40.ウェルトの末路
学園を出たノヴァとアイリーンは、王宮に向かって歩いていた。
急に退学を決めた為、王宮に連絡も出していない。それに、二人で街を歩いてみたいとアイリーンが望んだためだ。
学園から王宮をまっすぐ目指して道なりに歩いていく。
『ねぇノヴァ、道はこれで合っているの?』
『なんだ、馬車の中から道順を確認していなかったのか』
『そこまではしていなかったわ。でも、大通りを歩いて居ればきっと王宮に辿り着くわよね』
『俺が覚えている。問題はない』
他愛ない話を交えながら、街並みを眺めて歩く。
十四歳の、平民らしからぬ服を着た子供が、こんな時間に街を歩く――王都の大人たちは、奇妙なものを見る目で二人を眺めている。
その視線で、ノヴァが忌々しそうに不機嫌になっている。
『学園に通うためとはいえ、やはり貴族の服は目立つな』
『そうね。着ていても落ち着かないし、平民の服に戻りたいわ』
『もう王宮では、皇族として扱われることが決まっている。それは望めないだろう』
『国王ったら、本当に余計なことを言ってくれたわね』
王宮まで、二人の足であと一時間くらいだろうか。
ノヴァは奇異の目を鬱陶しく感じ、認識阻害魔法で誤魔化すか、と術式の調整をしようとした瞬間、何か違和感を感じ、調整の手を止めた。
周囲の視線に、奇異の目ではない視線がある――こちらを観察する視線だ。
気配を探るが、人間のものではないようだ。
――少し騒ぎになるが、仕方あるまい。
『アイリーン、俺の傍から離れるなよ?』
『なあに? 何をするの?』
そのままノヴァは転移魔法術式を展開し、アイリーンと共に視線の主の背後に転移した。
そこに居たのは黒い長衣を着込み、頭巾を目深に被った大人――それ以上はわからない。
「あなた、人間ではありませんね? 何者ですか」
その人物はしばらく狼狽え、慌ててその場から去ろうと駆け出した。
だがその足が、アイリーンが素早く展開した魔法術式で絡め取られていた。
「誰だかわからないけれど、逃がさないわよ!」
魔力の蔓で対象の動きを封じる魔法術式だ。先史文明では護身用術式として一般的だったが、当然、こういった状況でも有効な手段だ。
だが、アイリーンの魔力の蔓を易々と引きちぎり、黒い長衣の人物は駆け出していった。
アイリーンが驚いて声を上げる。
「嘘! 人間にこの術式を力技で破ることができる訳がないわ!」
「人間じゃないですからね」
そう言いながら、ノヴァは火炎魔法術式を多重並列展開し、黒い長衣の人物の周囲を取り囲んだ。
次の瞬間、石すら溶かすほどの高熱が、対象を襲っていた。
魔法行使を終え、術式を解除したノヴァが、長衣の人物に近寄っていく。
足元の石畳が硝子の様に溶けているというのに、長衣の人物は燃え尽きることなく、ただ倒れているだけだ。服すら燃えていないところを見ると、魔力で防御膜を咄嗟に作ったのだろう。
だがそれで魔力を使い過ぎて、急性の魔力欠乏症――貧血のような症状で意識を失ったのだ。
ノヴァが長衣を剥ぎ取ると、そこには気絶したウェルト第一王子の姿があった。
さすがにこれにはノヴァも驚き、しばらく言葉を失った。
「……どういうことでしょうか」
「私に分かる訳がないわ。この方、リストリットさんのお兄さん、だったわよね」
王宮で、一度か二度、すれ違ったことがあった。その時に兄だと説明を受けていた。幼い頃から敬愛している兄なのだ、と。
「ともかく、捕縛して王宮に連れ帰りましょう」
ノヴァは魂すら縛り付ける捕縛魔法術式を展開し、ウェルトの全身を縛り上げ。そのままアイリーンと自分を含めて第二離宮の執務室に向けて転移魔法術式を発動させた。
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リストリットは、突然目の前に現れたノヴァ、アイリーン、そしてウェルトの姿に、唯々唖然としていた。
事態を理解する事を、頭が拒絶していた。
学校に行っているはずのノヴァたちが、第一離宮に居るはずの兄と一緒に、突然目の前に現れたのだ。理解しろというのが無理だろう。
傍に居るニアも同様だったが、リストリットより先に立ち直り、代わりに尋ねた。
「ノヴァくん、何故ウェルト殿下とここに? それにその魔法術式、見たこともない強力な捕縛魔法ね。何故捕縛する必要があるの?」
「詳細は後にしますが、街を歩いていたら監視する視線を感じました。視線の主を捉えたら、それがウェルトだった。彼は既に、人間ではなくなっています。人間を捕縛する程度の魔法術式は通用しません。なので、神すら動きを止める程の魔法術式で捕縛しています」
「なるほど……まったく意味が解らないわ」
ニアも早々に理解を放棄した。
ウェルトが人間でなくなっている、という所から理解ができなかった。
ノヴァが苦笑を浮かべる。
「僕やアイリーンですら混乱しているのです。あなたたちが理解できなくても仕方ありません」
「それを聞いて安心したわ――誰か! 急いで第一離宮に居るはずのウェルト殿下を確認してきて!」
ニアが控える侍女や兵士に声をかけ、確認に走らせた。
他人の空似や変装である可能性を潰すため、王宮に居るはずのウェルトを探させたのだ。
だが、やはり王宮の中にウェルトは見つからなかった。つまり、この捕縛されているのがウェルト本人、と考えるしかなさそうだった。
ノヴァは、未だ放心してウェルトを見つめているリストリットに声をかける。
『リストリット! いつまでそうしてるつもりだ。これがウェルトであるか、お前が確認しろ!』
ノヴァはウェルバット語ではなく、慣れた先史文明の言語でリストリットを叱りつけた。
リストリットがようやく、のろのろとウェルトに近づき、その顔を間近で凝視した。
幼い頃から敬愛してきた実兄だ。この距離で見間違える訳もなかった。
「……兄上だ。間違いない」
『だが、既に俺にはこいつの心を読むことができぬ。ならば人間ではあるまい。テスティアはどこだ』
『ここに控えております』
いつの間にか、部屋の隅にテスティアの姿があった。
ノヴァの口角が上がる。
『早いな』
『ノヴァ様が私を求め、我が名を口にしたのを感じましたので、直ちに馳せ参じました』
ニアが唖然と呟いた。
「それってつまり、今ノヴァくんが名前を呼んだ瞬間にここに来た、ってこと?」
『ご理解頂けたようで幸いです』
人間には理解できない行動、いや現象である。これぞ神、といえよう。
「この間は私が呼びに行くまで中央審査会支部で待っていたじゃない」
『あのときはノヴァ様が私を直ちに御求めではありませんでしたので、控えました』
神の理屈が理解できないニアは、お手上げとばかりに肩をすくめた。
ノヴァはテスティアに尋ねる。
『テスティアよ。このウェルトが何者になったのか、心当たりはあるか』
テスティアの目が、ノヴァの視線の先を見つめた。
そこに居るウェルト――その魂を。
『――デルグ・エスト教徒の中には、このように魂を変質させた人間が生まれるようです。何度か根城を潰す折に、このようになった人間を見かけました。変質した人間は、人間を超えた力を持ちます。それ以上は、私にもわかりません』
リストリットがテスティアに尋ねる。
「……元に戻す方法は、あるのか?」
それは、必死に縋るような、喉から絞り出す声だった。
テスティアは淡々と応える。
『私は異教徒の抹殺しか経験していません。なので、これから解析しますが、おそらく無理だと予想します』
そう言いながら、テスティアは解析魔法術式を展開し、ウェルトの魂を精査していく。精査の結果が魔法術式に反映され、空中に映し出されていく。
その解析結果を横から眺めていたノヴァが、テスティアより先に判断を下す。
『テスティアの予想通り、これでは人間に戻すことはできまい。この魂は冥界に行く事すらできぬ存在と成った。魂が半端に高位の存在になっている。何者かによって、無理矢理押し上げられているな。死ねば人格は消失し、今のウェルトが持つ力は全て、ウェルトを変質させた存在の元へ向かい、魂ごと取り込まれるだろう――まるで神だな』
テスティアが解析を終えて、魔法術式を解除した。
『ノヴァ様の仰る通りです。これはどういうことでしょうか。何故、神のような性質を持っているのでしょう』
ニアがノヴァに顔を向け、口を開く。
「ねぇノヴァくん。お願いだから、私たちにもわかるように説明してもらえない?」
『そうだな……ウェルトの魂は、神の眷属となった。眷属となった魂は、その主の持ち物同然だ。故に、死後その魂は主に取り込まれる』
「神の眷属って、異教の神の仲間入りをしていたってこと?」
『わかりやすいな。その通りだ。こんな真似ができるのは、古き神々以外はおるまい。異教の神は古き神で間違いないだろう』
アイリーンがノヴァに尋ねる。
『古き神は、人間を神の眷属にすることができるの?』
『そうだ。そうやって指導者を神の眷属とし、力を与え、より指導力を高めた。人間の指導者共は高い能力を欲して神の眷属になることを求め、神を敬い媚びへつらった。眷属になれば主には逆らえなくなる。管理社会には打ってつけの機構だ』
『ノヴァは新しき神であると共に、古き神でもあるわよね? なら、ノヴァにも同じことができるの?』
『そうだ。俺にはできる。だがこの権能を嫌悪し、封印している。新しき神々がこの力を持たないのは、その為だ』
ニアが思案しながら口を開く。
「ウェルト殿下は自分の能力に劣等感を持っていた。それで力を欲したのね。そして街で見かけた異教に手を出した――その結果がこれなのね」
ノヴァが頷きながら応える。
『これなら、人間と比べて高い身体機能と魔力、知性を持つようになる。確かに、劣等感に苛まれていたウェルトには垂涎ものだったろう。代償を知らされていたかは、定かではないがな』
「ウェルト殿下は気絶したままだけど、もう目を覚まされないの?」
『魂ごと意識を捕縛している。魔法術式を解けば覚醒するだろうが、それでは逃げられる。何故俺たちを監視していたのか――もっと情報を絞り取りたいが、今使える俺の魔法とテスティアの権能では、これが限界か』
リストリットがぽつりと、呟くようにノヴァに尋ねる。
「――なぁ、兄上を殺すのか?」
ノヴァは僅かに躊躇った後、淡々と応える。
『このような存在に変質したら、そうしてやるのが救いだ。もうこいつは、ウェルトであってウェルトではない。元に戻す方法もない。放置すれば異教の神の手下として活動する。ならば、滅ぼすしかあるまい』
ニアが苦悩しながら意見を述べる。
「だけど、ウェルト殿下に手をかけたとなれば、人間社会で外交問題になるわ。既に、ここにウェルト殿下が居る事は何人もの人間に見られてる」
ノヴァがニアに応える。
『安心しろ。認識阻害魔法をかけてある。奴らには、ウェルトに見えておらん。俺たちが賊を捕縛しただけに見えている』
リストリットが何かを決意したように口を開く。
「なら、俺に兄上を殺させてくれ。それなら例え露見しても外交問題にはならない」
ノヴァは床に転がるウェルトを見つめていたが、苦悩するリストリットに視線を移し、口を開く。
『お前が優れた戦士であることは知っているが、こいつはもう現代の人間が滅ぼせる存在ではなくなっている。お前は剣で魂を切れるのか?』
リストリットは悔しそうに言葉に詰まった。
そのような絶技など、人間が及ぶところではない。
ノヴァはしばらくリストリットの返事を待った後、静かに告げる。
『……そういうことだ。諦めろ。では魂の解体を始める』
ノヴァが解体魔法術式を多重並列起動し、ウェルトの周囲に展開させた。
魔法が発動し、ウェルトの身体が徐々に光に代わっていく。
解体魔法の行使が終わると、その場には光の玉が残されていた。
ニアが光の玉を見つめながら、ノヴァに興味深そうに尋ねる。
「ねぇ、これは何? どういう状態なの?」
『魂を構成していた存在だ。魔力の根源、先史文明ではマナ、現代ではエーテルと呼ばれるものだな。それを未だに捕縛術式で捕えているから、光の玉に見える』
「何故捕縛術式を維持しているの? もうウェルト殿下は滅ぼしたのでしょう?」
『わからんか? ――リストリット、準備をしろ。この力が向かう先に、ウェルトを変質させた異教の神が居る。お前の兄の仇が居るとすれば、そいつだ。異教を潰すぞ』




