33.はじめましてアルテイル魔導学園
翌日の茶会で、テスティアは打ち合わせ通りに、ウェルバット国王ビディコンスたちに事情を説明していた。
王妃テナーは、涙ながらに事情を聴いていた。
「そう、私生子でいらしたのね……七年も我が子とはぐれるなど、お辛かったでしょう」
テスティアも苦悶の表情で応える。
「はい。密かに捜索させていましたが手がかりもつかめず……まさかこのような場所で、偶然出会うことができるとは思わず、時間を忘れて見つめてしまいました」
国王ビディコンスも、頷きながら話を聞いていた。
「アルトゲイルの女皇でも、身分違いの男性と恋に落ちる事などあったのですな」
テスティアが応える。
「どうかその件については、深くお聞きにならないでください。我が国の恥ですので」
ビディコンスは頷いた。
「わかりました。ですがそうなると、ノヴァくんはアルトゲイルの皇族ということになる。このままこの国に滞在させる訳にもいきますまい」
テスティアは首を横に振った。
「いえ、ノヴァはこの国に居たいと言っています。さらわれた恐怖と放浪生活でアルトゲイルの言語も忘れ、帰国しても私生子に正式な居場所はありません。女皇が代々継ぐ国家で、男児の皇族は立場も弱い。ならばノヴァには好きに生きてもらいたいと思っています。可能であれば、引き続きリストリット殿下にお預けしたいと思うのですが、ご迷惑でしょうか」
リストリットは大げさに胸を叩いた。
「ノヴァとアイリーンのことなら任せておいてください! 責任をもってお預かりいたしましょう!」
テナーがテスティアに尋ねる。
「それで、アイリーンちゃんのご両親は今、どちらに?」
テスティアが哀し気に応える。
「賊に襲撃された時、二人とも命を落としました。アイリーンは天涯孤独の身。ノヴァもアイリーンも、互いに生涯を共にしたいと言っています。ならば、私はノヴァたちの好きにさせたいと思います」
ビディコンスが頷いた後、ノヴァとアイリーンを見る。
「二人とも、話に聞いていた通りに聡明そうだ。アルトゲイルの皇族や貴族ならば、能力が高いのも頷ける。二人が無事、女皇の目に留まって良かった」
テナーが尋ねる。
「それで、ノヴァ殿下やアイリーン様の名前はどうされますか? 今のウェルシュタインという名前は、リストリットが与えたものだと聞いています。本来の名前があるのであれば、それを名乗るべきでしょう」
テスティアが首を横に振った。
「いいえ、ノヴァが私生子であることは変わりません。私の、我が国の恥です。どうか、名前はこのまま、彼らの素性を隠してください。この借りは、何らかの形でウェルバットにお返ししたいと思います」
ビディコンスは満足そうに頷いた。
大国アルトゲイル皇国が隠したがっている恥部、その情報を握れたのだ。
金銭的支援に留まらず、軍事支援など、現在のウェルバット王国を救いうる支援を要求できるだろう。
私生子とはいえ、女皇の男児を手元に確保する事も出来た。人質と言って差し支えがない。
ノヴァの存在をちらつかせれば、必ず女皇を頷かせることができると確信していた。
ビディコンスはリストリットとノヴァたちに向かって顔を向けた。
「これからは、私とテスティア女皇で話をする。お前たちは下がりなさい」
リストリットは立ち上がり頭を下げた。
「わかりました。では私たちはここで失礼させていただきます」
そのままノヴァたちを伴い、茶会の席を後にした。
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廊下を歩くリストリットは悲しい瞳で口を開いた。
「父上のあんな姿は、できれば見たくなかったな」
ノヴァがそれに応える。
「これから国王は、僕を人質としてテスティアに全力で支援を求めるでしょうね。心に抑えが効かなくなっています。確かに、息子が見たくない王の姿だったでしょう。ですがウェルバット王国の窮状が救われる目処もついた、と言っていいのではないですか? 不幸中の幸いというところですね」
リストリットは溜息交じりに頷いた。
「ああそうだな。それについてだけは、胸を撫で下ろしている。アルトゲイル皇国が背後に付けば、そう簡単に脅せる国じゃなくなるはずだ。増税もしなくて済むかもしれない。お前らは、週明けからの学校に備えておけよ? 今の俺には、そっちの方が心配なんだ」
アイリーンが優しく笑った。
「リストリットさんたら、まだ自分の事より他人の事を心配するのね。お人好し過ぎるわ!」
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週が明け、ノヴァとアイリーンは学園に向かうための馬車に乗っていた。
送り迎えは世話係の侍女が二人、付き従っている。
何故か馬車の周囲には、騎士四人が馬で護衛に付いていた。
『これから毎日この時間に馬車に乗るのね。ちょっと眠いわ』
『ははは! アイリーンはしばらく、昼近くまで寝ている事が多かったからな。良い機会だ。生活を改めるがいい』
『でも、何故急に騎士の護衛が付いたのかしら?』
『俺たちはアルトゲイル皇国から支援を引き出すための大切な人質だからな。見張りを兼ねて護衛を付けたのだろう』
『まぁ、大変な事ね。私たちも目立って変な事は出来なくなるのかしら?』
『なに、俺の認識阻害魔法を防ぐことができる人間も、そう多くはないだろう。これまでと変わらず過ごせば良い』
馬車が学園に到着し、ノヴァとアイリーンは、侍女に手を取られて馬車を下りる。
校舎へ向かう二人の背に「いってらっしゃいませ殿下」と声がかけられ、二人が固まった。
『え?! 今、殿下って言わなかった?』
ノヴァが振り向いて、侍女の心を見通すように目を凝らす。
『……どうやら、護衛の騎士経由で俺たちが”アルトゲイルの皇族”ということが伝わったようだ。国王がそう扱うよう、急遽触れを出したらしい』
アイリーンはノヴァの顔を見て尋ねた。
『どういうこと? テスティアさんは”内密に”って話していなかった?』
『おそらく、国王の出した条件をテスティアが全て飲まなかったのだろう。脅しのつもりか。稚拙だな』
アイリーンが眉をしかめた。
『それってつまり、また条件を飲まなければ、私生子であることすらばらすぞ、という意味かしら。人としてどうなのかしらそれって』
ノヴァは特に気にする様子もなく、平然と歩き始めた。
アイリーンは慌ててその後を付いて歩く。
『それだけ、この国が置かれている状況が苦しいのだろう。あとはテスティアが巧くやる。心配するな』
二人が教員室に到着すると、一人の教師が外で立って待って居た。
まだ年若い、柔らかな雰囲気を持った教師だ。
「君たちが、今日から編入する生徒だね。アルトゲイルの皇族と聞いている。だがこの学園の中では、身分で上下が決まらない。そこは弁えておいてくれ」
ノヴァが応じる。
「はい、それは問題ありません。ところであなたは?」
教師が慌てて自己紹介を始める。
「すまない、言い忘れていたね。僕はムシュメルト、君たちの担任教師だ。授業もほどんど全て僕が受け持つ」
アイリーンがにこやかに挨拶する。
「ムシュメルトさんね。よろしくお願いするわ。私はアイリーン・ウェルシュタインよ」
「僕はノヴァ・ウェルシュタインです」
ムシュメルトが柔らかく笑い、頷いた。
「では教室に案内しよう」




