3.第一王子ウェルト
第一離宮の書斎、そこに第一王子ウェルトは居た。
陰気な顔で書物を読み漁り、軍事技術を何とか向上できないかと模索を続けている。
だが、若い頃は秀才と持て囃された彼も、成年すると共に結果を残せなくなっていった。
人望がなく、結果も残せない男――それが第一王子ウェルトの評価だった。
今日も政務を放置し、成果の見込みがない勉強に打ち込んでいた。
傍仕えすら周りに居ない――当たり散らすウェルトが、人が傍に居る事を嫌い、追い払ってしまうのだ。
書斎の周囲は無人で、静寂に包まれている。
リストリットは溜息を吐いてから、書斎の扉を叩いた。
「兄上! お話があります! 兄上!」
しばらくすると中から気配がして、書斎の扉が開かれた。
わずかに開いた扉から、陰気なウェルトの顔がのぞく。
「兄上、陛下が不在の折に、私も外出しなければならなくなりました。王都の政務を、よろしくお願いします」
ウェルトはリストリットの顔を胡乱気にまじまじと見つめた後、一言告げる。
「わかった。お前はとっとと行け」
言い終わると、ウェルトは書斎の扉を閉め、椅子に腰かけ勉強を続け始めた。
その気配を部屋の外から察知していたリストリットは、大きく溜息を吐いてその場を後にした。
リストリットは宰相に会い、「不在の間はよろしく頼む。なるだけ早く戻る」と伝え、一旦、自分の執務室に戻っていった。
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執務室に戻ると、わずかに明るいニアの表情に気が付いた。
「どうしたニア、何か思いついたのか?」
「やってみなければ分かりませんが、ある程度の効果は見込めるはずです。道中でピークスに立ち寄る必要があります。それと、大量の魔力回復薬も必要です」
わずかに眉をしかめたリストリットが尋ねた。
「大量の? あれは大量に服用する薬じゃないぞ?」
「魔法を維持しながら山を踏破する必要があります。回復薬がなければできない事です。副作用は飲み慣れていますから、何とかなります」
リストリットは顎に手を当て考え始めた。
「……その魔法は何人まで対象とできる?」
「私と、もう一人が限界でしょう」
リストリットは再び思案し、結論を出す。
「魔力回復薬は持って行こう。その魔法の準備はする。だが先に他の人手を募ろう。クランの腕利きに声をかける」
”竜殺しのリスナー”が設立した冒険者クラン”金の翼”は、王都でも有数の強豪クランだ。
”リスナー”に憧れて多数の腕自慢が在籍していた。彼が声をかければ、それなりに人手が集まるだろう。
彼らの助力が得られれば、ニアに魔力回復薬を多量に服用させる無茶は、させずに済むはずだ。
リストリットの考えを即座に理解したニアが頷いた。
「では先にクランに赴いて手配をしてきます。殿下は出立準備が済み次第、クランにいらっしゃってください」
そう言い残し、ニアは足早にその場を去っていった。
彼女もまた、”魔導士アンジェーリカ”という名前でクランに在籍する魔導士の一人だった。
ニアを見送った後、リストリットは魔力回復薬を集めるよう指示を出し、”竜殺しのリスナー”になる準備を始めた。