2.第二王子リストリット
エウセリア大陸の中央に、ウェルバット王国という国があった。
中堅国家で人口は十万人に及ぶ。
広い領土に様々な産業で賑わう、豊かな国だ。
だが軍事力が周辺国家に比べて劣り、常に脅威に曝されていた。
特に隣国のミドロアル王国、エウルゲーク王国、エグザム帝国は、人口三十万前後を誇り、高い軍事力を持っていた。
豊かだが武力に劣るウェルバット王国は、彼らから脅されるように献上金を捧げていた。
”エウセリアの財布”――それが、ウェルバット王国の評価だった。
国民はそんな現状を不安に思いつつも、日々を懸命に生きていた。
現国王ビディコンス・ウェルバットも、軍事力強化に努めていたが、献上金で国家予算の大半を削られてしまい、思う様に軍事力を上げることができない状態が続いていた。
彼の後継者である第一王子ウェルトは、政務に手を出すことなく勉強に明け暮れていた。
彼は彼なりに軍事技術を高めようと努力していたが、それが実る事は今までなかった。
第二王子リストリットは、敬愛する父と兄を思い、日々政務に勤しんでいた。
だが彼もまた、息抜きと称して冒険者に扮装し、冒険者業を楽しむ癖があった。
それはそれで、彼なりに目的があって国の為に動いていたのだが、現在まで国に貢献する結果を出すことはなかった。
国王は後継者問題に頭を痛めつつ、周辺国と折衝を続け、ウェルバット王国を長らえる努力を続けていた。
第二離宮の一室、第二王子の執務室に、一人の男性の姿があった。
ブラウンアッシュの髪を、窓から吹き付ける風がなびかせている。
その琥珀色の瞳は、一通の報告書の文字を追っていた。
彼が第二王子、リストリット・ウェルバットである。
壮年と言える年齢に達し、為政者の風格を漂わせていた。
冒険者業を嗜む彼は、逞しい身体を王族の装束に隠し、政務を行っていた。
だが突然舞い込んだ速報に、政務の手を止め、慌てて報告書の内容を追っていた。
彼の傍らに控える近衛魔導士、ニア・ジョシュアがその様子を見つめている。
長く青い髪に蒼玉のような瞳を持つ彼女は、リストリットの幼馴染だった。
十年来の付き合いで、周囲は実質の第二王子妃と見るほど仲が良い二人だった。
だがその実、互いの想いを告げることができない、両片思いだ。
周囲からの「早くくっつけ」という圧に、彼らは中々膝を屈しなかった。
リストリットがニアに声をかける。
「陛下は今日、どこにいる?」
「朝方、慌ててミドロアル王国へ折衝に向かいました。一か月は戻られないかと」
リストリットは大きく溜息を吐いた。
「また献上金か。この間、渡したばかりじゃないか」
「それを待ってもらうよう、陛下は交渉に行かれたのかと」
いつものことだ。
彼ら強国にとって、殴れば金が出てくる財布――それがウェルバットなのだから。
応じなければ、軍事力で脅される。攻め込まれても、抗う力が足りないのだ。
それを必死に外交で食い止める国王は、年々やつれていった。
その姿にリストリットは心を痛めていた。
ニアがリストリットに尋ねる。
「陛下に何か御用がおありですか」
リストリットが頷き、応える。
「ああ、しばらく留守にしなければならん。その間の王都を任せると伝えたかったのだが、そうか。一か月は不在か。困ったな」
政務には、王族の決裁が必要な書類も多い。
国王が不在の今、王族の決裁を行えるのはリストリットだけだった。
第一王子ウェルトがきちんと政務を行ってくれるのであれば、悩むことはなかったのだが。
「しかし、不在なのは仕方がないな。一応兄上に、後の事を頼んで来よう」
ニアが疑問に思い尋ねる。
「何があったのですか?」
「ああ、新しい古代遺跡が、竜峰山で発見された。こんな近くに新しい古代遺跡など、見逃す手はない」
古代遺跡――一千年以上前に存在した、高い技術力を持った先史文明が残した遺産だ。
その内部にある古代遺物を解析し、古代の高い技術力を軍事力に転用すれば、ウェルバット王国はこの苦境を乗り切ることができる。
リストリットが冒険者業を嗜む目的の一つがこれだった。
自ら古代遺跡を探索し、踏破する実力を鍛え上げ、身に着ける。また、古代遺跡に関して冒険者の情報網を利用する。
そうして古代の技術力を得る事が、彼の考える国家貢献だった。今日、ようやくそれが実ろうとしているのだ。
絶好の好機だと理解していても、リストリットの判断にニアは言葉を告げる。
「お言葉ですが、御自ら竜峰山に赴くなど危険すぎます。いくら殿下と言えど、踏破できる見込みはありません」
リストリットは百年を生きた古竜を殺した実績を持ち、”竜殺し”の異名を持っていた。
大陸の最強生物である竜のなかでも、特に強大な力を持つ古竜を殺す――冒険者屈指の名声だった。
”竜殺しのリスナー”――それが、リストリットの冒険者としての名前だった。
そんな彼でも、竜が多数生息する竜峰山を踏破するのは難しいと言えた。
リストリットも充分それは理解している。
「報告書を上げた熟練の腕利き冒険者一行が、半壊滅して逃げ帰ってきている。あいつらで踏破できないなら、俺も真正面から正攻法で踏破する事は出来ないだろう」
「そんな! ではどうするおつもりですか!」
「正攻法でなければいい。ニア、熟練の魔導士のお前なら、竜を回避する魔法を思いつくことはできないか?」
「そんなことを急に仰られても……」
「考えておいてくれ。おれは兄上の元へ行って、すぐに戻ってくる」
戸惑うニアをその場に残し、リストリットは第一離宮に居るであろう兄の元へ向かった。