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ミグスター公爵閣下はライアン様と私との婚約をすんなりと認めて下さり、落ち着いてからで良いので公爵領に顔見せに来るようにとの事だった。
ライアン様は学生なので学業を優先する様にともあり、結婚に関しては急がないけれど、一緒に住む事は認めて下さる事と、結婚するまでは清い関係でいる様にとの事だった。
それに関しては私もライアン様もそのつもりだった。
ミグスター公爵閣下の連絡が来た後、すぐにライアン様は私の実家に行ってくれて、私との婚約の話を両親に伝えてくれた。
私の実家から帰ってきたライアン様に話を聞いたところ、ライアン様と私が婚約するという話を聞いた両親は手を叩いて喜び、私の事を自慢の娘だと言ったのだそう。
もちろん、ライアン様はそんな言葉を信じなかった。
「君からは絶縁されたと聞いていると伝えておいた」
「ありがとうございます。両親はそれで引き下がりましたか?」
「いいや。親子喧嘩の延長みたいなものだから気にしないでくれと言っていた」
「信じられない…!」
なんて都合の良いことを言っているのかしら。
申し訳なくなって頭を下げる。
「ご迷惑をおかけして」
「謝るな。君は悪くないんだから」
「ですが…」
「この件で謝る事は禁止する」
「……わかりました」
「結婚する際には連絡をするが、君がご両親からされた事は全て聞いていると言ったら引きつった笑みを浮かべていた。世間体もあるから、結婚式には招待しないといけないかもしれないが、その後はもう二度と会わなくていい」
「ありがとうございます」
ライアン様は年下だけれど、次期公爵という事もあり、私よりもしっかりされている。
学園時代では同学年の男子は子供みたいに見えていたけれど、ライアン様はそんな風には感じない。
ただ、私はこの家では特に役に立っているわけではないので、とにかく謝るしかなかったのだけれど、謝る事も禁止されてしまったので、どうしたら良いのか困るわ…。
せめてフェイロン家でやっていた様にメイドの仕事でも、と思っても、ライアン様もそうだけれど、ミグスター家で働いているメイド達がそれを許してくれなかった。
公爵夫人になられるのだから、メイドがする様な事をしてはいけないと言われ、今はマナーを教えてくれる先生を呼んでもらったりして、今まで習ってきた事のおさらいなどをして毎日を過ごしていた。
シェールの件を調べてもらったところ、シェールは元気なのは元気なようで、つい先日は窓から脱走しようとしているところをロブス様に見つかり、無理矢理部屋の中に戻されていたらしい。
両親はシェールを心配して、フェイロン家に行っているようだけれど、流行病にかかっているから会わせられないと嘘を言われて、会わせてもらっていないそうだった。
シェールが自由に出来ない事は私にとってはありがたいけれど、フェイロン家がそこまで恐ろしい家だなんて思ってもいなかったから、少しだけシェールに申し訳ない気持ちにもなった。
ライアン様は付いてこなくてもいいのに付いてきたんだから、彼女の自業自得だと仰っていたけど、まさか、こんな事になるなんて思ってもいなかったでしょうしね。
ミグスター家にやって来て、10日が過ぎた日の夕食時、ライアン様が申し訳無さそうに私にお願いしてきた。
「俺と一緒に出てほしいパーティーがあるんだ。以前、お世話になった事のあるリグロトル公爵が主催するパーティーで、ぜひ、俺の婚約者の君に会いたいと言っているんだ」
「ライアン様がお世話になった方でしたら、お断りする事なんて出来ませんわね。出席させていただきます」
「そう言ってくれるのは有り難いんだが、実は気がかりな事があってな」
「何でしょうか?」
「そのパーティーにはフェイロン侯爵令息も出席する事になっている」
「そういえば、ロブス様は黒髪の私は珍しいから、パーティーで自慢したいみたいな事を言っていらっしゃいましたし、パーティーはお好きなんでしょうね」
食事をする手を止めて頷くと、ライアン様は渋い顔で言う。
「リグロトル公爵には、事情を話して挨拶だけ済ませてすぐに帰るつもりだが」
「私の事はお気になさらないで下さいませ。2人に関わらないようにすれば良いだけですから。ただ、シェールがパーティーを台無しにしてしまいそうで心配ですが…」
「その事も伝えておくよ」
ライアン様は大きく息を吐いてから首を縦に振った。
シェールの事だから、逃げられるチャンスがあるなら何とかして逃げ出そうとするはずだわ。
きっと、大勢の前でフェイロン家の話をするはず。
それをわかっていても、ロブス様はシェールを連れてくるのかしら。
パーティー当日、ライアン様は黒の燕尾服、私はダークブルーのイブニングドレスを着てパーティー会場に向かった。
受付を済ませて会場に入ったところで、先に会場の中に入っていたラングが近寄ってきて、私達に教えてくれた。
「パーティー客の一部で噂になっているんですが、フェイロン侯爵令息は早い時間から、この会場にやって来て、シェール姉様はミュア姉様の身代わりにされた可哀想な女性だと言いふらしているそうです。それから、シェール姉様には家族に捨てられたと思い込ませているようですね」
「だから、助けを求めても無駄だと思い込ませているという事か」
「そうみたいです。でも、ミュア姉様を見たら、シェール姉様はどうなるでしょうね」
ライアン様とラングの会話を聞いていると、パーティーが本当に無茶苦茶になってしまいそうで不安になった。
すると、ライアン様が私に声を掛けてくれた。
「まだパーティーの開始時刻ではないが、改めてリグロトル公爵に話をしに行こう。確実に迷惑を掛ける事になるだろうから」
そう言って、私の手を引いて歩き出すと、近くにいた使用人にリグロトル公爵に面会したい旨を伝えられた。
無理を言ったのにも関わらず、快く面会を許可してくださった中年の男性特有の魅力があるダンディなリグロトル公爵は、ライアン様から事情を聞くと、私達の心配をよそに豪快に笑って言った。
「面白くていいじゃないか。どうせなら、フェイロン家の悪事をばらすパーティーにすれば良い」
その言葉を聞いて、私とライアン様は思わず顔を見合わせた。