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星の少年と炎の少女~国を救おうとしたら神様拾いました~  作者: みつまめ つぼみ


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17.ノヴァの葛藤

 ――竜峰山下山二日目の夜。

 アイリーンが”今夜はニアさんと眠りたい”と言って、ニアの傍に枕を並べていた。

 四人が魔法術式の焚火を囲んで横になる中、ニアが尋ねる。


「ねぇアイリーンちゃん。急にどうしたの? 一緒に眠りたいだなんて」


「昼間はずっとリストリットさんに背負われてて、ニアさんとお話する事がほとんどなかったでしょう? だから、ちょっとお話してみたかったの」


 その可愛らしい言葉に、ニアの頬が緩む。


「あら、嬉しいわね。でも私と話したいことって何かしら?」


 アイリーンの目が、ちらりとリストリットの方角を向いた。

 アイリーンが小声で応える。


「……リストリットさんの事を、心から想ってるみたいなのに、どこか二人に距離があるのが不思議だったの。二人は恋人同士なのでしょう? リストリットさんも、ニアさんの事をとっても大切にしてるのが伝わってくるわ」


 ニアは僅かに驚いた後、自嘲の笑みを浮かべ、アイリーンの耳元で小さく囁く――こうでもしなければ、耳の良い殿下は聞き取ってしまうから。


「恋人、か。そうね、どうしてそうじゃないんだろう、って肌を重ねた十年前からお互いにずっと思ってるの。私たちは、そういう関係よ」


 アイリーンが目を瞠って驚き、ニアの耳元に小さく囁き返した。


「……それって、肌を重ねてさえ、想いを告げてもらえなかった、ってこと? ありえないわ。それでどうして今の態度を取り合っているのかも、子供の私には理解できないわ」


 ニアは寂しそうに笑いながら、再びアイリーンの耳元で囁いた。

 アイリーンもまた、憤りながらニアの耳元で囁き返す。

 密かな二人だけの女子会が、その夜遅くまで続いていった。





 ――竜峰山下山三日目。

 リストリットに背負われたアイリーンが、ぽつりと呟いた。


「……大人って、難しいのね」


「急にどうした? 嬢ちゃん」


「リストリットさんって、こんなに頼りがいがあって優しくて素敵な人なのに、意外な一面があるんだなって。私はこんな大人になりたいような、なりたくないような、複雑な気分よ」


「んー? よくわからんが、何か嬢ちゃんの気分を害する様な事、しちまったか?」


「私じゃないわ――ううん、なんでもないの。忘れて」


 リストリットは一回首を傾げた後、そのまま何事もなかったかのように他愛のない会話を交換していった。




 間もなく夕暮れが迫る頃、四人は遂に山麓まで辿り着いていた。

 リストリットは隠しておいた馬の無事を確認すると、二頭の馬にそれぞれ跨った。

 アイリーンはリストリットが、ノヴァはニアが抱えて走る形になった。


 一行は一路、ピークスを目指す。

 今夜もまだ、月が残っている。

 夜遅くまで走り、深夜頃にようやく野営をして眠りに就いた。

 その甲斐あって、翌日の昼前にはピークスに到着することができていた。

 リストリットが宿で四人部屋を取り、ノヴァとアイリーンを残して魔力回復薬を探しに街へ繰り出していった。



 アイリーンはどことなく居心地の悪さを感じ、ノヴァの顔を真っ直ぐ見ることができずにいた。

 下山中に”お前を失いたくはない”と言われてから、急にノヴァを一人の男性として意識しだしたのだ。

 よくよく思い出してみれば、意識が目覚めてからのノヴァの言葉は情熱的だった。

 ”お前を一人にはしない”だの”俺はお前の伴侶だ”だの”お前を孤独にさせない”だの、”俺はお前と共に在る”だの、言い放題だった。

 そんな言葉が、自分好みの同年代の男子の口からポンポンと飛び出ていたのだ。

 そんなノヴァに全裸を見られたことに、再び恥ずかしさで転げまわりたい気分にもなっていた。

 自分を神様だとノヴァは言っていた。だから、人間が言う言葉とは重みが違うのだと、必死に自分に言い聞かせていた。


 だが、二千五百年後の未来に目覚めて、周りに誰も残っていない中で、傍には常にノヴァが居た。

 父親の最後の言葉も、肉声を再現してまで聞かせてくれた。

 目が覚めてから、孤独を感じた瞬間はなかったのだと、改めて気づいてもいた。

 この時代で、自分の時代を知り、同じ言語を口にしてくれる、唯一の存在だ。

 かけられる言葉も、込められた思いやりの数々が胸に沁みていた。

 テディの鱗を手渡してくれた時の言葉は、きっと一生忘れる事は出来ないだろう。


 そうしてノヴァの言葉に浸っているうちに、ふと気が付く。


 ――ノヴァは今、どんな気持ちでいるのだろうか?


 名前と神であること以外、思い出せないと言っていた。

 同類は他に居なかった。神の魂を持ったホムンクルスなど、前代未聞だ。

 せいぜい最も近い存在が自分と言えた。

 ノヴァは自分が居なくなった時、どうなってしまうのだろうか。


 アイリーンは疑問を少しずつ口に乗せる。


『ねぇノヴァ、私たちの耐用年数はどうなるのかしら』


『アイリーンの設計耐用年数は百年だ。今から百年程度は稼働し、その後、機能を停止する』


『ノヴァの耐用年数は?』


『この身体の設計耐用年数は三百年だ。お前を決して見送る側にはさせないという、固い意志を感じるな』


 ノヴァは含み笑いを浮かべ、愉しそうにしていた。


『私が機能停止したら、ノヴァはどうなるの?』


『機能停止するまで、人の世で生き続ける事になるだろう』


 自分を孤独にしないために作られた存在だと、ノヴァは言っていた。

 そんなノヴァは、作られた時から孤独になる事を宿命づけられていた、ということになる。

 自分が何者かもわからず、同類も、近い存在すらおらず、ただ一人で人間に紛れて生きて行くのだ。

 それは、とても寂しいことではないだろうか。


『ノヴァは、孤独じゃないの?』


『今は、お前が居る』


『私が機能停止したら、ノヴァは孤独になってしまわないの?』


『そうだな。だが、神とは孤独な存在だ。うっすらと、そんな覚えがある。ならば、特に問題はあるまい』


 ――そんなのは嘘だ!


 謎の確信が、アイリーンの胸に在った。

 ノヴァは自分に拘っていた。自分と共に在ろうとしていた。それは自分を孤独にさせない為だけじゃなく、孤独になりたくないからではないのか。

 時折見せる、捨てられた子犬のような、縋る目を思いだす。


『私が居なくなった時、自分で機能停止すればいいんじゃないの?』


『神は、自ら死ぬことはできない。つまり、機能停止する事も出来ない。そういう機能が、魂にないのだ。別の要因で機能停止するのを待つしかない』


『私は、自ら機能停止する事は出来るの?』


『お前が望めば、いつでも機能停止する事ができる。ヴォルディモートはそう作っている。お前の魂は人間だ。故に、お前は自ら機能停止を選ぶことができる』


 アイリーンはその事実に、心が引き裂かれるほどの悲しみを覚えた。

 ノヴァは自ら機能停止する機能すら、つけてもらえなかったというのか。

 せめて、自分が機能停止すると同時に、機能停止させることはできなかったのだろうか。


 ノヴァは神だ。神の魂を持っている。ならば、耐用年数など飾りだろう。

 人間やホムンクルスの魂と比較すれば、無限に近い力を内包した存在だ。魂が力尽きることはないだろう。

 自ら死ねないというのであれば、身体機能に損傷を見つけたら、それを見逃すことはできないだろう。見逃すことは、自ら死ぬ道を選ぶことになる。

 損傷個所を修復して生き続けるのだ。人の世で、ずっと孤独に。

 誰かに破壊してもらうまで、ただひたすら孤独を味わうのだ。

 それは、余りにも残酷ではないか。


 自分をここまで想ってくれる存在を、そんな残酷な世界に置き去りにしていいのだろうか。

 アイリーンは悩み、どうしたらいいか思案を巡らせた。


『……ねぇノヴァ。私の身体は、いつか保守が不要になるよう作り替えると言っていたわよね?』


『そうだ。魂の出力不足問題を解決するために、お前の身体か魂に手を入れることになる』


『その時に、私をあなたと同じ時間を歩める身体に作り替える事は出来る?』


『……可能か不可能か、でいえば可能だろう。ヴォルディモートの知識と神の力を併せれば、なんとかなるはずだ』


『それなら、私にあなたと同じ時間を歩ませて欲しいの。そういう身体や魂に作り替えて。私にも、あなたの孤独を癒させてほしいの』


『……アイリーン、それでは人として生きる事が不可能になる。ヴォルディモートは、そんな生を送らせるために、お前を蘇らせたかった訳ではないはずだ。お前は人として生き、人として死ぬべきだ』


『でも、それではノヴァの孤独が癒されなくなってしまうわ!』


『俺には、お前と共に過ごした記憶があれば、それで充分だ。それで俺の孤独は癒される』


『そんなの嘘よ! ならば何故そんなに縋るような目で私を見ているの! 何故そうまでして私と共に在ろうとするの! 私たちはお互いの孤独を癒し合うことができる存在よ。ならば、共に同じ時を歩むべきよ!』


『……アイリーン、お前は自分が言っている意味を、真に理解できているとは思い難い。お前は無理をせず、幸福な人生を送って欲しい』


『こうして蘇った私にとって、あなたと共に在ることでしか孤独を癒すことはできないわ! 私の幸福はあなたと共に在るのよ! 人として生きることができなくなってもいいの! ねぇ、お願いよ!』


 それは、アイリーンが勇気を振り絞って伝えた言葉だった。考えた末の、決定的な愛の告白だった。出会って間がない二人だが、今の自分にはノヴァが必要なのだと、アイリーンは心から感じていた。だからノヴァにも、同じように自分を求めて欲しかったのだ。


 ノヴァは苦悩しながら応える。


『……少し、時間をくれ。どちらがお前にとって幸福なのか、今の俺には判断が付かない。一度選択してしまえば、もう後戻りはできない。ならばせめて、お前が幸福になると確信できる選択を、俺にさせてくれ』


 アイリーンに返ってきた言葉は、期待を大いに裏切ったものだった。

 受け入れるとも、拒絶するとも断言しない、曖昧な答え――拒絶されることすら覚悟して踏み込んだというのに、ノヴァは答えを先送りにさせてくれと懇願した。決断を恐れているのは明らかだった。

 拒絶するならハッキリとそう言って欲しかった。それならば納得する事もできただろうに。


『ノヴァの意気地なし!』


『なんとでも言ってくれ。だが、これは譲れない』


 アイリーンはいつの間にか流れていた涙を辺りにまき散らしながら、ノヴァを睨み付けている。


『ノヴァに、ニアさんを責める資格はなかったと思うわ!』


『……聞こえていたのか』


『腐ってもホムンクルスの身体ですもの。あれくらいの距離なら聞こえるわ。”結果を出してこそ、人は次へ進める。成就するにせよ、破綻するにせよ、一歩踏み出して結果を出すべきだ。お前はただ、自分から動いて今の関係が壊れるのを恐れているだけだ。逃げる口実を探しているだけだと、自覚するべきだろう”。立派な言葉よね! でも今はどう?! 私は一歩踏み出したわ! ならばノヴァは受け入れるか、拒絶するのか、結論を出すべきよ! 逃げる口実を探しているのはどっちなの?!」


『……返す言葉もない。だが頼む。少しで構わない。時間をくれ』


 アイリーンは悔しくて歯を食いしばり、ノヴァを睨み付けている。


 ――なんて不甲斐ない男なのだろう!


 目の前の男は、頑なに決断を拒否する姿勢を崩さない。その癖、今も縋るような目で自分を見るのだ。”置いて行かないで欲しい”と。

 ならば決断すれば良いのだ。それができず、決断から逃げる口実に”自分の幸福を考えさせてくれ”などと口にするその態度に、唯々腹が立っていた。

 その情けない心を誤魔化す為に、自分をだしに使わないで欲しかった。そんな卑怯な態度に、ノヴァは己で気付いてすらいない。それが余計に癪に障った。

 ここまで自分を想い、自分も同じ想いを共有できると思った男が、これほど情けない卑怯者だなんて! ――それでも、ノヴァの縋る目を振り払うことが、アイリーンにはできなかった。そんな自分にも腹が立った。


 ――ああもう、これではニアさんとリストリットさんの関係そのままではないか!


 ここにきて、アイリーンはようやくニアに心の底から共感できてしまった。だが自分は十年も待ってやるつもりなんて更々無い。

 アイリーンは一度深呼吸をした後、最後通牒を突き付ける――ノヴァが一人で決断できないのであれば、自分が手伝ってやろうじゃないか、と。


『――長くは待てないわ。あなたが腑抜けたことを言って私を失望させるのなら、私はその時点で自分の機能を停止させる。十四歳の女の子にここまで言われて、神様がどんな答えを出すのか。楽しみにしているわ!』


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