34.初授業
ムシュメルトに案内され、ノヴァとアイリーンは教室に足を踏み入れた。
教室の中には同い年と見られる男女が三十人ほど、興味津々に二人に視線を注いでいる。
ムシュメルトが教壇に立ち、生徒たちに声を張り上げる。
「今日から学級に編入する事になった新しい学友です。仲良くしてやって下さい」
そう言った後、二人に挨拶するよう促した。
二人は教壇の前に立ち、声を出す。
「僕はノヴァ・ウェルシュタインです」
「私はアイリーン・ウェルシュタインです」
生徒たちからは、まばらな拍手が浴びせられる。
ムシュメルトに促され、空いている席へ二人は腰を下ろした。
「では授業を開始します。教科書を開いてください」
こうして二人の学園初日が開始された。
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授業は魔導理論だった。
魔力がどこからきてどこへ行くのか、その現在の理論が教科書に沿って進められていく。
アイリーンは退屈で眠くなりそうになりながら、必死に眠らないように耐えていた。
前を向いたまま、ノヴァに話しかける。
『どうしようかしら。魂の定義すらない状態で魔力を論じても、何の意味があるのかわからないわ』
『頑張って耐えておけ。初日から居眠りなどしては、心証が悪くなるぞ』
先史文明――アイリーンの時代では、ホムンクルス製造技術によって魂の解析が進み、魔導理論が大幅に書き換わった。
すべての魔導理論は世界と魂の定義を前提としており、魔力もまた、魂を根拠にした力だった。
つまり、魂の定義が認知されていない現代の魔導理論は、遥かに稚拙で頭打ちになる袋小路の理論だった。
これを退屈と思わずに居るのは、大変に苦痛だとアイリーンは痛感していた。
教本に目を通し、教育水準の低さは覚悟していたが、体験すると実に耐えがたい。
『辛いわ……ねぇ、認識阻害魔法で眠っていることを隠しておいてもらえないかしら』
『仕方ないな。魔導理論の時間だけだぞ?』
ノヴァから了承を得たアイリーンは、そのまま机にうつぶせになり、すぐさま寝てしまった。
そんなアイリーンの顔を、ノヴァは楽しそうに眺めていた。
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授業が終わる間際にノヴァに起こされ、ようやくアイリーンは目を覚ました。
それと同時にムシュメルトが手を鳴らし、声を上げる。
「では本日の授業はここまで、休憩時間とします」
言い終わると、ムシュメルトは一旦教室から出ていった。
その途端、二人の周囲に人だかりができる。
「ねぇねぇ! アルトゲイルの皇族って話は本当?」
気安い女生徒の質問に、ノヴァは曖昧に頷いて応える。
「ええと……どうやら、そう伝わってしまっているみたいですが、正式な皇族ではないんですよ。ですから、皇族だとは思わないでください」
別の男子生徒が質問を投げかける。
「殿下たち、同じウェルシュタインだよな? 親戚か何かか?」
アイリーンがそれに曖昧に頷いて応える。
「ええと……ウェルシュタインは偽名のようなもので、親戚でも何でもないのよ」
別の女生徒が興味津々に質問を投げかけた。
「じゃあ御二方はどういった関係なのかしら?」
それについて、アイリーンはきっぱりと即答する。
「伴侶よ。私とノヴァは婚約者なの。生涯共に在る事を誓い合った間柄よ」
周囲の生徒たちから冷やかしの声が上がる。
興奮した女生徒が、さらに質問を投げかけようとしたその時、一人の女生徒が大きく手を叩いて皆を制した。
「皆様、御二方のご迷惑よ。それ以上は控えなさい」
その女生徒に叱られ、人だかりは解散していった。
アイリーンがその女生徒に頭を下げる。
「ありがとうございます。助かりました」
女生徒はにっこりと笑い、応える。
「とんでもないわ。級友たちが迷惑をかけたわね。私はディール公爵家のセレンよ。よろしくね」
「アイリーン・ウェルシュタインよ。公爵家だなんて、凄い方もいらっしゃるのね」
アイリーンの言葉に、セレンはおかしそうに応える。
「あら、何を言っているの? アルトゲイルの皇族の方が格は高いじゃない。我が国の王族よりずっと上よ?」
ノヴァが横から説明する。
「先ほども言った通り、僕らは正式な皇族ではありません。身分なんてないようなものですよ」
セレンが華やかに笑う。
「では、そういうことにしておきますわ。ノヴァ殿下」
ノヴァは苦笑しながら返す。
「できれば、殿下もやめて欲しい所なんですが」
「それは無理よ。学校中にあなた方が皇族であることが周知されている。ノヴァ殿下やアイリーン殿下を呼び捨てにしていたら、それこそ問題になるわ」
にこりと華やかに笑って応えるセレンに対して、ノヴァはそれ以上何も言えなくなってしまった。
確かに、親しい友人でもないのに大国からの賓客に敬称を省略していたら外交問題とみなされかねない。
一般常識を持つのであれば、そこは控えざるを得まい。
ノヴァは溜息を吐いて応える。
「わかりました。あなたのお好きになさってください」
アイリーンはノヴァが敗北するところを見て、どこか新鮮な気分に浸っていた。




