27.編入試験
応接間に入ってきたのは、和やかな笑みを湛えた老年の男性だった。
「リストリット殿下の近衛魔導士ニア様ですな? この学校の理事長を務める、ウェシュゲットと申します。この子たちが本日、編入試験を受けるノヴァくんとアイリーンさん、ということで間違いないですか?」
ニアは立ち上がり、ウェシュゲットに会釈した。
「ええ、彼らで間違いありません。理事長自らとは恐縮です」
ウェシュゲットは和やかな笑みのまま応える。
「いえいえ、リストリット殿下直々の要請とあれば、私が出るべきでしょう。ですが彼らは少し前までウェルバット語を操る事すらできなかった孤児だと聞いています。本当に本学園に通わせるおつもりですか?」
ニアは苦笑を浮かべ応える。
「私も問題が多いのでは、と進言したのですが、殿下はここでも彼らの能力には足りないだろうと仰り、譲られなかったのです」
ウェシュゲットは少し困ったように応える。
「確かに、本学園より学力の高い学校はそう多くありません。その中では最も規則が緩く、自由な校風が特徴の我が学園は、一番マシな選択でしょう。それでも、問題は多いと思います。ですが、それも編入試験を突破して初めて問題となる。まず、試験を受けて頂きましょう。そこで壁の厚さを実感して頂けると思います」
言葉は柔らかいが、要するに「孤児風情がこの学園に通えるわけがないだろう」と言い切った。
あまり歓迎されていないと感じたアイリーンが、不安げにニアに尋ねる。
「ねぇニアさん。私たち、歓迎されてないのね。何故かしら?」
ニアも困ったように応える。
「ここは王侯貴族の名門校。格式と伝統に誇りがあるのよ。孤児が通えるわけがない、と言われてしまうのは仕方がないわ。悔しかったら、試験で見返すしかないの」
「ではそうするわね。あの程度の水準で私たちを追い返せると思っていたら大間違いだと、思い知らせてあげないといけないわ」
ウェシュゲットは目の前で繰り広げられた会話が信じられなかった。
何故、孤児風情がこうも自信満々なのか、その根拠が分からなかった。
「……いいでしょう。では試験会場へ案内します」
ニアを応接間に残し、ノヴァとアイリーンはウェシュゲットの後に続いて試験会場へ向かった。
試験会場は、広い教室に机が段を作って並んでいる。普段はこの机に、生徒たちが大勢並んでいるのだろう。会場内には誰も居なかった。
ウェシュゲットが説明する。
「君たちはその机に座って試験を受けてもらいます。試験官は私が自ら努めますから、不正行為があればすぐにわかりますよ」
ノヴァとアイリーンは何も言い返さず、示された席に静かに着席した。
『不正行為ですって。失礼しちゃうわ』
『黙っておけ。聞かれるぞ』
不正行為検知の魔法術式が張られているのを見て、今は認識阻害魔法を切っている。
先史文明言語を聞かれても意味は解らないだろうが、不正行為とみなされる可能性がある。
アイリーンは仕方なく、黙って編入試験の問題を受け取り、机に広げた。
筆記用具を用意し。準備万端である。
ウェシュゲットが時計を確認しながら声を上げる。
「では開始してください」
ノヴァとアイリーンは静かに問題を解き始めた。
三十分後、二人の回答用紙がウェシュゲットに提出された。
「もういいんですか? まだ時間は三十分残っていますよ?」
「だって、もう書くところは残っていないもの。問題は全て解いたわ。このあと私たちはどうしたらいいのかしら?」
ウェシュゲットは素早く回答用紙に目を通していく。
確かに、すべての解答欄が埋まっていた。
「……いいでしょう。これから採点をします。少し待って居てください」
ウェシュゲットはその場で素早く採点を開始するが、一般常識問題にいくつか誤答があるだけで、残りは正答が書かれていた。編入合格ラインを余裕で越える点数だ。
――不正行為は見つけられなかったはず。言語も知らない孤児が、何故ここまでの学力を持っている?
ウェシュゲットは疑問に思い、二人に質問を投げかけた。
「君たちは、ここまでの学力をどうやって得たのですか?」
「昨日、ニアさんから参考書を受け取ったわ。それで充分よ」
”一日あれば充分”と言いきられ、ウェシュゲットは言葉を失った。
不正行為がなかったのであれば、類を見ない程の学力だ。この学園でも足りないと言われても仕方がない。
そして熟練の教師としての自負を持つウェシュゲットでも、彼らの不正行為を見つけることができなった。
検知用の魔導術式も、彼らが魔導を使っていない事を示していた。
つまり、これが彼らの実力なのだ、と理解した。
「……いいでしょう。編入試験は問題なく合格です。では、応接間に戻りましょう」
ウェシュゲットに連れられ、二人はニアの待つ応接間に戻ってきた。
「二人とも、もう終わったの?」
「思った通り、簡単だったわ」
ニアはウェシュゲットの顔を見て尋ねる。
「二人はウェシュゲット理事長の目から見て、どうでしたか?」
「……途方もない学力、というしかないですね。本学園の授業で彼らに満足してもらえるか、その自信すらなくなりそうです。後は、編入後、生徒たちと問題を起こさなければいいのですが、それは難しいでしょう。生徒たちは全て貴族子女。孤児が通うとなれば、必ず軋轢が生まれます。色々と問題が発生するのは避けられません。その覚悟が、二人には有りますか?」
アイリーンが笑顔で応える。
「実力で黙らせてみるわ」
力強い回答に、ウェシュゲットは再び言葉を失った。
だが、こうも力強く即答できる強かさがあれば、なんとか学園生活を送れるのではないか、そう思えた。
「わかりました。我が学園へようこそ。ノヴァくん、アイリーンさん。君たちの編入は一週間後の週明け、ということで間違いありませんか?」
アイリーンがニアに振り返り、ニアが頷く。
アイリーンがウェシュゲットに振り向き、笑顔で応える。
「間違いないそうです。では、これからよろしくお願いします!」




