31.国王の帰還
――第二離宮の執務室。
あの後、五人は控室から出て、ノヴァとアイリーンは居室へ戻った。それ以外の三人は再び夜会へ戻り、テスティアは他の人間と言葉を交わしていた。
テスティア女皇を歓迎する夜会が無事終わり、テスティアは滞在先へ帰り、リストリットたちは私室ではなく、執務室に戻ってきていた。溜まった政務をもう少し片づけたかったのだ。
リストリットは部屋に入るなり、執務席に乱暴に腰かけ、静かに息を吐いた。
「はぁ。疲れた。ノヴァの側近と名乗っていたな。これから一週間、テスティア女皇がこの国に滞在する間、ノヴァの傍に居ようとするかもしれん。そうなるとあんな空気が続くのかね」
傍に控えるニアも、疲れを隠し切れない。
「未だに信じられません。でも、女皇に言われたように、工房用地の選定を手早く進めないといけません。やることが増えましたたね」
「全くだ。陛下もそろそろ帰国する。そうしたらお前との婚姻の話も進めにゃならん。目が回る忙しさだな」
リストリットの目が、一通の報告書に落とされている。
「この上で、また新しい問題か。頭が痛いよ」
「殿下、何があったのですか?」
「どうやら、国内で異教が勢力を増しているらしい。エウセリア正教から信徒を奪い、着実に勢力を増しているそうだ。教義に問題があって、見過ごすわけにはいかない」
「問題とは、どのような?」
リストリットの表情が険しくなる。
「人間を生贄にする儀式を行うらしい。最近増えてきた行方不明者は、儀式の犠牲者ではないか、と報告にある。だが、何故か貧しい民衆を中心に信徒が増え続けている、とな。内部に入り込んだ諜報員は、ことごとく連絡が途絶える。厄介な相手だ。連絡が途絶える前に集められた情報が、人間を生贄にするらしい、というところまでだ。どうも、儀式を経験した後、すぐに連絡が途絶えるようだな。儀式の内容を報告できた諜報員が居ない。儀式の際中か、その帰りで何かあるんだろう」
ニアの表情が強張る。
「恐ろしいですね。どう対処なさるんですか?」
「我が国の諜報部は貧弱だ。これ以上人員を欠損するわけにはいかない。しばらくは内部潜入するのを控えて、外部から攻略するしかあるまい。他国でも活動している異教かもしれん。国外の活動状況を調査させ、そちらを優先させる。指示は既に出してある」
「その異教の名前は何というのですか?」
「――デルグ・エスト教。俺たちからすれば、邪悪な宗教だな。この報告も、陛下にしなけりゃならんな」
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三日後、ウェルバット国王ビディコンスが王妃テナーと共に王都に戻った。
帰国当日、国王と王妃は早速テスティア女皇と面会し、不在を詫びた。その後、溜まっていた国王の決裁を求める書類を片付けて行った。
翌朝、リストリットはビディコンス、そしてテナーと朝食を共にしていた。
「父上、こうしてテーブルを共に囲むのは久しぶりですね」
ビディコンスは疲れ切った笑顔でそれに応える。
「そうだな。お前も私も、あまり共に食事をすることはなかったな――それで、改まってどうした? 報告書は読んだが、問題は山積みのままだな」
リストリットは咳払いをしてから、改めて父親の顔を見た。
「実は、伴侶となるべき女性を決めました。父上には、彼女と私の婚姻の許可を頂きたい」
ビディコンスは僅かに笑みを柔らかくした。
「そうか、ニアと所帯を持つ決断を、ようやくしたのか。十年――長くかかったな」
リストリットは照れながら応える。
「申し訳ありません。友人に背中を押され、ようやく結果を出せました。では、許可を頂けるということでよろしいですか?」
ビディコンスは頷いた。
「もちろんだとも。王子妃ともなれば、ニアも苦労が多いだろう。お前がきちんと支えてやりなさい」
テナーもまた、嬉しそうに笑った。
「傍から見ていて、いつくっつくのかと、やきもきしていたのよ? ようやくけりが付いて、心配事が一つ減ったわね」
リストリットも笑い、明るい雰囲気が場に流れた。
再び食事を進めようとするビディコンスに、リストリットは再び声をかけ、真剣な顔で尋ねる。
「父上、ミドロアル王国との交渉はどうなりましたか?」
ビディコンスは難しい顔になり、ゆっくりと口を開く。
「やはり、献上金を寄越せ、という事になった。減額や期限の延長を交渉したが、応じては貰えなかった。三か月以内に、再び献上金を渡さねばならん。なんとか軍事予算を割けば応じられる額ではあるが、来年の増税は免れなくなった。国民の不満は大きくなるだろう――リストリット、お前は竜峰山の古代遺跡に赴いたそうだな? 古代遺物を手に入れる事は出来なかったのか?」
リストリットは予定通り渋面を作り、前もって考えていた言い訳を述べる。
「申し訳ありません父上。古代遺跡は既に漁られ、遺物は持ち去られた後でした。目ぼしい物は見つからず、成果はなにもありません」
ビディコンスは落胆し、大きく溜息を吐く。
「そうか。もしかしたら、と思ったのだがな。古代遺物があれば、この窮状も脱する可能性があるのだが――ところで、お前は孤児の子供を二人、ピークスで拾ってきたそうだな。お前の奇行はいつもの事だが、どういった理由で連れて来た子供なんだ?」
リストリットは内心の動揺を隠しながら、薄く笑って見せた。
「彼らは見たところ、十四歳前後です。成人間近で言葉も満足に話せぬ孤児というのも珍しいと思いまして。見るに見かねて、彼らに教育を施そうと連れてまいりました。そうしたら彼らには高い学力を修める能力があることがわかり、胸を躍らせているところです。週明けから、彼らにはアルテイル魔導学園に通わせることになっています」
テナーは驚き、口元を抑えた。
「あら、あの学園の編入試験を突破したというの? 言語も話せなかった孤児が? どういった生まれの子なのかしら。不思議ね」
リストリットは頷いて応える。
「ウェルバット語も短期間で習得しましたし、とても高い能力を持っていますね。ですが、彼らは自分の名前以外覚えていないそうです。素性を辿るのは難しいでしょう」
ビディコンスは納得するように頷いた。
「そうか。お前が難しいというのであれば、そうなのだろう。だが一度、直接会ってみたい。場を設定してくれないか」
リストリットは頷いた。
「わかりました。父上がそう仰るのであれば、この週末に茶会の席を設けましょう。では私は政務が溜まっておりますので、これで失礼いたします」
そう言うと、リストリットは朝食を中断し、足早に第二離宮へ向かい、その場を後にした。
残された国王ビディコンスと王妃テナーが、静かに食事を続ける。
これまであまり共に過ごすことができなかったとはいえ、実の息子だ。二人とも、リストリットが何かを隠していることはわかっていた。
スープの皿に向かうビディコンスにテナーが顔を向け、語りかける。
「ねぇあなた。あなたはどう思う?」
「あいつは隠し事が下手だからな。事情がある子供なのだろう。裏で調べさせたが、あいつが口にしたこと以上の情報は得られなかった。子供らの世話係も、怪しい所はないと言っている。あいつにしては珍しく、相当慎重に事を進めたようだな」
「アルトゲイルのテスティア女皇が、夜会で子供たちと見つめあっていた、という話も耳にしています。あの国と何か、関係がある子供たちなのかもしれませんね」
ビディコンスは頷いた。
「おそらくはな。後でリストリットに、茶会にはテスティア女皇も招くように伝えておくか。その方が話が早そうだ」
国王と王妃は、その後静かに朝食を平らげ、それぞれの執務室へ向かっていった。




