29.世界の裏
ノヴァが明らかに不機嫌になった。
『……神が人間を管理する社会、か。何故だろうな。それを聞いて、俺のはらわたが煮えくり返る思いだ。記憶がないというのに、不思議なものだ。テスティアルトゲイル、貴様に心当たりはあるか?』
テスティアが畏まりながら応える。
『ノヴァ様は神が人間を管理する社会を嫌っておいででした。かつて物質界では古き神々が人間を管理する社会を運営していました。ですがそれを破壊する為、最高神である父君を殺し、古き神々と敵対しました。そして古き神々を天界に封印し、また天界そのものを世界から隔離ました。そして新しく人間が人間を管理する社会をこの物質界に作られました。そのようにノヴァ様御本人から伺っております』
ノヴァが思案した後、テスティアに尋ねる。
『しっくりくるな。なるほど、俺は神が人間を管理する社会に反吐が出ている、ということか――では聞こう。それを知っていて、俺の右腕を名乗るお前が何故、俺が唾棄する社会を作り上げた?』
テスティアは身を縮めながら応える。
『はっ! 二千五百年前、人間は発達した魔導技術を用いた戦争を起こし、大陸から文明が消失し、人類が死滅しかける程の事態に陥りました。我々、新しき神々がわずかに残った人類を保護し、導くことで死滅から人類を救い、長い年月をかけて文明を復興させました。我々新しき神々は、人類は高位の存在に管理されなければ自滅する生物だと結論づけ、以来、畏れながら私がノヴァ様の代理となり、人間を導いてまいりました。それが現在の大陸に在る文明と人類の姿です――逆にお伺いします。何故ノヴァ様は、二千五百年前の死滅戦争を見過ごし、人類が死滅しかかる事をお許しになったのですか。何故、あの時にお言葉を頂けなかったのでしょうか』
ノヴァが険悪な表情で応える。
『二千五百年前、か。ならば、俺はこの身体に俺の魂を降ろす事を許可し、意識のない時だな。ヴォルディモートがこの身体に俺の魂を封じた後、間もなく人類は大規模な戦争を起こしたか。間の悪い話だ――俺は長い年月、そこのリストリットに起こされるまで、自力で目覚めることができなかった。お前たちに指示を出せなかったのはそのせいだ――だがテスティアルトゲイルよ。人類はそう簡単に死滅する事はない。しぶとい生物だ。仮に死滅するとしても、その程度の知的生命体だった、それだけの話だ。神が人間を管理する社会などという、下らぬ世界を許す理由にはならん。俺の右腕であったなら、それくらい理解していたはずだ。違うか?』
ノヴァは少しずつ遠い記憶を手繰り寄せながら、テスティアに言葉を投げかけた。
テスティアが更に身を縮めながら応える。
『それは、重々承知しておりました、ですが新しき神々の間でも様々に意見が割れ、私も迷い、しかしノヴァ様が不在の間に人類を死滅させる訳にはいかないと総意が取れました。その為には、神々が人類を管理する社会以外に方法を思いつかなかったのです。人類は放置すれば自滅する生命体――それが、私たちの結論でした。古き神々は、正しかったのです。ノヴァ様、どうか御考え直し下さい』
逆鱗に触れられたノヴァが、遠い記憶を呼び覚まし、テスティアを鋭く睨み付けて吼える。
『――くどい! 同じことを言わせるな! 俺は古き神々の管理する社会に唾棄し、破壊した。高位の存在に管理されている間は、人間がより高みに登る事などできん! 停滞する知的生命体に価値などない! 進化してこそ存在する意味があるのだ! 自滅する可能性など、当然理解している! それでもなお、自力でそれを乗り越え得ると信じ、人間の進化を見守る。それが新しき神々の世界だ! 見守り切れずに管理に手を出すなど、我が配下の資格を持たぬと心得よ! 我が右腕、”白き輝き”テスティアルトゲイル! 貴様に我が配下の資格はない! 俺の力が万全なら、今この場で俺の権能に戻しているところだ!』
テスティアはノヴァの言葉に怯え、身を縮めて震えている。叱りつけられることは覚悟の上の行動とはいえ、ここまでの怒りを買うとは思っていなかったのだ。忠誠心が高いテスティアに取って、配下の資格がないと言われること程辛いことはなかった。
その様子を見かねたアイリーンが、激高するノヴァの肩に触れ、語りかける。
『ノヴァ、記憶が少し戻ったの? それにちょっと落ち着いて? あなたが居なかったのだもの。その間に人間を死滅させたくないという使命感が勝ったのよ。間が悪かったの。その時にあなたが傍に居れば、問題はなかったはず。間接的に、今の神々による人間管理社会を作り上げてしまった責任は私に在るわ。私を蘇らせ、孤独にさせない為にあなたがその身体に封じられることになった。そのせいで新しき神々が迷ってしまった。ここは、私に免じて、テスティアさんを許してあげて? お願いよ。テスティアさんがさっきからとても怯えて、見て居られないわ』
ノヴァの目が、懇願するアイリーンに向けられた。
アイリーンは悲しい瞳でノヴァをまっすぐ見つめている。
その瞳を見て、ノヴァが怒気を納めた。
『……お前を悲しませるつもりはなかった。済まない。いいだろう。アイリーンに免じて、新しき神々の罪を不問に付す。テスティアルトゲイルよ、お前は引き続き、我が配下として在るが良い。貴様らはアイリーンに感謝しろ――ブルムースベイルゲイルはどうした? お前たちは二柱で一つの存在。ならばテスティアルトゲイルの傍には奴が居るのではないのか?』
リストリットが空気を読まずに尋ねる。
「なぁノヴァ、誰なんだ? その、ブルームなんちゃらってのは。初めて聞く名前だ」
ノヴァが機嫌を直しつつ応える。
『”黒き閃光”ブルームスベイルゲイル。もう一柱の我が右腕だ。テスティアルトゲイルもブルームスベイルゲイルも、元は俺の権能、つまり能力だった。それを俺から分離し、人格を与えた存在がこいつらだ。俺に対するすべての害意を防ぐテスティアルトゲイルと、俺の敵を全て滅ぼすブルームスベイルゲイル。こいつらが居なければ、俺の力など半減もいいところだ』
テスティアが顔を上げ、ノヴァを見上げた。その表情は喜びに溢れている。
『ノヴァ様! やはり、お記憶が戻られたのですか!』
ノヴァは首を横に振った。
『いや、まだ全てではない。今思い出せたのは僅かな事だ。故に、今使える力は、変わらず大したことはない。俺の記憶と力の大半は星幽界に残してきている。この身体に収まりきらぬからな。人格の全てはなんとかこの身体に降ろしたが、それでほとんどの許容量を使い切った。未だ、俺よりもテスティアルトゲイルの力が強い状況は変わらぬ』
テスティアが頭を下げ、口を開く。
『やはり、ノヴァ様御本人なのですね。それがわかっただけでも十分です。私はあなた様の忠実なる配下。力の差が逆転しようと、私はノヴァ様に仕え続けます。なんなりとご命令をください』
ノヴァが胡乱げにテスティアを見た。
『ならば今の、神が人間を管理する社会を即刻廃止せよ』




