22.秘密会議
リストリットが連れて来たのは、年老いた魔導士だった。
頭は禿げ上がり、白く長い顎ひげを蓄えている。
「紹介しよう。アルスラーだ」
アルスラーは部屋に入ってから、二人の子供をしばらく観察していた。
その目は静かだが、アイリーンは心の中でも覗かれているのではないか、と思うような眼差しだった。
身を縮めているアイリーンに対し、アルスラーは優しい笑顔で語りかける。
「ほっほっほ! そう怖がらなくていいよ、お嬢ちゃん。殿下が内密に会わせて相談したいことがある、というのでな。私なりに、君らを見極めておきたいと思っただけだ」
リストリットが振り向いて尋ねる。
「それで、アルスラーはあの子たちをどう思ったんだ?」
「そうですな。少年の方は、恐ろしい力を秘めていますな。見た目に騙されると痛い目を見るでしょう。少女の方も、侮ってはいけない子供、という印象ですかな。ですが、殿下が騙されているという訳でもないようだ」
リストリットが扉の鍵を閉めながら苦笑した。
「そんな心配をしていたのか。心配性だな――ニア、念のために防音魔法結界を張っておいてくれ」
ニアが防音魔法結界を張る中で、リストリットとアルスラーがノヴァたちと同じテーブルに着いた。アルスラーの目は引き続き、二人の子供に注がれている。
アルスラーがまず、リストリットに尋ねた。
「それで殿下、相談というのはどのようなことですか?」
「この子供たちの事は、陛下にも秘密にしておいてもらいたい。約束できるか?」
「……殿下がそう判断したのであれば、そのように致しましょう」
リストリットが頷き、口を開く。
「まず、俺たちは古代遺跡に行き、古代遺物を確保した。それがこの子供たちだ。少女はアイリーン、少年はノヴァという。アイリーンは先史文明の人間の魂を持った存在だ。そして、ノヴァは先史文明で神が受肉した存在、ということらしい――この説明でいいのか?」
ノヴァが頷いた。
『ああ、そうだな。受肉という表現が最も近いだろう。だが神とはいっても、神としての記憶はほとんどない。この身体の制約も受ける。大きな力を振るうことはできない、と思っておいてくれ』
アルスラーは僅かに目を瞠り、口を開いた。
「ほぅ、それが先史文明の言葉ですか。なるほど、君たちは先史文明の言語しかまだ扱えない、それで内密にここに居る、ということなのですな」
リストリットが頷いた。
「そうだ。彼らは古代遺物だが、人の心を持った存在だ。俺は彼らを、兵器として運用する真似はしたくないと思っている。だから彼らの事は、陛下にも内密にしておいて欲しい。そういうことなんだ」
アルスラーが頷いた。
「内密にしたい事情については承知しました。それで、相談したいことというのはなんでしょうか」
「一つ目は――俺は彼ら、特にアイリーンには、人間らしい生活をさせたい。その為に、王子として保護するのか、クランで保護するのか、それをまず決めておきたいんだが、意見がまとまらなくてな。もう一つはアイリーンの身体と魂に手を加える工房を用意する方法に心当たりがないか、だ。これについて、お前の知恵を借りたい」
アルスラーが顎髭をしごきながら考えている。
「陛下に内密にしたい、ということであれば、王子として保護するのは危険が大きすぎますな。ですが、人間らしい生活をさせたいのであれば、クランで匿っていては無理でしょう。ここにいるならば、冒険者として生きることになります。どちらかを選ぶ必要がありますな。工房については、現代魔導技術では無理ですな。少なくとも、我が国では用意できません」
アイリーンが意見を述べる。
『私は古代遺物として扱われても構わないわ。兵器として扱われるのも、ノヴァと一緒なら怖くないわ。人を殺したことはないし、殺したいとも思えないけど、それでリストリットさんの国が救われるなら、力を貸しても構わないのよ?』
リストリットが頭を抱えた。
「だからなー嬢ちゃん。俺はお前に、人間らしい生活を送って欲しいんだ。前の人生でやり残したことを、心残りを解消して欲しい。俺は嬢ちゃんに人らしい生活を送らせる責任があると思ってる。それがお前たちを目覚めさせた、俺の責任だとな。人殺しの兵器なんて、人間らしい生活とは真逆だ。人の心がある存在を兵器として扱うなんて真似、人の矜持を捨てるようなもんだ。それは俺の矜持が許さない」
アイリーンが頬を膨らませて反論する。
『でも、私はノヴァと同じ存在にこれからなるのよ? 人らしい人生なんて送れなくてもいいと覚悟して、ノヴァと共に歩むと決めたの。だから、そのことに拘る必要はないわ。それに、私たちの力がなければ、リストリットさんの国が滅ぼされてしまうのでしょう? 私、リストリットさんやニアさんには死んでほしくないわ。それにこの国が亡んだら、この国に生きる人たちも困るでしょう?』
ノヴァも言葉を添える。
『前にも言った通り、俺はお前に大きな恩義が二つある。この恩義は必ず返してやろう。だがお前の言う通り、しばらくの間はアイリーンに人の生活を送らせるべきかもしれん。それについては俺も悩んでいる』
アルスラーも頭を悩ませ始めた。
「そうですよ殿下。我が国が置かれた状況は厳しい。既に、いつ国が滅んでもおかしくない――風前の灯火です。手段を選んでいる余裕などありはしません。手に入れた古代遺物を秘匿するなど、有り得ない選択と言えます。……ですが確かに、彼ら、特にお嬢ちゃんを兵器として運用するような真似は、私もしたくありませんな。この子はありふれた少女にしか見えません。このような少女を兵器とするなど、私の矜持も許しませんな。人の道を踏み外してまで国家を維持して、何の意味があるのか。その点には、殿下に賛同いたしましょう」
リストリットが大きく溜息を吐いた。
「――はぁ。そうか。おまえでも結論が出ないか。俺は嬢ちゃんに、今度こそ救いのある生を送って欲しいだけなんだがなぁ」
アイリーンの表情が柔らかく花開き輝いた。
『あら、それなら安心して欲しいの。私は生き返って、ノヴァと出会ったわ。二千五百年も先の時代に一人で生き返って、どうしようかと思ったこともあったけど、傍にはノヴァが居てくれた。ノヴァが傍に居てくれる限り、私は救われてるのよ。だからそれ以外は、気にしなくて構わないわ』
アルスラーが尋ねる。
「生き返った、というのはどういうことです?」
リストリットが事情を説明し始める。
「嬢ちゃんは先史文明で、十四歳で病に倒れ、一年間病床で苦しみ抜いて孤独のまま死んだ少女だ。父親はそれを悔やみ、嬢ちゃんの複製に嬢ちゃんの記憶と魂を込めた。それが今の嬢ちゃんだ。そんな嬢ちゃんの蘇った結果が人殺しの道具だなんて、あってはならんことだ。そんなことの為に嬢ちゃんは蘇ったんじゃないはずだ。アルスラーも、そう思わないか?」
アイリーンが微笑みながら口を開く。
『でも、蘇った先にノヴァが居た、と言ったじゃない。私は永遠に共に居られる伴侶を得たのよ。それが蘇った理由だと、納得する事は出来ない? 私はそれで救われているわ。人殺しの兵器になるとしても、傍にノヴァが居るなら、それだけで救われているの』
その柔らかく優しい微笑みに、アルスラーも更に苦悩を深めた。
「これは……確かに、この少女に人殺しをさせるのは、それを看過するのは、私にも無理です。それで救われているのだと言われても、彼女には人らしい生活を送って欲しい。殿下に賛同するしかありませんな。であればクランで保護せず、王子の保護する子供とするしかありますまい。冒険者は人を殺すことも珍しくない職業です。いつかは人を殺すことになる。ならば、陛下に露呈する危険を冒してでも王子として保護し、彼女に人らしい生活を送れる環境を整備してあげるべきでしょう」
アイリーンが頬を膨らませて抗議する。
『もう! みなさん過保護にも程があるわ?! 私はノヴァと引き離されない限り、どんな環境でも不満はないわよ?』
ノヴァは苦笑を浮かべている。
『話が進まんな。ひとまず王子預かりとする路線でいいのではないか? 俺たちは古代遺物だと露呈する覚悟がある。ならば、危険を冒してもよかろう。リストリットの意向を重んじて素性は隠してやる。それでいいのではないか? ――それより、アイリーンの身体を再構築する工房の用意と、魔力回復薬の改善についても忘れないでくれ。こちらも喫緊の課題だ。身体の保守は一部屋借り切れば問題はない』
リストリットが頭を激しく掻きむしって叫んだ。
「あー、そうかよわかったよ! じゃあ王子預かりの子供にする! 工房はアルスラーが無理というなら、今はどうしようもない! 魔力回復薬も目途は立たん! あれでも類似品がない程度には優れた薬なんだ。部屋は俺が王子として預かれば、すぐに用意できる――だが、お前らの素性はどうするんだ? 異国の子供とするか、ピークスの孤児とするか、くらいしか今は思いついていない。だが言語の問題がある。なんとかしてこの国の言語を覚えてもらう必要がある。異国の子供だとしても、先史文明の言語は使えない」
アイリーンがふてくされながら応える。
『だから、最初から先史文明の古代遺物だと説明すればその問題も全部解決なのよ。誤魔化そうとするから大変なの。それに国王陛下だって、絶対に私たちを兵器利用するとは限らないでしょう?』
リストリットは首を横に振った。
「いや、陛下はもう今の状況にお疲れだ。どんなか細い糸だろうと、人の道を踏み外そうと、防衛力を強化する可能性があれば飛びつくだろう。為政者として、嬢ちゃんの事情を知ってもなお、国家国民を守る道を選ぶはずだ。お前たち先史文明の言語を誤魔化す魔法でもあれば、異国の子供でもいいんだがな」
アイリーンが思案を始めた。
『認識阻害魔法術式と翻訳魔法術式を併用していけば、誤魔化せると思うわ。誤魔化す先になる言語の知識が必要だけどね。でも今でも、私たちがこの国の言語で会話していると誤認させることは多分できるわよ? 読み書きはさすがに苦しいけどね』
話を聞いていたニアが意見を述べる。
「ではこういう案はいかがでしょうか。”言葉を話せない孤児”という素性で保護し、ウェルバット語を習得させるのです。以後はウェルバット語のみを使ってもらい、二人が先史文明の言語を扱う時には、その認識阻害魔法で誤認させる――どう? 二人とも。これなら可能?」
アイリーンはやや不満げに応える。
『言葉を話せない振りをするのは屈辱だけど、それで読み書きと日常会話を習得すれば誤認させやすくなるわ。リストリットさんがそうしたいというのなら、私は従ってもいいけど……そんな孤児を、どんな名目で王子が保護するの?』
リストリットがニヤリと笑った。
「俺は奇行で有名なんだ。お前らくらいの年齢で言葉も話せないような孤児というのも珍しい。俺が見るに見かねて保護したという事にすればいい。名前は唯一覚えていたとか、俺が付けたことにでもしておこう――俺が竜峰山の古代遺物に向かった、というのはもう知られている。ごまかせる時間はそう長くはない。だがそれでも、なるだけ時間を稼いでおきたい。その間に、何か名案が浮かぶことを祈るさ」




