14.人の矜持
アイリーンを背負ったリストリットが先を進み、その後ろをノヴァとニアが並んで歩いていた。
四人の二メートル先では、若い竜がこちらを見つめつつも、大人しく座っている。
リストリットが感心しながら口を開く。
「すげーな、あんな近くに竜が居るのに、本当に襲ってこないぞ」
ニアは逆に、こわごわと歩いている。
「生きた心地がしないわよ……」
ノヴァはため息交じりに応える。
『だから襲われぬと言っただろうに。心配は無用だ。奴らは作られた存在だ。作った通りにしか機能しない』
ニアが不思議そうに尋ねた。
「先史文明では、竜を人工的に作る技術もあったのね。そんな話、聞いたことがなかったわ」
アイリーンが振り向いて応える。
『そうじゃないわ。竜という生物が魔導技術の産物なの。本来、この地上に竜は存在しない、空想上の生物だったのよ。あの金色の瞳がその証。魔導技術で生まれた生命に義務付けられた瞳よ』
ニアが納得したように頷いた。
「ああ、それであなたたちの瞳が、竜みたいな色をしているのね。義務付けられたものだから、生前の瞳を再現できなかったのね」
『んー、それもあるけど、ああいう瞳を持った生き物を作るための技術しかなかった、とも言うわね。必要がなかったから、発達しなかったのよ。お父様は天才魔導技師と呼ばれていたけれど、それでも瞳を改変することはできなかったのでしょうね。魔導の禁忌を犯したんですもの。ただの義務であれば、無視して私の生前の瞳を再現したはずよ』
ノヴァがそれに頷く。
『試行錯誤していた記録は残っているが、それより優先度の高い課題があったからな。後回しにされたのだ。眼球なら後から交換もできる。それよりも、アイリーンの意識を目覚めさせることが最重要課題だった。それは遂に叶わなかったがな。今も、俺の補佐魔法がなければ、アイリーンは意識を保てない。魂の出力が足りないからな』
リストリットが疑問を口にする。
「お前はどうして自力で目覚めることができなかったんだ? 出力が足りない訳じゃないんだろう?」
『俺の魂が身体に馴染むまでに長い時間が必要だった。馴染んだ後も、外部から刺激を受けねば目覚めることができなかったようだ。今まで目覚めさせる人間が居なかった、ということはおそらく、魂が馴染んだ時には既に先史文明は滅んでいたのだろう』
なるほど、と納得したリストリットが、もう一つの疑問を口にする。
「嬢ちゃんの魂の出力が足りないって、どうしようもなくないか? 嬢ちゃんの魂を使っている限り、解決しない問題だろう?」
『一度、工房を用意して、そこで身体機能の再調整を行う必要があるな。アイリーンの魂でも意識を保てる身体にするか、アイリーンの魂の出力を上げるか。どちらにせよ、補助魔法に頼っていては、心許ないというものだ』
ニアが呆気に取られて尋ねる。
「そんな技術、現代にはないわ。当然、それが可能な工房を作る技術もない。どうするの?」
『俺の身体には、ヴォルディモートの魔導知識と実験記録が全て詰め込まれている。それでも、先史文明最先端の工房を再現するのは不可能だ。あれはあの時代の、叡智の結晶とも言えるものだからな。神の記憶が戻れば簡単だろうが、未だ戻る兆候は見られない。どうにかする必要があるが、手がないな』
リストリットも困り果てて思案する。
「うーん、”アンジェ”でもお手上げ、となると、アルスラーにでも相談してみるか。何か思いつくかもしれん」
ノヴァが尋ねる。
『そのアルスラーというのは何者だ? 役に立つ人物か?』
「古参の王宮魔導士だ。話の分かる奴で、俺の事情も知っている。俺の作った冒険者クランの顧問魔導士もしてもらっているくらいだ。あいつなら、クランの本部に呼びつける事も可能だろう……あー、そうだよ。お前らの身柄、どこに匿おうか……クランで匿えるかなあ」
ニアが疑問に思って尋ねる。
「”リスナー”?! 王宮に連れ帰るんじゃないの?」
リストリットが、確たる決意を目に湛えて応える。
「俺は、こいつらの存在を陛下に報せるべきではないと考えている。知られれば、必ず兵器として利用される。ノヴァは当然として、嬢ちゃんもだ。そんなことは、俺の人としての矜持が許さない。人の道を踏み外してまで、国を守るべきではない。人も国も、死ぬ時には死ぬものだ。どうあがこうとな。ならば、誇りを胸に人として死んでいこう」
「殿下……」
「殿下はよせ。今は”竜殺しのリスナー”だ」
ノヴァが愉しそうに笑った。
『ははは! 為政者としては失格だな! だが、人としては、より高みに居ると言えよう――一度口にしたのだ。翻すことはできんぞ? しかしお前には恩義がある。今ならば、聞かなかったことにして、王宮まで付いて行ってやろう』
リストリットが苦悩の表情で応える。
「お前らを王宮に連れ帰れば、どうごまかそうと、いつかは必ず陛下に古代遺物であることがばれる。そうなれば、兵器として利用されることは避けられない――確かに、王子として保護すれば様々な支援はできる。それは魅力だ。嬢ちゃんに新しい生活を用意してやることが容易になるだろう。だが危険すぎる」
アイリーンがきょとんとして尋ねる。
『あら、王子さまでしたの? 私、王子様ってもっとキラキラした人だと思ってました』
リストリットが自嘲の笑みを浮かべて応える。
「この姿だとよく言われるよ。むさくるしいってな。だが今の姿が、俺本来の姿だ。腕力だけが自慢の、不甲斐なくて意気地がない、むさくるしい男さ」
ニアが慌てて割り込みように言葉を挟んだ。
「いいえ! 殿下は人間的魅力にあふれ、王者の風格を持った正しく王子であらせられます! 人を惹きつけ、人を率いる魅力を持った方! 身なりも整えれば、王族然としたものです! どうぞお間違えなく! 冒険者クランだって、殿下の魅力に惹きつけられ、多数の人間が集まっております! 殿下の魅力は、実績に裏付けされているのです!」
リストリットが苦笑を浮かべて返す。
「だから、いつも言ってるだろう? お前も、あいつらも、俺に幻想を見過ぎだ。それにノヴァが言う通り、俺は為政者失格だ。背負うべき国家国民より、目の前の悲しい運命を救う事を優先しちまう。人の矜持なんて綺麗ごとを優先しちまうんだ。王位を継承する資格なんてないのさ」
「殿下……」
ニアの哀し気な瞳を振り払うように、リストリットは歩を進めていく。
ノヴァは静かに、二人の心を見守っていた。




