26.新薬開発
ニアはノヴァに指定された素材を、倉庫を逆さにする勢いで探し出し、一時間ほどで工房に戻ってきた。
両手に抱えた木箱を、工房の机の上に丁寧に置いた。
「どう? ノヴァくん。指定された素材は揃っているでしょう? 全て探し出すのは苦労したわよ……」
ノヴァは木箱の中の素材を丁寧に机の上に並べて確認すると、頷いてみせる。
「ええ、問題ありません。あとは加工して調合するだけですね。改良は今後の課題ということにして、まずは副作用のない回復薬の土台を作りましょう」
ニアに機材の使い方を念のために教わりながら、ノヴァとアイリーンが素材を次々と加工し調合していく。
小一時間程で新薬の試薬が出来上がっていた。
ノヴァとアイリーン、ニアが、それぞれ検査魔法を発動させて成分を確かめていく。
ノヴァとアイリーンは満足そうに頷いている。
「大丈夫そうですね。依存性のある成分はありません。効能も従来品より高いくらいです」
「この時代の技術で最初に作る魔導薬としては、上出来だと思うわ」
ニアは呆気に取られながら感想を告げる。
「信じられないわね。本を読んでたった一時間で新薬が本当にできてしまうなんて」
アイリーンがため息交じりに応える。
「だから言ったじゃない。既存品は子供でもマシなものを作る水準だって。これだって、十歳ぐらいの子供が学校で作るような水準よ? 加工技術の制限があるから、この程度しか作れないというだけ。それにあくまでも副作用がない回復薬の土台でしかないわ」
ノヴァが試飲し、効能を確認する。
「……味は問題ありません。効果も思った通りです。これからはこの薬を主食としましょう。改良品は加工技術に制限がある以上、素材の改良をするしかありません。それはすぐにできることではないでしょう。時間をかけて行っていきましょう。先史文明なら加工技術で何とかできてしまうんですが、現代ではしょうがないですね」
現代では一流の工房の中で加工技術水準が低いと連呼され、ニアが苦笑を浮かべた――彼らが知るのは先史文明最先端の技術水準だ、本来、比較するにも値しない。仕方のない事なのだ。
「わかったわ。素材の改良案も今後相談して行きましょう。でもあまり使われない素材が多かったから、もう離宮に在庫はないわよ? 今ある素材で、何日分の薬が作れるの?」
「僕とアイリーン、二人分ですから、三十日が限度でしょうね。なるだけ早く素材を入荷してください。それと、製品を市場に流せるように、中央審査会とやらに書類を提出するのもやっておいてくださいね」
「それは任せておいて。すぐに手配するから、一週間以内には潤沢に素材を準備させて見せるわ。仮にも王都ですもの。王宮からの発注で揃わないものはそう多くないわ。手続きもすぐに進めるから、審査が問題なく通過すれば、一か月後には流通させられるはずよ。開発者は二人の名前でいいのかしら?」
「僕らの名前を併記しておけばいいんじゃないですか? ニアさんは名前を出したくないのでしょう? 後はお任せしますよ――これで、ニアさんが副作用がない回復薬を常用しても怪しまれることはありません。僕らの主食の調達もしやすくなるでしょう」
「殿下の予算範囲でなら、ね。でもそれに関しても問題はないと思うわ。既存品よりかなり安上がりになると思うし、あなたたちの主食を調達する程度なら無理を通せるわ」
ニアは処方を手に持ち、ノヴァたちを居室に送り届けた後、素材の手配と新薬申請の手続きをするために部屋を出ていった。
ノヴァとアイリーンはソファに腰かけ、給仕された紅茶をゆっくりと味わっている。
「思ったよりすんなり終わってよかったわ」
「そうですね。ともかくこれで食の問題は解決です。あとは工房ですが、こちらは全く目途が立ちませんね」
「仕方ないわ。そちらものんびり機会を待ちましょう」
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リストリットはニアから報告を受け、展開の速さに驚いていた。
「昨日の今日で、もう試薬が完成したのか。とんでもないな……」
ニアは躊躇いがちに尋ねる。
「しかし、これでウェルト殿下の事業を完全に潰してしまうでしょう。効能が高く副作用がない。そのうえ原価も半分以下です。素材の需要が上がったとしても、供給を増やしやすいものばかりで大きな値上がりはしないでしょう。既存品は競合にすらなり得ません。認可されると同時に新薬は市場を席巻し、代わりに既存品は姿を消しますよ」
リストリットは一瞬、苦悩を見せた。だがすぐに笑顔に変わる。
「それは覚悟の上だ。ノヴァたちの身体の方がずっと大事だからな。新薬が潤沢にどこでも手に入るようにしておく必要がある――ところで、五日後にはアルトゲイルの女皇が到着する。そちらの準備はどうなっている?」
ニアが懐から手帳を取り出して応える。
「……はい、順調に進んでおります。そちらは担当の者を用意していますから、彼らにお任せください」
「わかった。任せよう。陛下が戻られるまでは、俺が代わりに歓待しなければならん。くれぐれも失礼のないようにしないとな。それと、嬢ちゃんたちの学校の手配はどうなってる?」
「はい、指示のあった書類を取り寄りせているところです――ですが、本当にアルテイル魔導学園に通わせるのですか? ノヴァくんたちは言語も満足に扱えない孤児だった、となっているのですよ? あの学校は王都の名門校。いくら殿下の庇護下に在るとはいえ、彼らを通わせるのは抵抗が大きいと思いますが」
「だが、彼らに取って未知の言語であるウェルバット語を驚くほどの短期間で習得してみせた。あの二人の能力ならアルテイルでも足りないくらいだろう。嬢ちゃんには、この国の十四歳らしい生活をまずは送ってもらいたいからな。試しに通わせて、ダメだったら離宮で教師を付けるさ」
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アルテイル魔導学園――王都でも有数の名門校である。
建国以来の歴史を持つこの学校は、王族を始めとした貴族子女が通う高学歴専用の学校だ。
卒業生の多くは王宮付きの職に就く。しかし規律は比較的緩やかで、自由な校風が特徴の学校だった。
ノヴァとアイリーンは、試薬が完成した二日後、編入試験の為に学園を訪れていた。
応接間で待っている間、ニアから学園の事をおおよそ説明され、アイリーンは胸を躍らせていた。
「私、学校に通うのなんて初めてよ!」
ニアが驚いて聞き返す。
「あら、あなた十四歳よね? 学校には通っていなかったの?」
「私は稀代の天才として幼い頃から神童と呼ばれ有名だったわ。学校に通う必要はないとお父様に言われて、家庭教師だけで過ごしていたの。だから、友人と呼べる人もいなかったわ。作る機会がなかったの」
ノヴァはアイリーンの顔を見て語りかける。
「今度の学校で友人ができるといいですね」
ニアは不安そうに二人を見ている。
「でも、あなたたちの素性は孤児よ? それは直ぐに知れ渡るわ。二人ともウェルシュタインの名前を殿下から与えられている事になっているけれど、貴族でもない平民が通える学校でもないのよ。周りは王侯貴族ばかり。友人は望み薄よ?」
アイリーンが嬉しそうに応える。
「あら、私はちゃんとアイリーン・ウェルシュタインとして名乗れるのね。安心したわ。それにノヴァ・ウェルシュタインになるのね。伴侶らしくて素敵よ? 友人が作れるかは、やってみなければわからないわ。作る機会がないより、マシなはずよ」
ニアが念のために説明する。
「この国では十五歳で成人、結婚できるのも成人してからよ。せいぜい婚約者という事にしておきなさい? 二人に血縁関係はないことにしてあるから、そこは気にしなくていいわ」
ノヴァが確認の為に尋ねる。
「では、僕らは孤児でリストリットに引き取られ、ウェルシュタインの名を与えられた人間、ということですね。そして僕とアイリーンに血縁関係はない。二人は婚約者として振舞う事まで許されている。これで間違いありませんね?」
ニアが頷いた。
「でもそういうのは編入試験を無事突破してからよ。まずは編入試験ね。あなたたち、ちゃんと勉強したの? 昨日、参考書は渡したけど、昨日の今日で大丈夫?」
「僕らなら、あれくらいは何とかなると思いますよ。一般常識は難しいと思いますが、それくらいじゃないですか? 特に不安は感じていません」
ニアが首を横に振った。
「私が不安に思っているのは、この時代の範囲を超えた知識を披露してしまわないか、ということよ。そこは大丈夫?」
アイリーンが頷いた。
「参考書で、おおよその範囲は把握したわ。あとはなるようになるだけよ。この時代を超えた知識も、今の人たちには理解ができないんじゃないかしら。ただの誤答になるはずよ。これでダメだったら素直に諦めるわ」
そして応接間の扉がノックされる。




