8
リグロトル公爵の許可が下りた事もあり、出来ればパーティーは台無しにしたくないものの、最悪な事になった場合もご容赦いただける事がわかった為、少しだけ軽い気持ちになって、ライアン様と共にパーティー会場に戻った。
話が長くなってしまったせいか、パーティー開始時刻ギリギリになっていて、心配してくれていたラングと合流してからは、ライアン様が他の貴族と話をしている間はラングが、ラングが話をしている間はライアン様がという形で、必ず私を1人にしないようにしてくれた。
リグロトル公爵は最初の挨拶の際に「今日はちょっとした余興があるから楽しんでほしい」と伝えてくださったので、シェールと何かあっても、余興として受け止められる可能性があるような…?
って、都合の良い考えかしら?
でも、リトログル公爵の仰っている余興は、シェールと私達の話の事なのは確かだった。
しばらくは和やかに過ごしていたけれど、シェールが私に気が付かないはずもなく、突然、シェールの叫ぶ声が聞こえた。
「お姉様! お姉様! 私はここにいます! 助けに来て下さっ」
叫ぶシェールの口をロブス様が後ろから手を回しておさえた後、驚いている周りに謝罪する。
「申し訳ございません。どうやら緊張してしまっているようです。皆さんの視線が熱かったからでしょうか」
「ねえ、見て! お姉様がいるわ! 今日は着飾っているからか、いつも以上に素敵!」
自分の口をおさえていたロブス様の手をはなさせて、シェールは私を指差して叫ぶ。
さっきまではシェールの可愛さを自分のパートナーそっちのけで褒めたたたえていた男性陣は、様子のおかしいシェールに気が付いたのか、少しずつ離れ始めていく。
すると、ロブス様がシェールを叱る。
「大人しくしていろと言っただろう! もう君はフェイロン家の人間なんだ!」
「違うわ! 私はお姉様のものよ!」
シェールは叫ぶと、私を見て手を振る。
「お姉様! 助けに来てくれたんですね! 嬉しい! ……というか、どうしてラングがお姉様と一緒にいるの!?」
私の隣に立つラングを見つけたシェールは可愛らしい顔を一変させて、恐ろしい形相になった。
シェールはラングにライバル意識を燃やしていて、私と彼が2人で話すのを嫌がった。
昔は私とラングが一緒にいる事の方が多かったのに、それをすっかり忘れているみたい。
というか、都合の良い事しか覚えてもいないし、見えてもいないんでしょうね。
「ミュア姉様をお願いします」
ラングはライアン様にいつもよりも低い声でお願いすると、ライアン様は無言で頷き、シェールから私を隠す様に立ってくれた。
「ちょっと、お姉様! どういう事なの!? ラング! あなたが私からお姉様を奪ったのね!? 信じられない! 最低だわ! 家族に捨てられたと聞いたけれど、全部あなたの仕業なんでしょう!?」
騒がしい会場内だというのに、シェールの声は甲高いからか耳に響く。
ライアン様に隠してもらいながらも、やはり気になって顔だけ出してシェール達の方を見ると、ラングがシェールとロブス様の前に立ったところだった。
「ちょっと、ラング! 聞いてるの!?」
「聞いていますし、聞こえていますよ、シェール姉様。少し落ち着いて下さい」
「落ち着かなくさせたのはどこの誰なの! 私とお姉様が仲が良いからって嫉妬して! 私を家に帰してよ!」
「僕は帰ってきてもらわなくても良いんですけどね。姉はこう言っているのですが、どういう事でしょうか、フェイロン侯爵令息。それとも、お義兄さんと呼んだ方が良いですか?」
そう言われてみればそうよね。
シェールがロブス様と結婚すれば、ラングにとってはロブス様が義理の兄になるのよね。
そして、私の義理の弟にもなるわけだけど、基本は関わらないだろうし、あまり考えないようにしましょう。
「そ、それはまぁ、そうだな。彼女が家に帰りたがらなくてだな」
「そんな事ないわ! あなたが私は家族に捨てられたと言ったんじゃないの!」
「そんな事を言った覚えはない! 君が僕の妻になりたいと言ったんだ!」
「なんですって!? 私があなたの妻になりたいだなんて、いつ言ったのよ! この嘘つき!」
シェールは叫ぶと、近くのテーブルに置いてあったグラスを手に取ると、中に入っていた赤い液体をロブス様の顔にかけた。
「何をするんだ! このスーツ、いくらしたと思っているんだ!? 弁償しろ!」
「人を軟禁しておいてよく言うわ! あなたこそ、私に慰謝料を払いなさいよ! それから、私は今日は実家に帰らせてもらうからね!」
「そんな事をさせるわけがないだろう! もう君と僕は婚約関係にあるんだぞ!」
「婚約者だからって一緒に住まないといけない決まりはないわ! それにあなたと結婚したって私は一緒には住まない! 実家でお姉様と一緒に暮らすのよ!」
人目を気にせずに叫び合っているシェールとロブス様に向かって、ラングが大きなため息を吐いた。
すると、2人はやっと周りに人がいる事を思い出したのか、慌てて口を閉じた。
近くにいたボーイがロブス様に白いハンカチを差し出すと、ロブス様は濡れた髪や顔を拭きながら、ラングに話しかける。
「君の姉はとんだじゃじゃ馬だな」
「その事については否定致しません」
「ちょっと、ラング!?」
シェールが怒りの声を上げると、ラングは冷たい声で言う。
「シェール姉様、実家に帰ってきてもミュア姉様はいません。実家に帰れば僕がいますよ? 僕の顔なんて見たくないでしょう? 大人しくフェイロン家でお世話になって、そこで幸せを探して下さい」
「ど、どうして? どうしてお姉様が実家にいないの…?」
困惑しているシェールを見て、ラングがこちらに顔を向けた。
すると、ライアン様が聞いてくる。
「彼女は俺達の婚約を知らないようだ。伝えてもいいか?」
「もちろんです」
私が頷くと、ライアン様は私の手を引いて、シェール達に近付いていき、少し距離を取って立ち止まると笑顔で言った。
「はじめまして、シェール嬢。俺はライアン・ミグスター。いずれ、君の義理の兄になる」
「……義理の兄…? ……え? 一体、どういう事なの?」
シェールが震えながら、私を見て呟いた。