25.火竜の加護
その日の夜、アイリーンは全裸でベッドに横たわっていた。
阻害魔法が掛かっているため、世話係たちには彼らがしている行為を認識することはできない。
アイリーンはやはり顔を朱に染めているが、最初の時ほど恥ずかしがってはいないようだ。
『身体のためとはいえ、やっぱり恥ずかしいわ……』
『仕方あるまい。諦めろ。それに伴侶なら、裸程度で恥ずかしがるものでもあるまい――では開始する』
週に一度の再調整――離宮に来てから二度目となる。
ノヴァは慎重に検査魔法でアイリーンの身体を監視しながら、補佐魔法の調整を行っている。
『ふむ……やはり一週間程度で歪みがでるな。ヴォルディモートの魔導知識ではこれが限界か』
『この身体も、早く作り変えたいわね。今のままでは、不慮の事故でノヴァを残して死んでしまいかねないわ。それはとても不本意よ』
『確かにそうだな……お前に渡したテディの鱗を媒介に、護身術式を組んでみるか』
『それはどういうこと? この間、首飾りにはしてもらったけれど、これを媒介にするの?』
全裸で横たわるアイリーンが、首から下がっている首飾りを握りしめる。
鎖でつながれた先に、テディの鱗が繋がっていた。
『星幽界には、テディの躯と共に魂も送ってある。そのテディの魂と経路を繋ぎ、テディの力を借りる。テディは火竜だ。お前の魂とも相性が良いだろう』
『護身術式って、どうなるの?』
『お前がテディに助力を求めれば、鱗を通して星幽界からテディが力を貸してくれる。テディができることを、お前は出来るようになる。火竜の息吹や空を飛ぶことがな』
『それは凄いわね。でも自分が気づけなければ、不測の事態にはどうしようもないわ』
『経路を繋いだ時点で、テディがお前を守るだろう。テディと同じ、つまり、二千五百年を生きた古竜と同じ物理耐性や魔法耐性を持つことになる。突然竜に襲われようと、建物の下敷きになろうと、怪我をすることはなくなる』
『それは、星幽界のテディの負担にならないの? 私はこれ以上、テディを苦しめる真似はしたくないわ』
『星幽界に居るテディは、無限に近い魔力を扱える。竜は周囲の魔力を食べるからな。テディの負担になることはない――さぁ、終わったぞ、もう服を着てよい』
アイリーンは手早く服を着こみ、ベッドに腰かけた。
その手はまだ、テディの鱗を握りこんでいる。
『その護身術式は、すぐにできること?』
『経路を繋ぎ、テディにお前を守るよう頼むだけだ。すぐに終わる。その鱗を貸してみろ』
アイリーンが首飾りを外し、ノヴァに手渡した。
ノヴァは鱗を媒介に鱗とアイリーンの周囲に魔法術式を展開し、瞬く間に魔法行使が終わる。
『――終わったぞ。もうお前の魂にはテディの魂との経路が出来上がっているはずだ。今までよりテディを身近に感じるのではないか?』
ノヴァがアイリーンに首飾りを付けてやり、感想を求めた。
アイリーンは目を瞑って、己の中の魔力を探る。
『……そうね。確かに私の魂のすぐそばにテディの魔力を感じるわ。今までよりもずっと、共に生きている気がする。ありがとうノヴァ』
ノヴァは優しく微笑みながら応える。
『礼ならテディに言え。奴も喜んでお前を守る事に同意した。お前はよほどテディに愛されていたのだな』
アイリーンもノヴァの微笑みに優しく笑い返し、二人はそのまま同じベッドで共に眠りに落ちた。
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翌朝、ニアに連れられて第二離宮の工房にノヴァたちはやってきた。
ニアが自慢げに腕を掲げて工房を指し示した。
「ここが私の工房よ。あまり使われていないけど、一流の設備は一式揃っているわ」
王宮の一流魔導士が構える工房――現代の魔術師ならば、目を輝かせて喜ぶ水準である。ウェルバット王国は魔導も盛んだ。国内の魔導技術そのものは決して低くない。
大国の王宮魔導士が構える一流の工房には一歩譲るが、高級な設備や機材が一通り室内に揃っているのだ。街の魔導士が用意できるような水準ではない。
アイリーンが思わず顔を引きつらせながら感想を告げる。
「……ニアさんには悪いと思うんだけど、一流の魔導士が持つ王宮の工房でもこの水準なのね」
ニアはもう慣れたのか、苦笑を浮かべて応える。
「これでそんな感想を持つだなんて、先史文明の一流魔導士が構える魔導工房がどれほどだったのか、想像もできないわね――それより、どう? ここで新薬の開発は行えそう?」
ノヴァが本棚から魔導薬学の本を取り出し、目を通しながら応える。
「そうですね。現在流通している素材を把握してからになりますが、加工技術はなんとかなると思います。」
アイリーンも本棚から本を取り出して目を通し始める。
「現代の製薬技術に縛られるのは、どうしようもないものね。あとは調合で何とかするしかないわ」
ニアが興味本位で尋ねる。
「先史文明に魔力回復薬はあったの? どんな素材を使っていたの? それは今でも作れない?」
「ホムンクルスの補給薬以外に、人間が服用する回復薬も当然あったわ。素材は人工生命体を使うことが殆どよ。その方が最適なものを用意しやすいから都合がいいもの。不死鳥や竜、一角獣が有名どころね。製薬技術は比べ物にならない水準にあったから、今作るのは無理だわ。私たちにも、先史文明の先進機材を作る知識はないもの。それに先進機材を作るには、先進技術で作られた工房が更に必要になるの。その工房もまた、先進技術で作られた工房で作られるわ――そうやっていくつもの先進技術による工房を経た先に魔導士の工房があったの。私たち魔導士の手元に届く設備一つ、機材一つとっても、先史文明の叡智の結晶だったの。ニアさんたちが古代遺跡や古代遺物と呼んでいる物が、まさにそうなのよ」
ニアは残念そうに応える。
「そっかー。確かに、現代で古代遺跡や遺物を作るのは、知識だけじゃどうしようもないわね。でも、不死鳥も竜も一角獣も、現代に生息してるわ。あとは機材が何とかなれば作れてしまうのね」
アイリーンが首を横に振る。
「野生に戻った人工生命体が必ずしも先史文明と同じ性質を持っているとは限らないわ。野生の変異種になっていると見るべきね。薬品ごとに変異種を作る事もあったし、そこは全く頼りにならないわよ?」
ノヴァが工房の本をあらかた読み終わり、口を開く。
「素材の目星は付けました。新薬の調合に必要な素材を教えますから、それを持ってきてください」




