Case 1-5
「....ここは......」
次に琴子の視界に入ったのは、かつて自分が住んでいた街だった。
「あの青い屋根の家.....あの犬小屋....パン屋さん....」
いくら最新技術といえども多少の齟齬は出てしまうだろう、と考えていた琴子は、ことくごとく自身の記憶と一致する景色に驚きを隠せなかった。
「てことは、今私がいるのは....」
瞳に入る情報からあることに気が付いた琴子は、ゆっくりと左を向いた。
「私の、家の、前」
琴子の視線の先には、「冴月」と表札のかかった二階建ての家があった。
「すごい。何から何までそのまんま....!」
寸分の狂いもなく建つその家に入ろうとしたとき、誰かが彼女を呼んだ。
「こっちゃん!」
「琴子!」
一つはとても明るい、もう一つは穏やかだが喜びにあふれている声。
「え....」
記憶よりも少し大人びた、しかし瞬時に誰であるか分かる声に、琴子は驚きを隠せなかった。
恐る恐る振り返ると、そこには自分より少し背の高いポニーテールの少女と、自分と同じくらいのハーフアップの少女が、制服を着て立っていた。
「霞! 遥香!」
もちろん高校生となった2人に会ったことはない。しかしどことなく面影が残る2人は、容易に判別することができた。
「久しぶり、こっちゃん!......おっきくなったねえ....」
「制服、似合ってるよ、琴子」
笑いかける2人の顔が、琴子の記憶と完全に一致した。
「なーに言ってるの....2人だって、大きくなってるじゃん」
琴子の顔に自然と笑顔が溢れた。
「へえ....霞もあの後引っ越したんだ」
「うん。遥香とは連絡交換してるけど、なかなか会えないんだよねー」
「でも私のピアノコンクールには来てくれるよ。いつも一番前に座ってる」
3人は琴子の家から少し離れた公園のベンチに座りながら他愛のない会話をしていた。
「琴子は? 琴子は今どこにいるの?」
「私は今......東京の私立に通ってて....そう、生徒会長をしてるんだ」
「えー、すごい!」
「琴子らしいね!」
「そ、そう、かな」
互いの近況報告から様々に広がるおしゃべりを誰も止めようとはしない。空いてしまった時間を埋めるかのように3人は喋り続けていた。寧ろ ― 少なくとも琴子は ― この時間がずっと続けばいいと思っていた。
「......冴月さん、誠に申し訳ないのですが、プログラムの終了時間が迫っています」
右耳から現実に引き戻される声が聞こえた。事前に大体の時間は聞いていたものの、文字通り時間を忘れて話していた。
「プログラムの終了と同時にホワイトアウトしますので、2人にお伝えしたいことがございましたら、お早めにお伝えすることをお勧めします」
「......分かりました。ありがとうございます」
少しの沈黙の後に佐伯に返事をし、琴子は今の会話など聞こえていないかのように会話を続けている2人の友に向き直った。
「伝えたいこと、か」
欲を言うのであればもう少し一緒にいたかった。しかし、例え作り物のデータであるといえど、限りなく現実の霞と遥香に会うことができた。それだけでなく、他愛のない会話をし、在りし日のように笑い合うこともできた。琴子にとってこの上なく交付な時間であったことは確かだ。
で、あるのならば。
「ねえ、2人とも」
大げさな言葉はいらない。今度はこちら側の世界で。
「また、会える?」
琴子は笑顔だった。
「「もちろん!」」
霞と遥香も、幼い日と変わらない笑顔だった。