38.邪教
テスティアは直ぐに遠隔通話魔法で本国に軍の編成と派遣を指示した後、リストリットと共にビディコンス国王を説得に向かった。
ビディコンスは一向に納得しなかったが、見かねた王妃が説得に加わる事で、その場は私生子であることを黙ることに頷いた。だが引き続き技術供与の要請は続けると譲らなかった。
王の説得から戻ったリストリットは、疲れ果てて執務室のソファに座り込んだ。
「――はぁ。父上はいつの間にああなってしまったんだ」
ニアが紅茶をリストリットの前に置き、隣に腰かけた。
「殿下、どうかお気を確かに。今この国で頼りになるのは、殿下だけです」
向かいに座っているノヴァも冷笑を浮かべながら口を開く。
「僕は、あなたの傍にならアイリーンを置いておけると思えたのです。そのあなたがしっかりしなければ、僕も安心できないというものですよ」
「だけどなぁ、問題が多すぎるんだよ。隣国の脅威に陛下の錯乱、お前らの面倒に俺の婚姻、とどめとばかりに異教ときた」
ノヴァが最後の単語に反応した。
「なんです? その異教というのは。話してください」
「あー。なんでも、人間を生贄にする儀式を行う宗教らしい。詳しいことはそれ以上わかっていないが、最近貧しい民衆を中心に信徒を増やしてきている。諜報員を潜り込ませると漏れなく失踪するんで、今は国外の異教の様子を探りに行かせてる。デルグ・エスト教というらしい」
テスティアが苦々し気に反応する。
「我が国では締め出していますが、各国で地道に勢力を伸ばしている邪教ですね。どの国も、同じように対応に苦慮している様です。対応策は、信徒を根絶やしにする事のみです」
つまり、異教の信徒を見かけ次第死罪にする、ということだ。
見つかれば死ぬと分かっていて、敢えて宗旨替えする者は多くない。
それでも異教に染まっていた場合、根城を潰すときに命を奪う事になる。
強硬策なので民衆の反発は大きいが、信徒を放置すれば異教が勢力を伸ばし、それを抑えることができないのだ。
リストリットが苦々しい顔で応える。
「アルトゲイルですら、そこまでしないといけない勢力か。どうしようもないな」
ノヴァが何かを思い出そうと考えている。
アイリーンがノヴァに尋ねる。
「ノヴァには心当たりがあるの?」
「わかりません。ですが、どこか聞き覚えのある名前だと思いまして。かつての僕が知る神だったのかもしれません」
テスティアが考えを述べる。
「私にも心当たりのない名前です。となると、古き神々の名前、ということになります。ですが、彼らはノヴァ様によって天界に封印されているはずです。ノヴァ様の封印を破る力など、彼らにあるとは思えません」
「あれから長い年月が経っていますからね。それに、今の僕は不完全です。それが封印に影響を及ぼしていてもおかしくない。神の一柱や二柱、抜け出ている可能性を考えておかねばなりませんね」
「こんな時に、ブルームスベイルゲイルが居れば頼りになるのですが……彼はどこに居るのか、皆目見当がついておりません」
ノヴァがその名前に反応する。
「ブルームスベイルゲイル――彼は人間世界で害ある存在を滅ぼして回っている、そう言いましたね?」
「はい、確かにそう口にして私と袂を分かちました」
「ならば何故、そのような邪教がのさばっていると思いますか? 彼が活動していれば、必ず攻撃対象とみなすはずです」
テスティアも考え込んだが、結論は出ないようだった。
「わかりません。確かに、何故邪教を見逃しているのでしょう」
リストリットが口を開いた。
「――可能性は二つ。一つは、もうそいつが滅ぼされている可能性、もう一つが、そいつが邪教側に居る可能性だな」
テスティアが渋面を作った。
「一つ目は有り得ません。私に匹敵するブルームスベイルゲイルを滅ぼせる者など、ノヴァ様以外に居ません。そして二つ目はより有り得ません。人間の生贄を求める神になるなど、そのような機能を私たちは持っていません」
リストリットが首を横に振った。
「いや、二つ目は解釈が違う。そいつが邪教で崇められているんじゃない。邪教で崇められている神の側に居る。そう言ったんだ」
「ブルームスベイルゲイルがノヴァ様を裏切り、古き神に降ったと、そう言うのですか? それこそ、そんな機能を持ち合わせていません」
「何か目的があって邪教の側に居るのかもしれん。だが、見逃しているとするなら、そういう事になる」
ノヴァも難しい顔をしている。
「彼が敵に回るとなると、厄介ですね。今の僕には彼を抑えきれません。彼が僕を殺すことはできませんが、僕に害ある行動を取る可能性はあります」
リストリットが疑問を投げつける。
「なんでお前を殺せないんだ? 今は、相手の方が遥かに力が上なんだろう?」
「新しき神々は僕の力を分けたものです。分霊に近い存在、と言ってわかりますか? 僕は自分で死ぬことができない。それは新しき神々の間で殺し合うことができないことを意味します。新しき神を殺したければ、古き神の力を借りるしかない。唯一の例外が僕です。僕は新しき神を、元の力に戻して自分のものとすることができる。つまり、古き神々が居ない現状で、新しき神を唯一滅ぼせる存在が僕です」
リストリットが思い至り、考えを述べる。
「”新しき神を殺したければ、古き神の力を借りる”――それはつまり、今の状況じゃないか? そのブルームスなんちゃらが、古き神を信仰する異教を起こすか利用するかして、古き神の力を借り、新しき神を殺して回っている。これなら、各国で勢力を増している状況に符合する」
ノヴァがテスティアを見る。
「テスティア、新しき神々と連絡は取れますか?」
「いえ、直接取る事は出来ません。ですが、何柱かは所在を知っています。彼らの安否を直ちに確認します」




