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4.竜殺しのリスナー

 ”竜殺しのリスナー”がクランの館へ姿を現した。

 王族の装束と共に王者の風格を脱ぎ捨て、筋骨隆々の肉体を惜しげもなく晒し、熟練の剣士の風格を漂わせた、壮年のむさくるしい男だ。

 リストリット本人は、こちらの方が本来の自分だと確信していた。

 受付嬢のミーナが彼を認め、手を挙げて声をかける。


「あら、”リスナー”じゃない。”アンジェ”が先に来てるわよ。竜峰山に行くんですって?」


 リストリットが笑顔で応える。


「ああ、そうなんだ。お宝が見つかりそうでな。腕利き共に声をかけておいて欲しいと頼んでおいたんだが」


 ミーナが言いにくそうに言葉を返す。


「そう……運がなかったわね。今、金級冒険者は全員出払ってるわ。手が空いてるのは銀級の中堅どころばかりよ」


 竜峰山程の難所となれば、金級冒険者の実力は必須だ。

 リストリットは表情を変え、急いで冒険者控室に駆け出していった。

 控室の扉を勢いよく開け放つと、先に来ていたニアが椅子に座って待って居た。

 ニアはリストリットに気が付き、立ち上がって申し訳なさそうに声をかける。


「”リスナー”、ごめんなさい。出来る限り声をかけてみたんだけれど、今居る冒険者はこれが精一杯よ」


 リストリットが控室を見渡す。

 中に居るのは銀級の中堅が四人。経験十年に満たない若い男たちだ。

 一人前を充分通り越し、将来有望な人材だが、竜を相手取る実力は持ち合わせていない。

 彼らを連れて行けば、必ずその命を落とすだろう。今のリストリットには、竜峰山という難所で彼らを庇ってやれるだけの実力はなかった。

 だが彼らの命を犠牲にすれば、踏破の可能性は上がるだろう。


 迷っている暇はない。

 古代遺跡に残る超技術は激しい争奪戦だ。

 エウセリア国際法では、古代遺物は先に確保した者に所有する権利が発生する。

 今こうしている間にも、他国の勢力や他の冒険者が遺跡に向かっていると考えるべきだろう。

 この国の冒険者ならば買い取る事は可能かもしれないが、他国の勢力の手に落ちれば絶望的だ。


 それでも、彼らの命を犠牲にする気にはなれなかった。

 逡巡し、ニアに声をかける。


「”アンジェ”、他のクランに声をかけられるか?」


 ニアは首を横に振った。


「既にいくつか声をかけたけど、竜峰山に向かうと伝えたら、皆尻込みしてしまって良い返事を貰えなかったわ」


 この街有数の腕利き熟練冒険者一行でも返り討ちに遭ったという噂は、既に冒険者の間に広まっていた。

 ただでさえ難所として有名なのだ。命を捨てに行くようなものだと突き付けられて、手を貸してくれる人間は居ないのだろう。


 リストリットは険しい顔で目を固く瞑り、額に手を当て考えを巡らせた。

 ――何か、何か他に手はないか。


 ニアに無茶をさせる魔法も、確実とは断言できない。

 例え彼らの命を犠牲にしても、必ず遺跡に辿り着ける保証はない。

 実力者の助力が欲しかったが、出払っている者たちを待って居られる時間はない。


 ニアがそんなリストリットに声をかける。


「ねぇ”リスナー”、彼らを連れて行けば――」


 その言葉をリストリットは鋭く遮った。


「言うな”アンジェ”。俺は彼らの命を盾にするつもりはない」


 己の迷いを断ち切るかのように言い切った。

 ――そうだ。人としての矜持を捨ててまで結果を得たとしても、虚しいだけだ。そんな事をせずに済むように、己を鍛え上げてきたはずだった。


 リストリットの言葉に、室内に居た男たちが胸を熱くした。

 彼らも、古代遺物に莫大な価値がある事は知っていた。

 争奪戦であることも、充分知っている。

 竜峰山が自分たちの実力に見合わない事も、嫌という程理解していた。

 それでも憧れの”竜殺しのリスナー”の力になれるならと、死を覚悟して今、この場に居たのだ。


 だがリストリットは、自分たちの命が大事だと言い切った。

 冒険者としての利益よりも、仲間の命を優先してくれた。

 他人を蹴落とす人間が珍しくない業界で、リストリットのような男は稀有な存在だった。


「”リスナー”さん……力不足で、申し訳ありません!」


 室内の男たちが、リストリットに勢いよく頭を下げた。

 リストリットは彼らに振り向き、声をかける。


「お前ら、顔を上げろ」


 男たちが顔を上げ、リストリットを見た。

 その顔は屈託のない笑顔だった。


「お前らは気にすんな! 将来、力を付けてからクランに貢献してくれればいい。今回はその時じゃなかった。それだけだ」


「”リスナー”さん……」


 こういう男だから付いて行きたくなる。

 冒険者たちが憧れるほどの高い実力を持ち、それでいて、どんな状況でも他人を思いやることを忘れない。

 男たちは憧憬の眼差しでリストリットを見つめていた。


 リストリットもまた彼らを見て、己の決断が間違っていない事を確信した。

 もう迷っている時間はない。

 ならば、ニアに無理を頼み、魔法で竜を回避するしか、手段は残されていなかった。

 副作用である依存性は心配だが、彼女が問題ないと言い切るのだ。そこも信頼するしかないと判断した。


 リストリットはニアに振り向き、険しい顔で口を開く。


「”アンジェ”、俺たち二人だけで行くぞ。お前の魔法だけが頼りだ」


 ニアもまた、竜を相手取れる程の高い実力を持った金級の魔導士だ。

 今までも、”竜殺しのリスナー”と共に、数々の難所を突破してきた。

 ニアは頷き、応える。


「わかったわ。やれるだけやってみましょう」


 リストリットとニア、二人は急いでクランの館を後にした。


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