15.星の神と炎の神
陽が落ち、リストリットは野営を張るよう指示を出した。
竜が襲ってこないのであれば、火を焚ける。
だが、竜峰山内部で火を起こせるとは思っておらず、薪の用意がなかった。香木は代替になりそうもない。
周囲を見渡してもみたが、薪になりそうなものは見当たらなかった。ここは火を起こすのを諦めるしかなさそうだ。
「スマン、二人とも。火の用意がない。風は外套で何とかしのいでくれ。俺たちのを貸す」
事情を察したノヴァが、大きく溜息を吐いた。
『――はぁ。回復薬をよこせ。どちらにせよ、飲まねばならん。俺たちの補給に使う。アイリーンの分もだ』
二つの回復薬を受け取ったノヴァが、アイリーンに一つを手渡しながら伝える。
『これは魔力回復薬だ。酷い薬だが、今はこれしかない』
アイリーンは手渡された薬を眺め、魔法で精査し、感想を告げた。
『……なんて低品質なの。子供でも、もっとましな薬を作るわよ? でも、他にないなら仕方ないわ』
バッサリと切って捨てられた。
この魔力回復薬は、ウェルト第一王子が開発したものだった。
リストリットは、敬愛する兄の開発した薬を児戯未満と切って捨てられ、乾いた笑いを浮かべる事しかできない。
ノヴァとアイリーンが薬を口にする。アイリーンは顔をしかめるが、吐き出すことはしなかった。
そのまま続けてノヴァが魔法術式を展開して火を地面に起こした。
『この程度の火は維持してやれる。下山するまで二日か三日、と言ったな。ならば、その分の補給を差し引いた分を使って身体の再構築を行う』
リストリットが慌てて手で制した。
「まぁ待て、ここから最寄りの街まで、更に一日以上かかる。そこでも回復薬が手に入るとは限らない。これでも高級品なんだ。七日から十日程度は見ておいてくれ」
『よかろう』
わずかな回復薬を残し、それ以外を服用したノヴァが、自分の周囲に魔法を多重並列展開させる。
アイリーンの時より控えめとはいえ、それでもニアの目からすれば、圧巻と言える数だ。
ニアが思わずノヴァに尋ねる。
「先史文明では、このくらいの魔法の腕が普通だったの?」
アイリーンが代わりに応える。
『いいえ。そんな訳がないわ。稀代の天才魔導士と呼ばれた私でも、この数は無理よ。ノヴァが神様の魂を持つというのは、本当みたいね。こんなの、常識外れよ』
ノヴァが二人に応える。
『俺の魔導技術は、ヴォルディモートの知識を引き継いでいるだけだ。だが、神の力をある程度引き出せるようだな』
アイリーンは、工房でノヴァが古竜を弔った時の事を思い出していた。
『そうね。テディの身体を星幽界に送り届けるだなんて、大魔法もいいところよ。あっさりと魔法行使して見せたけれど、あれもとんでもない神業ね』
ニアが知的好奇心を刺激されて質問する。
「星幽界というと、この物質界より上位に存在すると言われる世界ね。どんなところなのかは、様々な説があるけれど」
アイリーンがそれに応える。
『星幽界は神の世界。魔力に満ちた、最も世界の根源に近い世界よ』
「神の世界なの? 神が住む世界は天界だと伝わってるわ」
アイリーンが落胆したように応える。
『それは古き神々の世界ね。古き神々と新しき神、星の神テスケウシスが争い、天界は世界から追放された。テスケウシスは星幽界に移り住んだ神。だから星の神というの。テスケウシスはそれ以後、新しき神々を生み出し、物質界を作り直したと言われているわ――神話すら後退しているだなんて、どういうことなのかしら』
ニアは興味津々だ。
「先史文明の創世神話……興味深いわぁ。現代では、星の神メルティキと炎の神アールマティが世界を作った、と伝わっているわ――これは大陸で広く信仰されている、エウセリア正教の神話だけれどね」
ノヴァが魔法を行使しながら、愉しそうに笑った。
『ははは! 星の神と炎の神か。ニア、お前は翻訳魔法に惑わされず、俺たちの言葉によく耳を傾けてみろ。それは先史文明の言葉だ。メルティキには、もっと古い名前がなかったか? それこそ、テスケウシスと呼ばれていなかったか?』
ニアは記憶の倉庫をひっくり返して思案し、口の中でテスケウシスと繰り返し唱えていた。
そうして不意に顔を上げた。
「……あっ! エウセリア正教より古いアルトゲイル教では、主神がテスケウシスよ! そう、先史文明の言葉だったのね。失われた言語と言われていたけれど、意外なところで生き残っていた訳ね」
『新しい宗派で使われている神の名が、先史文明の言葉か。引っかかるな。テスケウシスは星の神だ。ならば、そのアルトゲイル教から分派したのがエウセリア正教だろう。いつ頃分派したかはわからぬが、その時点では先史文明の言葉が生き残っていたことになる』
ニアが必死に記憶を漁り、その断片を口にする。
「……確か、直接名を呼ぶのが不敬だ、という理由だった気がするわ。でも、いつ分派したのか、何故メルティキとアールマティと呼ぶのか、それは私にも分からないわね。神学はそこまで詳しくないわ」
アイリーンが自分の記憶を語っていく。
『私の時代の神話では、主神テスケウシスには妻がいたわ。炎の神メネグエラというの。でも、古き神々との戦いで、メネグエラは命を落としたとされているわ――ノヴァが神様だとしたら、新しき神だったはず。さすがにテスケウシスがホムンクルスに宿る訳がないから、従属神の誰かだったのかしら』
ニアが納得するように頷いていた。
「星の神テスケウシスと炎の神メネグエラが、メルティキとアールマティとして伝わったのね。でも、アールマティは既に滅んでいるはずの神になってしまうわ。でたらめもいい所ね」
アイリーンがそれに応える。
『いいえ、私の時代でも、メネグエラは信仰の対象だったわ。身を賭して夫を助けた妻として、敬愛されていたのよ。だから、後世で信仰されていても不思議ではないの』
二人の会話を聞いていたノヴァが、神妙な顔で呟いた。
『テスケウシス……メネグエラ……どこか覚えがある。特にテスケウシスは、妙にしっくりくる名だ。星の神、というのもそうだな』
アイリーンが笑いながら応える。
『ホムンクルスの身体に、テスケウシスのような強大な神の魂なんて入りきらないわ! さすがに本人とは思えないわね。従属神だとしても、主神に近いほど強い力を持つ。これも考えにくいわ。それに、ノヴァなんて名前の神様は聞いたこともないのよね。別の世界の神様なのかしら』
ノヴァが首を振りながら応える。
『――記憶がはっきりせんな。或いは、この身体に神の記憶が欠けているのやもしれん。それで思い出せぬ、というのであれば、もうどうにもなるまい。幸い、魔法はヴォルディモートの知識の範囲で使える。それでやっていくしかないだろう』




