11.リストリットの誓い
ノヴァは展開していた魔法術式をすべて解除し、大きく息を吐いた。
『――ふぅ。さすがに疲れたな。どうだアイリーン、もう痛みも苦しみもあるまい? お前の全身は今、すべてが正常に機能している。早く服を着ろ』
アイリーンは固く瞑っていた目を開け、己の手を持ち上げて凝視している。身体を動かし、痛みがないことを確認しながら、ゆっくりと長衣を着込んでいった。
ニアがリストリットの肩を叩き、「もういいわよ」と振り向いても良いことを知らせる。
アイリーンは長衣を着た後も、身体を動かし、寝台から降りて軽く跳ねてみたり、自分の身体の様子を入念に確認していた。
そうして一息ついたアイリーンは、ようやく落ち着いてノヴァにとても嬉しそうに微笑んだ。
『凄いわ。身体が全く苦しくないだなんて、一年ぶりよ? 自分の足で立つのもそうね!』
その様子を見ていたリストリットの胸が強く痛んだ。
この少女は一年間、苦しみ抜いて死んだ記憶が残っているのだ。
十四歳の若さで病に倒れ、何も成せないまま一年間病床から出る事も出来ず苦しみ抜き、孤独のまま死んだ――その事に、やるせない気持ちになっていた。
リストリットは、精一杯の明るい笑顔を浮かべ、アイリーンに語りかけた。
「良かったな嬢ちゃん。身体が治って! もう苦しくないんだな!」
アイリーンは、笑いかけてくるリストリットの笑顔をきょとんと眺めていた。
そのどこか寂しさを湛えた笑顔に、リストリットの気持ちを察した。
とても柔らかい、優しい微笑みでアイリーンはリストリットに笑いかけた。
『ありがとう。あなた、とっても優しい人なのね』
リストリットの胸が更に痛んだ。
こんな笑顔を浮かべることができる少女が、苦しみ抜いて孤独のまま、何も成せない、報われない人生を終えた。それが現代に古代遺物として蘇ってしまったのだ。
これから彼女は、古代遺物として、軍事技術として利用される運命が待っている。
そんな忌々しい結末に神を呪い、そんな現実に唾棄した。
――この少女は、そんな結末を迎えるために蘇ったのではないはずだ。
リストリットは、父親が生涯をかけて蘇らせたいと願った気持ちに共感していた。
この少女は先程、末期の瞬間に救いを求めたと叫んだ。ならば、今度の生こそ救われなければならない。その為にこそ、今があるべきなのだ。それは誓願とも言える思いだった。
軍事力向上の為に確保した古代遺物だったが、決してそんなことに利用させてはならないと固く誓っていた。
だが、二千五百年も未来の世界に人造人間の身体で蘇った彼女が、どうやったら救われるのか――リストリットにはわからなかった。
それこそ神に願うしか道はないように思えた。
そこで、ふと気が付き、リストリットはノヴァの顔を見た。
「なぁノヴァ、お前はもしかして、父親の気持ちに共感したのか? 神頼みをしてでも彼女の救いを願った父親に共感して、神がその力を貸しているのか?」
リストリットの心を見ていたノヴァが、少年らしい無垢な笑顔を浮かべた。
『……さぁな。思い出せんが、或いはそうなのかもしれん。だがリストリット、お前の在り方は好ましい、と感じる。お前の傍になら、アイリーンを置いておける。そう俺に思わせた。お前にならば、俺たちはしばらく付いて行こう』
「しばらくって……どれくらいだ?」
『この時代を把握するまでは共に居てやろう。今は時が経ちすぎて、人間社会がどうなっているのか、全く予想が付かん。アイリーンを人間社会に紛れ込ませる為にも、彼女に教えなければならない事があるだろう』
ノヴァの言葉に、アイリーンが反応した。
『紛れ込ませるって言っても、ホムンクルスは年を取れないわ。製造された姿で固定される。人間社会に紛れ込むなんて無理よ――そうか、私はこのまま、大人になれないのね』
アイリーンが寂しく己の小さな胸を見ていた。病床に居なければ、そろそろ少女から大人の女性らしい体つきに向かって変化する――そんな年頃だ。
一年間病床に居た彼女は、十四歳にしては貧相な体つきをしている。それが尚更寂しいのだろう。
ニアも思わず胸を抑えた。十四歳で成長が止まる悲しみが分かってしまったのだ。少女が”もっと大人の女になりたい”と憧れる年頃である。
そんなアイリーンに、ノヴァは優しく笑い、語りかける。
『心配するな。俺たちの身体は二十歳程度まで変化を続けるよう調整されている。大人にはなれるだろう』
その言葉を聞いたアイリーンの表情が、花開くように明るくなった。
『えっ! 本当に?! ――いえ、それでも二十歳で止まったら老化はしないわね。普通に老化させてくれてもよかったのに』
『老化までは許せなかったらしい。ヴォルディモートも悩んだ末の結論だ。それは今更変えられん。諦めろ』
『うーん……確かに、肌の衰えを感じずに済むのは嬉しいけれど……悩ましいわ』
肌の衰えと聞いて、ニアが胸を抑えてうずくまった。
まさに最近のニアが思い悩んでいる事である。若さを失うことを、視覚でこれ見よがしに見せつけられるのだ。
アイリーンの運命を哀れに思う反面、永遠の二十歳を生きられることに、わずかな妬みを感じていた。
その複雑な表情を見て、リストリットが声をかける。
「”アンジェ”、どうしたんだ? 表情が目まぐるしいぞ?」
「……あなたに理解できるとは思えないわ! 放っておいて!」
ニアはリストリットを厳しい目つきで睨み付けた。
この男が早々にハッキリと結論を口にしていれば、自分たちはアイリーンと変わらない年齢で幸福を享受していたはずだったのだ。
それを十年間も無為に過ごしてしまった。何も成せず、若さを失った自分だけが残った。その怒りの矛先が、リストリットに向かっていた。
この十年間になんども期待し、それを裏切られてきた記憶が目まぐるしく頭を巡っていく。
ニアに激しく睨まれ、リストリットが顔を引きつらせ、半笑いで宥め始めた。
「何を怒っているのかわからんが、落ち着け、多分俺が悪い。済まなかった」
「そういう態度と言葉が余計腹が立つのよ! シャキッとしてよ!」
冷や汗を浮かべ、リストリットが直立不動となった。
こうなったニアを止める方法を、リストリットは知らなかった。ただ言われるがままに応じるだけだ。
ノヴァが溜息を吐いて口を開いた。
『痴話喧嘩で遊びたければ、帰ってからにしろ。いつまでここに居る訳にはいくまい。リストリットの住処に移動するぞ』




