19.焔
アイリーンとニアは買ってきた紅茶を淹れた後、口に含みながら思う存分、男どもをなじっていた。
『ノヴァがあんなにわからずやだとは思わなかったわ!』
「殿下だって、いつもあと一歩で言うべきことを言ってくださらない甲斐性なしなのよ?! 十年間、何度期待を裏切られたと思う?!」
二人は意気投合しながら、ぎゃいぎゃいと男たちを罵り合い、慰め合っていた。
心の底から共感しあった二人は、心の内をすべて曝け出し合っていた。
「――はぁ。アイリーンちゃんも大変ね。若くして突然病に倒れて、死んだと思ったら未来に蘇って、想いを告げる相手は神様で、そのくせ腰が引けてるだなんて」
『ニアさんだって、それだけ言葉と態度を見せたら普通、言葉で返してくれるんじゃないの?! これ以上どうして女から譲歩してあげなきゃいけないのか理解できないわ!』
「そうよね、もうこれ以上は子供のお守に近い感覚になってしまうのよね……どうして一から十までこちらから言ってあげなければいけないのかしら。きちんと結果を見せて欲しいわ――そう思い続けて十年よ?! 女の青春、その全てを捧げたわ! もう充分なんじゃないかしら、と思うんだけど、やっぱり諦めきれないのよね……」
『わかるわ……私だって啖呵は切ったけど、あの縋る目をしたノヴァを残して死ぬ決心なんて、できる気がしないの……』
しんみりしかけた空気を打ち破るように、ニアが右手で拳を握り熱く語りだす。
「それでも! 最後の砦というものが女にはあるわ。それがいよいよ崩れる瀬戸際よ私は! 次の機会が最後よ! それでも腑抜けたら今度こそ見限るわ!」
『私も”長くは待ってあげない”と言った以上、本当に猶予を与えるつもりはないわ。もしも”まだ待ってくれ”なんて口にしたら、その場で機能停止してやる!』
しんみりとした男たちに比べ、女子たちの勢いは燃え上がる程だった。
女は男より逞しい。それは時と場所を超えた真実の様にその場所に在った。
ここに居るのは、高位貴族の淑女に取って命に等しい貞淑で勝負を賭けた女と、文字通り己の命で勝負を賭けた女である。
二千五百年を超えた女の友情が成立していた。
ひとしきり言い終わり、疲れ切ったアイリーンとニアは、紅茶を口にしながらソファにもたれかかり、溜息を吐いていた。
『――はぁ。でも、それほど言い切っていても、いざとなったらリストリットさんを見捨てられないんでしょう?』
「――ふぅ。アイリーンちゃんこそ、ノヴァくんの目を見た瞬間に思い留まる姿しか思い浮かばないわよ?」
二人は顔を向けあい、クスクスと笑い合っていた。
部屋の扉がノックされ、リストリットとノヴァが姿を現した。
室内の異様な熱気の残滓に気圧されつつ、リストリットが切り出す。
「あー、ニア。ちょっといいか」
――”アンジェ”ではなく、ニアと呼ばれた。ならば今、目の前に居るのは、リストリット第二王子だ。
「……はい、なんでしょうか殿下」
「ここじゃなんだ、あっちにテラスがある。そこに出よう」
「……はい、畏まりました殿下」
――また、裏切られるのだろうな。
淡い期待と覚悟を胸に、リストリットとニアは部屋を出ていった。
残されたアイリーンは、ただ静かにノヴァの言葉を待った。
ノヴァが、言いづらそうに口を開く。
「……まず、最初に尋ねたいことがある。話はその後でもいいだろうか」
”ノヴァは自分伝えたいことがある”とアイリーンには理解できた。さっきの今であれば、ここでする話題はもう一つだけだ。
その場の空気に、アイリーンの胸が期待で高鳴る。
「いいわよ? 尋ねたいことって、何?」
ノヴァが伏し目がちに尋ねる。
『アイリーン。お前は俺と同じ時間を歩きたい、そう俺に願った。だが俺は、お前がその言葉が意味することを真に理解しているとは思い難い、と考えている。例え頭で理解していたとしても、実際にそれを体験したときに、お前はその選択を必ず後悔し、不幸になる。俺にはそう思えた。お前は、自分の願いの意味を、正しく理解している自信があるか?』
――は? この男は今、なんと言った?
期待を大いに裏切る内容に、拍子抜けしたアイリーンが、白けた顔で尋ね返す。
『……あたしってば、舐められてる?』
その言葉の意味を理解できないノヴァが、きょとんとして聞き返す。
『舐める、とはどういう意味だろうか』
アイリーンは、ノヴァを見つめる瞳に焔を灯し始めながら再び尋ねる。
『私は大陸でも高名だった魔導士の家系、ウェルシュタイン家の中で、稀代の天才魔導士と呼ばれていた神童よ?! 見た目が幼いからと、あなたは私の能力を侮っていないかと聞いたのよ! 神の魂に実質的な寿命が存在しない事も、その魂を注入されたホムンクルスの身体が永遠に稼働を続けられることも、当然理解しているわ! 人間の魂が同じ時間を歩むことに対する懸念だって当然理解している。まさか、それさえ分からず”神と同じ時を歩みたい”と私が口にしたと、そう思ってるんじゃないでしょうね?』
盛大に啖呵を切ったアイリーンを、ノヴァは呆然と見つめていた。
――やはり、この少女の魂は焔を宿している。
ノヴァはそう確信していた。その瞳に灯った焔は、覚えのあるものだった。
かつて最も大切に思っていた燃え盛る魂、それと同じ性質を、この少女は持っているのだと、記憶がなくとも心が理解していた。
ノヴァの意表を突かれた様子を見て、アイリーンは盛大に溜息を吐いた。
『――はぁ。やっぱり、私を舐めていたのね。私の魂が未来永劫生きるのに疲れたのなら、その時に身体の機能を停止すれば私は死ねるわ! 死ねない身体になるというのならば、いつでも好きな時に死ねるような機能を追加すればいいだけよ?! そうして私が機能停止する時はあなたも一緒に機能停止するのよ! 神が自分で死ねないのであれば、人の魂である私が自分で死ねることを利用した機能をあなたの身体に備えればいいだけよ! あなた一人を人の世界に残したくないという私の気持ちを、正しく理解して頂戴! なんなら死後も共に居てあげるわよ!』
目前の少女の魂、その焔に炙られ、呆然としたまま、ノヴァがやっとのことで言葉を口に乗せる。
『……リストリットの言う通り、俺が納得する答えが返ってきたな。それも期待以上の言葉だ』
『私の期待通りの言葉を口に出せないあなたと違って、私はあなたの望み通りの言葉を告げることができるだけよ! そういうのを不甲斐ないというのよ?! 理解している?!』
渋々、ノヴァは頷き、その言葉を認めた。
『確かに、不甲斐なかった。反省しよう。お前を失うことを恐れるあまり――』
さらに烈しさを増した焔を瞳に宿した少女の言葉が、ノヴァの言葉を遮った。
『そういう言い訳は要らないの! あなたが口にするべき言葉はただ一つよ! ”共に生きよう”、それだけ!』
ノヴァはアイリーンに気圧されたまま、何度か言葉を口にしようと試み、ようやくその口が言葉を紡ぐ。
『わかった。アイリーン、お前には俺と共に生きて欲しい』
ふんす、と鼻息を荒くしたアイリーンが、ようやく満足したように笑った。
『――最初からそう言えばいいのよ!』




