32.国王対策会議
リストリットは第二離宮の政務室で頭を抱えていた。
人払いをして、部屋の中にはニアだけが居る。
先程、国王の侍従からテスティア女皇も招くように伝えられたばかりだった。
「あ~! どうしてこう勘付くかなぁ! もう!」
「殿下は隠し事が下手ですからね。それに、テスティア女皇がノヴァくんたちと夜会で会話していたのは、多くの者が目撃しています。阻害魔法で会話している事までは認識させていないとノヴァくんが言っていましたから、長い時間見つめあった後、五人で控室に向かったように見えたでしょう」
リストリットは頭を抱えたまま机を見つめている。
「ほんと、どうするかな……さすがにこれは、俺だけじゃ対策は考えつかない。ノヴァたちに相談に行くか」
リストリットとニアは、ノヴァたちの居室に向かうため、執務室を後にした。
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「なんで、テスティア女皇がここに居るんだ?」
リストリットが訪れたノヴァとアイリーンの居室。
そこにはテスティア女皇の姿があった。
ノヴァの背後に恭しく控え、まるで傍仕えの様だ――いや、正しくノヴァの傍仕えではあるのだが、テスティア女皇としては、あってはならない姿だろう。
ニアも呆気に取られながら呟く。
「なんで誰も騒がないの……」
ノヴァが軽く笑いながら応える。
「テスティアは今、人間が認識できないよう、神の力で認識を阻害しています。彼女がここに居る事を意識できる人間は、リストリットとニアだけですよ」
リストリットは頭を掻きながらノヴァたちの正面に腰を下ろした。
紅茶が給仕されるが、侍女たちがテスティアを気に留めている様子はない。
「じゃあ、俺たちがしている会話はどうなってるんだ?」
「僕たちの会話は、僕が認識阻害魔法で認識させていません。当たり障りのない会話をしているように感じているはずですよ。会話の内容も記憶に残らないほどのね」
アイリーンが尋ねる。
「それで、急にどうしたの? 忙しいリストリットさんが朝からここに来るなんて、珍しいわね」
リストリットが疲れたように事情を説明しだした。
「陛下に、お前たちの事を隠蔽して説明した。だが、何かを勘付かれて、お前たちと直接会いたいと言われている。その時に、テスティア女皇も一緒に来て欲しいと。どうしたらいいと思う?」
ノヴァが苦笑いを浮かべて応える。
「僕らの事を、なんと説明したのですか?」
「言語も操れない孤児が珍しいから、教育するために連れて来たと言った。名前以外何も覚えていない、とも」
「では、古代遺物の事はなんと? 必ず聞かれたでしょう?」
「既に漁られた後で、何も成果はなかったと伝えた。竜峰山は未だ、竜が多数生息する難所だ。あそこに確認に行ける国は、そうはない。少なくとも我が国に、そんな人員は居ない」
ノヴァが思案しながら尋ねる。
「僕らの様な古代遺物は、よくあるのですか?」
それに対して、テスティアが応える。
「これまで人間が所有した古代遺物は全て把握しておりますが、生きたホムンクルスは初めてです。古代遺物と言えば、持ち運べる魔導機材や取り外せる構造物用の魔導装置です。古代遺跡そのものが古代遺物と同じ先史文明の技術の結晶という認識も、一般的ではないくらいです。先史文明の技術は未だ謎に包まれた神秘の世界。ウェルバット国王も生体であるノヴァ様たちを、すぐに古代遺物に結び付けることは難しいでしょう」
ノヴァが再び思案する。
「……では、僕らはアルトゲイルから流れてきた孤児、ということにでもしましょうか。テスティアは僕らに、アルトゲイルの血統を感じたので観察していた、とでも言えば何とかなるでしょう。僕らの身体的特徴に、アルトゲイル独特のものがあったりしませんか?」
テスティアが恐縮しながら応える。
「いえ、特にこれと言ってそういう特徴はありません。知り合いの面影を感じた、とでもするしかないかと」
ニアがそれに意見を述べる。
「女皇の知り合いって、それって王侯貴族ってことになるんじゃない? 大丈夫?」
テスティアがそれに応える。
「ならばいっそのこと、畏れながらノヴァ様たちを我が子、とさせて頂けませんか。乳母に預けていた我が子が、賊に攫われ行方不明になっていた、と。不名誉な事なので伏せていたと言えば、通用するかと思います」
アイリーンが意見を述べる。
「でもそれなら、いつ頃攫われたのかしら? 物心つくころなら、アルトゲイルの言葉を話せてもおかしくないわ。それに、アルトゲイルの女皇の子なら、他国にも存在が知られているはずよ?」
ノヴァが意見を述べる。
「ならば、私生子とするしかないでしょう。国内ですら存在を隠されるような子供でなけばいけません。さらわれて名前以外を忘れる程幼い頃、そうですね、七年から十年が妥当でしょうか。そのくらいに攫われたということにして、僕らは人買いからなんとか逃れ、ピークスに流れ着いた。そういうことにしましょうか。僕とアイリーンが兄妹になってしまいますが、そこは諦めるしかないでしょうね」
テスティアが応える。
「いえ、アイリーン様は乳母の子、とすれば良いかと。それならば、血縁関係はなくなります。アルトゲイルは秘密主義の国。他国に国内の情報はほとんど漏れません。調べても露呈することはないかと思います」
リストリットが大きく息を吐いた。
ゆっくりとカップを傾け、紅茶を飲み干した後、口を開く。
「なんとかなりそうだな。じゃあ詳しい事情はお前たちの口から説明することにしよう。俺は嘘が下手らしいから、なるだけ事情は知らない事にする。茶会は明日の午後だ」
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ウェルトは書斎の机の前に座り、いつものように勉強に集中していた。
だが、突然立ち上がり、机の上の物を薙ぎ倒し床に払いのけた。本やペン、インクが床に散乱し、無残な有様を晒している。
「何故だ……どういうことなんだ」
ウェルトの開発した魔力回復薬を上回る新薬が開発された――その事が、ウェルトの耳にも入ってきていた。
依存性がなく、ウェルトの開発した薬よりも効能が高く、さらに原価が安い。認可されれば、市場からウェルトの開発した薬は姿を消すだろう。
己が残せた、唯一己がこの世に存在した証。それを完全に否定する薬を、子供が開発したのだと聞いた。
自分がその薬を開発したのも、若い頃だった。近い年齢の子供が開発したとしても、そう不思議ではない。
だが、己の能力の低さを突き付けるような結果に、ウェルトは納得ができなかった。
これほど勉学に打ち込んでも、あれを改良する事ができなかった。
自分はただ、この国の窮状を救いたい、それだけだ。そんな思いが全く報われず、時だけが過ぎていく。
今はもう、若さも失われた。自分に人望がないことも知っている。そんな自分には、何も残す事などできないのだと、突き付けられ苛立っていた。
一通り部屋の中で暴れまわり、書斎が見るも無残な姿に変わった頃、ようやくウェルトは床に腰を下ろした。
――救いが、救いが欲しい。
それは、この王宮にはない。
エウセリア正教の教会に行っても、救いは得られなかった。
それでも救いを求め、外出用の黒い長衣を着込み、頭巾を目深にかぶった――これでもう、自分を王族だと気づけるものは、誰一人としていない。
書斎から抜け出し、第一離宮の廊下を歩く。
自分が命令した事とはいえ、第一離宮には人影がほとんどなかった。
傍仕えどころか、使用人の姿も、衛兵の姿すら中にはない。掃除もろくにされておらず汚れ放題で、内部は廃墟と呼ばれても否定できない有様だった。
守りは離宮の正面に、申し訳程度に衛兵が立つだけだ。
ウェルトはいつものように、離宮の裏口から王宮を抜け出し、街へ向かって歩いていった。




