36.そうしてその日の学校生活が終わる
二時間に及ぶ実技の授業が終わり、生徒たちは昼食をとるため、学食へ向かっていった。
『やっと終わったわね……この時間は眠る事もできないし、誤魔化し様がないわ』
『仕方あるまい。午後からは一般教養だ。少しはマシだろう』
二人は生徒の流れに乗って、学食へ向かていった。
他の生徒に倣い、食事を注文して受け取り、テーブルに着く。
そのまま静かに二人で食事を進めていた。
『この時間も、どうしても無駄に感じてしまうわね』
『ホムンクルスに、人間らしい食欲はないからな。だが食事をしてみせねば怪しまれる。仕方あるまい』
静かに食べ進めている二人のテーブルに、またセレンが近づいてきた。今度は別の女子生徒を一人、連れている。
「ノヴァ殿下、アイリーン殿下、ご一緒してもいいかしら?」
アイリーンは顔を上げ、微笑んで返す。
「ええ、構いませんよ」
アイリーンの返事を受け、セレンともう一人が同じテーブルに着いた。
アイリーンが先に尋ねる。
「ねぇセレンさん、そちらの方は?」
セレンの代わりに、女生徒が自ら名乗りを上げる。
「私はフォーレス伯爵家のミヌアと申します。以後お見知りおきを、アイリーン殿下」
セレンがミヌアに続く。
「ミヌアは私の親友。お昼はいつも一緒ですの。今日は殿下たちとご一緒してみたいと思って、ミヌアを誘ってみましたのよ」
アイリーンが笑顔で応える。
「あら、親友だなんて素敵ね。私にそういう友人は居なかったから、羨ましいわ」
セレンがおかしそうに笑う。
「代わりに、ノヴァ殿下のような素敵な方には巡り会えているじゃありませんか。生涯を共に在りたいと思える方との出会いなんて、滅多にありませんよ? 愛と友情なら、愛の方が大切だと思いますわ」
アイリーンは神妙な顔で頷いた。
「そうね。それは私も同感だわ。でも、ないものねだりをしたくなるのが人間ではなくて?」
その言葉に、セレンとミヌアは同意するように頷いていた。
ミヌアが愉しそうに口を開く。
「婚約者は私たちにもいますが、彼らとの出会いよりセレンとの出会いの方がずっと得難いものだったと私は思っています。セレンと作った思い出の数々は、人生の宝物です」
セレンは照れるように黙り込んで食事を口に運んでいた。
その様子を見て、ノヴァが柔らかい笑顔で口を開く。
「とても良い関係なのですね。良い出会い、良い時間を過ごされたようだ。素敵だと思いますよ」
アイリーンも同意するように頷いた後、口を開く。
「でも、親友との出会いや時間の方が大切だったなんて言ったら、婚約者の方が可哀想になってしまうわね」
ミヌアは少し寂しい表情でそれに応える。
「仕方ありませんわ。悪い男性ではありませんが、親が決めた縁談ですもの。そこに私の意志はありませんでした」
アイリーンは苦笑いを浮かべた。
「あら、私とノヴァの出会いにも、私の意志はなかったわ。親の決めた縁談と言っても過言ではないの。たまたま、ノヴァが私と相性が良かった。それだけだわ。必要なのは、絆と信頼を育める相手なのかどうかではないかしら」
セレンが感心していた。
「アイリーン殿下、達観してらっしゃるのね……でも、仰る通りね。たとえ素敵な出会いだったとしても、信頼を育めない相手であれば、そこまでですものね」
ミヌアも頷いている。
「そういう意味でなら、私の相手は申し分が有りませんね。私は彼となら信頼を育めると思っています。誠実な男性ですから。ならば、私は両親に感謝をしなければならないかもしれません」
アイリーンが笑って応える。
「私も感謝は伝えたいと思うの。でも同じくらい、文句も山のようにあるのよ?」
三人の女子が笑い合う中、その様子をノヴァは楽しそうに見守っていた。
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午後の授業になり歴史の授業が始まる。
ウェルバットの建国以来の歴史を覚える科目だ。
今日の範囲は百年前の王朝らしい。いわゆる近代史だ。
この授業は退屈なりに眠気を耐えきり、アイリーンは初めて座学の授業を通して聴いていた。
そんなアイリーンを、ノヴァが褒める。
『凄いじゃないか、居眠りせずに済んだな』
『でも暗記ものなんて、本を一度読めば覚えてしまうわ。歴史の小話があるからなんとか耐えられるけれど、そういう意味ではムシュメルトさんは良い教師ね』
『頭が良すぎるのも考え物だな。人として生きるのが辛そうだ』
『子供の生活はそんなものだって、お父様は言ってたわ。大人になってやっと自由に振舞えたって。お父様はこんな学校生活を経験してたからこそ、私に行かなくて良いと言ったのね』
ムシュメルトが教本を閉じ、大きく手を叩いた。
「では本日の授業はこれまでです。皆さん、気を付けて帰るように」
その声を皮切りに、生徒たちが続々と教室を後にしていった。
ノヴァとアイリーンも荷物をまとめ、馬車が待って居ると言われた場所へ向かった。
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送迎馬車の前には、侍女の代わりにニアが居て、二人を出迎えた。
アイリーンが驚いて尋ねる。
「あら、ニアさんじゃない。侍女たちはどうしたの?」
「ちょっと侍女は邪魔だから、彼女たちには遠慮してもらったわ。中で話したいことがあるの」
アイリーンは小首を傾げながら、ニアの手を借りて馬車に乗り込む。
ノヴァも続いて馬車に乗り込み、扉が閉まって馬車が離宮を目指した。
ノヴァが口を開く。
「それで、話とは何ですか?」
ニアが頷く。
「学校の様子はどうだった? 何か変わったことはあった?」
「朝から急に皇族として扱われ、その事は学園中に知られていましたね」
ニアが溜息を吐いた。
「やっぱりそうなのね。王宮でも同じように、あなたたちがアルトゲイル皇国の皇族だと陛下から直々に御触れがでたわ」
「国王は何を要求して、テスティアはなにを跳ね除けたんだですか? 知っていますか?」
「あら、鋭いわね。陛下は経済援助と軍事支援を求めたの。テスティア皇女も経済援助には頷いたわ。でも軍事支援には頷かなかった。それで陛下が実力行使に出たみたいね」
ノヴァが嘲笑するように笑った。
「ははは! この国からしたら、軍事支援が本命でしょうに。大方、軍事技術の供与でも求めたのではないですか? テスティアは技術の流出を嫌がります。決して頷かないでしょう――テスティアの様子はどうでしたか?」
「様子を見に行った時は、かなり機嫌が悪そうだったわ。殿下が、あなたたちが戻り次第、すぐに執務室に顔を出してほしいと言っているの。このことを相談したいみたい」
「では、テスティアもその場に呼びましょう。その方が話が早いでしょう」
ニアは黙って頷いた。




