30.御心のままに
テスティアの顔が苦渋に満ちる。
『それは……申し訳ありません。出来かねます。私一人が管理している訳ではありません。他の者も、私とは別の方法で人間社会に関与を続けています。ならば、彼ら全てにノヴァ様の御心を伝えきるまで、私は現状を維持する必要があると愚考します。新しき神々全てにノヴァ様の御心が行き渡った後、時間をかけて人間が自立する社会へ作り替える――そういう形にしなければ、人間社会も混乱をきたすでしょう。それまでは、現状を耐えて頂くしかありません』
リストリットが意見を述べる。
「なぁ、今のノヴァは、力が著しく弱まっているんだろう? そいつらの方が、今のノヴァより強い事の方が多いんじゃないか? なら、ノヴァに反抗する神も出てくるんじゃないか?」
テスティアが顔を伏せたまま応える。
『中にはそういうものも出るでしょう。ですが、私より強い力を持つ神は存在しません。私がノヴァ様の傍に居る限り、必ずノヴァ様の御心を理解させて見せましょう。我が名に懸けて、ノヴァ様を守り切って御覧に入れます』
ノヴァが再び胡乱気に尋ねる。
『ブルームスベイルゲイルは今どこに居る? あいつなら、お前に匹敵する力を持つ。あいつはお前ほど俺に従うとは思えん。あいつが俺に逆らえば、激しい戦いとなるだろう』
テスティアが恭しく応える。
『ブルームスベイルゲイルは人間社会を放浪し、剣士として人間に害ある存在を滅しているという所まではわかっています。ですが現在の居場所までは把握しておりません。連絡する手段も、ノヴァ様御本人以外にはありません』
『何故だ? お前と奴は近い存在だ。お前たちなら意思の疎通ができたはずだが』
『ブルームスベイルゲイルが私を拒絶しているのです。彼が拒絶できないのは、ノヴァ様御本人の御力のみでしょう』
ノヴァが思案する。
『今の俺にそれほどの力はない。身体の許容量が足りんからな。例え身体を作り替えても、多少力が強くなるのが限界だろう。この身体でいる限り、どうしようもない問題だ。そして俺は、この身体を捨てるつもりがない。少なくとも、アイリーンがこの世界で共に在りたいと願う間はな』
テスティアが進言する。
『では、星幽界に置いてこられたという、力の本体と経路を繋ぐのはいかがでしょうか。身体にお力を入れることはできなくとも、今よりは強いお力を扱えるようになるはずです』
『俺が残してきた記憶と力は、星幽界の奥深くに封印している。どこに隠したかまでは思い出せぬし、俺の力だけではそこまで経路を繋ぐことも出来ん。それに、今の身体である限り、限界はどうしてもある。結果は大差ないだろう。この身体が失われれば、俺の人格は元の力の元へ帰るだろうが、結局、この身体を維持する限り今と何も変わらん』
不意にアイリーンが目を瞑り、胸のネックレスを握りしめた。
『――ねぇノヴァ。テディがあなたに恩返しをしたいって言ってる』
ノヴァがアイリーンに振り向く。
『どういう意味だ?』
『テディが私を通じて、今の話を聞いていたの。自分があなたの本体を探すって。テディは星幽界に居て、あなたの気配も知っている。探し出せるんじゃないかしら』
ノヴァが考え込み、しばらく黙り込んだ。
『……二千五百年を生きた古竜とはいえ、俺が隠した力を探し出せるとは思い難いが……テディがやりたいと言うのだ。試しに頼んでみるか。アイリーン、テディにそう伝えてくれ』
『わかったわ――任せておいて欲しいって。張り切ってるわ。私と再び共に在れるようになったのが、心の底から嬉しいって言ってる。テディならきっと探し出してくれるはずよ』
ノヴァが柔らかく笑った。
『そうか――偶然そうなっただけだ。そこまで恩義に感じる必要など、ないのだがな。律儀な竜だ。何百年かかるかわからないが、気長に待つとしよう』
場の空気が和み、ようやくニアが息を吐いた。
「ふぅ。アイリーンちゃんありがとう。場が張り詰めて、とても私が口を開ける空気じゃなかったわ。これでようやく意見が言える――ねぇ、テスティア女皇。あなたなら、アイリーンちゃんの身体を作り替えることができる工房を用意する事も可能なんじゃないかしら。先史文明最先端と同等の工房を、現代に構築する事ができるんじゃない?」
テスティアがノヴァを見た。
『ノヴァ様、この人間は何者ですか? リストリット王子の側近と見ましたが』
ノヴァが苦笑しながら応える。
『我が友、リストリットの伴侶だ。もう一人の我が友と心得よ。不敬は目を瞑れ』
テスティアが恭しく頭を下げる。
『承知致しました――先史文明最先端の技術水準、ということですが、詳しく事情をお伺いしてもよろしいでしょうか』
ノヴァがそれに応える。
『今のアイリーンはホムンクルスの身体を操るのに、人間の魂を使っている。だがそれでは出力が足りず、自力で意識を維持することができん。今は俺が補佐魔法で補っているが、その必要をなくすため、そしてアイリーンが今の俺と同等の存在と成る為に、アイリーンの身体と魂を俺が作り変えたい。それが可能な工房を用意したい。可能か?』
『御自ら手を付けたい、というのであれば、私が手を出すべきではありませんね。今のノヴァ様が使える工房ならば、アルトゲイル皇国の国内技術を用いれば、先史文明最先端には及びませんが、現代最先端の技術水準の工房構築が可能です。おそらくそれで対応できるかと――では、直ちに技師を派遣させ、この国に工房を構築させましょう。リストリット王子、工房用地を用意してください。広さは最低でもこの部屋程度が求められます』
ニアが疑問に思い、テスティアに尋ねる。
「アルトゲイルには、魂を加工する技術が残っていた、ということ? 初耳ね。他国に流通している魔導技術とはあまりにかけ離れているわ」
テスティアがニアを見て応える。
『先史文明の技術、その一部を、アルトゲイル皇国は保有しています。国外に流出しないよう制限していますが、ホムンクルスの身体を改変し、人間の魂に手を加える――それくらいは、今のノヴァ様の力を使えばなんとか可能でしょう。今のノヴァ様は、先史文明の魔導技術までが扱える範囲の御様子。ならば、その工房で望む処置ができるはずです――私自ら手を下して良いのであれば、今すぐにでも改変して御覧に見せます』
ノヴァが苦笑してそれを制する。
『それは控えよ。俺はアイリーンを他者の手に委ねる気はない。俺自ら処置する。お前は見ていて歯がゆいと思うが、耐えよ。だが、施術の補佐を行え。俺一人でやるよりも、良い結果を得られるだろう』
テスティアが頭を下げる。
『御心のままに』




