謎の多い術式だった。
『あら、じゃあテディと同じね。やっぱりテディじゃ、ノヴァの本体を探すのは難しいのかしら』
少し寂しそうなアイリーンに、ノヴァが優しい笑みで応える。
『その不死鳥は俺の気配を知らぬ。俺の気配を知るテディなら、不死鳥よりは見つける可能性があるだろう』
アイリーンの表情が綻んだのを見て、ノヴァが安心するようにアイリーンの頭を優しく撫でた。
ブルームスはそんな様子すら気にすることなく、ただまっすぐ前を向いて佇んでいる。
その様子に、ニアが疑問を口にする。
「テスティアさんは事情を詳しく聞きたがったのに、ブルームスさんは何も聞かないのね。アイリーンちゃんが伴侶と言われても、何の疑問も感じないの?」
『こいつは昔からそういう存在だ。必要があれば応え、必要があれば問う。だがそうでなければ何も言わぬし聞かぬ。反抗する理由すら満足に言わぬから、周囲からすれば反抗心溢れる神に見えるだろう。俺も反抗の理由を問うことは滅多にせぬからな』
「それって、ある意味テスティアさんよりも忠誠心が高いんじゃないかしら……」
その一言にテスティアが反論する。
『いいえ! 新しき神々で最もノヴァ様への忠誠心が高いのは、この私、テスティアルトゲイルです!』
一方、ブルームスは何も言わず、ただ前を見ている。
ニアはそれを見て、二人の性質をおおよそ把握した。
おそらく、ノヴァへの執着心が強いのがテスティアだ。依存心と言ってもいいだろう。全てを知ろうとし、理解したがる。主の一番に拘り、常に傍に侍りたがる。
だが純粋な忠誠心ならば、ブルームスの方が高い。主が言うがまま、その通りに受け取り、信じる。だが主に必要と思えば、逆らってでも行動に移す。そして、その理由も主に不要なら告げないのだ。
主に取って意味がないので、テスティアと順位を張り合うこともしない。なるだけ傍に控えるが、傍に居られなくても気にはしない。
名実ともに一番であり続けようとし、主に執着するテスティアと、主に報いることができれば、それ以外に頓着しないブルームス――二人はそういう関係なのだろう。
これを言葉にすると、再びテスティアに噛みつかれるのが明らかなので、ニアは黙って胸の内に沈めた。
ノヴァは、ニアが胸の内に言葉を沈めたのを察知し、その心を読み、含み笑いを浮かべた。
『ククク……ニアよ、いい読みだ。おおよそ、それで合っている』
リストリットはまだ納得がいかず、頭を悩ませていた。
「それでも、兄上が犠牲になったのはもう取り返しがつかない事実だ。やはり俺には、そいつを許すことができない」
ノヴァに忠実で優秀な臣下なのは確かだ。こんな男が自分にも居ればどれほど頼もしいかわからない。
しかし、この男の判断と行動の結果、兄が犠牲になったのだ。
確かに、実質的に兄を殺したのは、兄の劣等感に付け込んだ異教の神だ。だがこの男がさっさと異教の神を始末していれば、兄が犠牲になる事もなかった。
筋違いとわかっていても、ブルームスを恨むなというのは難しい注文だった。気持ちの整理が付かないのだ。
ノヴァの表情が曇り、リストリットに静かに語る。
『リストリットよ、ブルームスベイルゲイルの罪は俺の罪も同然だ。恨むなら、俺を恨め。お前の兄を救ってやれなかったのも俺だ。もっと早くウェルトの苦悩に手を差し伸べてやれれば、救えたかもしれんのだ』
寂しく自嘲の笑みを浮かべながら紅茶を口に運ぶノヴァを、リストリットは悔しそうに見た。
兄の苦悩に手を差し伸べられなかったのは、リストリットも同じだからだ。
これ以上ブルームスに対する恨み言を口にしていたら、己の責任を他人に擦り付ける男になってしまう。それは己の矜持が許さなかった。
「……お前、それは卑怯だろう。そう言われて、恨み節を続けられる訳がないだろうが」
『ならば、気持ちを切り替える事だ。この国を背負える者はお前しかおらん。ビディコンスはもう国王の役目を果たすに値しない。この国を守りたければ、お前が気を確かに持て』




