39.さようならアルテイル魔導学園
――陽が落ち、夜になった第二離宮、そのノヴァとアイリーンの居室。
ソファで待機するノヴァとアイリーン、リストリット、ニアの元に、テスティアが姿を現した。
その顔は深刻なものだ。
「ノヴァ様、所在を知る神々全てを訪れましたが、そのことごとくが滅ぼされた後でした」
ノヴァは思案しながら応える。
「そうですか。ならば、リストリットの言う通り、ブルームスベイルゲイルが異教の側に居ると見た方が良さそうですね」
リストリットも頭を抱え悩んでいる。
「そんな危険な異教なら、早い所締め出したいが……見つけ次第皆殺し、となると民衆の反感を抑えられん。アルトゲイル程、うちは王家に忠誠心が高い国じゃないしな。すぐにどうこうすることはできない」
アイリーンが疑問に思い、ノヴァに尋ねる。
「ねぇノヴァ、死んだ新しき神はどうなってしまうの?」
「人格を失い、その力が僕本体の元に合流するでしょう」
リストリットが何かに気づき、口を開く。
「なら、その合流する力を追っていけば、お前の本体の場所がわかる、ということか?」
「理屈の上ではそうですね。ですが僕の力は星幽界に隠しました。ブルームスベイルゲイルがこの世界に一度受肉したというのであれば、彼は自力で星幽界に入る事は出来ません」
「じゃあ、抜け出したと仮定して、古き神ならどうだ?」
「古き神々はそもそも、星幽界に至ることが出来ません。それが唯一出来たのが僕です」
アイリーンが口を開く。
「それなら、テディのように星幽界に入れる存在の力を借りている可能性は?」
「それならば有り得ます。ですが、並大抵の存在では、隠された僕の本体を探し出すことはできません。入念に隠した覚えがありますからね。合流しようとする力を追跡しても、途中で見失うでしょう」
リストリットが口を開く。
「だが、可能性は残るんだな? だとすれば、そのブルーなんちゃらの目的は、お前を探し出すことじゃないか? 今の人間世界に、お前の存在が必要だと思ったんだろう」
ノヴァが思案を巡らす。
「……否定は出来ませんね。ですが、何を考えてるのかは想像もつきません。僕は見守る神です。例えブルームスベイルゲイルが僕を見つけても、僕は人間を見守り続けるだけです。それに人間管理社会を運営するのにも邪教は邪魔なはず。それをなぜ放置しているのか」
アイリーンが尋ねる。
「じゃあ、単純にあなたに会いたいというのは、動機になるかしら?」
ノヴァとテスティアが顔を歪めた。
「……彼が、僕に? そんな人格を設定した覚えはないし、彼がそんな存在だった覚えもありません。むしろ、反抗する姿しか思い出せません」
「私も同感です。私ならまだしも、ブルームスベイルゲイルがノヴァ様を求めてそんな行動まで起こすとは、とても思えません」
リストリットが口を開く。
「だが、神も人間と同じ心を持つなら、長く敬愛する主に会えないと本心が出る。会いたい、傍に居たいとな。元はお前の力を分けた存在なら、お前に帰属する本能があるんじゃないのか? 傍に居るときは反抗していた臣下が、長く離れていると主を欲するというのは、そう珍しい話じゃない」
「……そうですね、僕に帰属する本能はあるでしょう。それがあるから、滅んだあと、力が僕の元へ戻ります」
「ならばやはり、今は納得できないかもしれないが、その可能性は高いと俺は思う」
「……真相はその異教を叩き潰すときに分かるでしょう。本当にブルームスベイルゲイルが異教に味方しているというならば、異教を叩き潰していればいつかは会うことになります」
「叩き潰すって、どうするんだ? テスティア女皇のように、教徒を皆殺しにするのか?」
「テスティアは新しき神々の中でも穏健派です。その彼女ですら皆殺しにするしかないと判断するのであれば、それしか手段がないという事になります。この国の為政者であるリストリットは表立ってできないかもしれませんが、僕らが裏で隠れて潰して回るぐらいはしてあげましょう。あなたはそれに対して目を瞑っていれば良いんです」
リストリットは納得しがたい顔で、黙って俯いていた。
ニアはそっとそれに寄り添い、共にその場を去っていった。
テスティアはそれを見送った後、ノヴァに尋ねる。
「ノヴァ様、隠れて叩き潰すとは、どういう意味ですか?」
ノヴァは肩をすくめて応える。
「そのままですよ。僕が自ら、この街の異教の根城に踏み込み、異教徒たちの魂を冥界へ送り届けましょう。異教が古き神に通じているならば、それに直接会うこともあるかもしれませんね」
「そんな! 危険です! 今のノヴァ様では、古き神には勝てません! 今のノヴァ様よりも強い力を持っていた神すら、既に滅ぼされているのですよ?!」
「まぁそう決めつけないでください。必ずしも会うとも限りませんし。それに、力の強さのみが勝敗を決する訳でもありません。やりようはきっとあるでしょう。無理だと判断すれば、逃げて来れば良いんです。あなたは僕を信じて待って居てください」
「いえ、私はノヴァ様を守る事が存在意義の神です。ノヴァ様が行動するときは、共に往きます」
「……変わりませんね。そうなったら、てこでも譲らない。わかりました。好きにしてください」
****
翌朝、学園の授業を受けつつ、眠り倒すアイリーンの姿があった。
ついに魔導実技以外の授業でも、退屈に耐えられなくなったのだ。
授業が終わり、目を覚ましたアイリーンにノヴァが語りかける。
『アイリーンよ、それでは学校に通っている意味などないぞ』
『でも、どうしても抗いがたい眠気に負けてしまうのよね。学校の授業がここまで退屈だとは思わなかったわ』
『周囲の目も、俺たちを皇族として扱い鬱陶しい。学校はもう諦めるか』
アイリーンはしばらく悩んだ。
この分では座学の間は居眠りを続け、実習の間だけ緩慢にこなすような不誠実な姿勢を続けることになる。
友人を作る機会だと思ってこの場に来たが、学園の授業に対してこんな姿勢で臨む人間が、真面目に授業を受けている彼らの友人となる資格などあるのか。
アルトゲイルの皇族として扱われている現在、級友たちが成長した後の事も考えると、自分たちが学園に居続ける事自体がアルトゲイル皇国へ迷惑をかける事になりはしないか。
そうして決断を下した。
『そうね。このままでは、授業をしているムシュメルトさんにも、他の生徒にも失礼よね。皇族であることが露呈して、このままではアルトゲイル皇国やテスティアさんにも迷惑だわ。自主退学してしまいましょうか』
『わかった。では教員室に行って、俺が説明しよう』
二人は立ち上がり、荷物を纏めて教員室に向かった。
話を聞いたムシュメルトは、直ちに責任者である理事長に取り付け、二人は理事長室へ通された。
ウェシュゲット理事長は、悔しそうに二人を見ている。
「そうですか、皇族であることは、本来内密にしておきたかったことなのですか」
「ええ、テスティア女皇とビディコンス王の間で、そう約束されていたものです。その約束を反故にされたのです。僕たちは正式な皇族ではありません。皇族として扱われるのは、僕たちも不本意であり、迷惑なのです」
「……我々には、国王の通達に逆らう力はありません。外交問題になりかねない事も出来ません。現状が我慢ならないのであれば、自主退学は止むを得ませんね。遺憾です」
「気にしないでください。この学園に落ち度はありませんでした。僕たちも、リストリット第二王子の元で、教師を付けて勉学を続けます。どうか心配なさらず」
そう言い残し、ノヴァとアイリーンは理事長室を後にした。
廊下を歩きながら、アイリーンが尋ねる。
『あの言い方だと、国王に対する不信感が募るわね』
『敢えてそう言ったからな』
『あら、どうして?』
『ビディコンスには引退してもらって、リストリットが王位につけば良い。ビディコンスが錯乱して虚言を振りまいたことにして、俺たちが皇族であることをリストリットに王として否定してもらえばいい。そう考えてるだけだ』
『でも、リストリットさんは王位に就くのを嫌がってたわ。ニアさんの負担が大きくなるって』
『確かに、王妃ともなれば背負うものは大きくなる。だが、ニアはもう覚悟を決めている。覚悟が出来ていないのはリストリットだけだ。婚姻が済み次第、速やかに王位が移るよう手を尽くそう』
『あら、それまでは待ってあげるのね』
『王の婚姻では、ニアが王妃に成れんかもしれんからな。第二王子妃に就いてから、王位を移して王妃にしてやればよい』
『やっぱりノヴァは優しいわね』




