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朝食をとりながら家族の話をすると、ミグスター公爵令息の眉間のシワがより深くなっていったのが、なぜか嬉しかった。
まるで、私の為に怒ってくれているように思えたから。
こんな事で喜ぶなんて、おかしい事はもちろんわかっている。
「話の感想を言う前に、俺の事はミグスター公爵令息ではなく、ライアンでいい」
「では、ライアン様と呼ばせていただきます。私の事はお好きなようにお呼び下さいませ」
「じゃあ、ミュア、で良いか?」
「もちろんです」
簡単に話がまとまってしまい、大丈夫なのかという不安はあるけれど、ラングの友人であるのなら大丈夫だと信じる事にした。
「ラングから聞いてはいたが、どうして君達のご両親はそんなに妹ばかりを可愛がるんだ?」
「…わかりません。シェールには人を惹きつける何かがあるんだと思います」
「でも、君達は彼女の事を特別だとは思わないんだろう?」
ライアン様に聞かれ、私とラングは顔を見合わせた。
そう言われてみればそうだわ。
私は愛を押し付けられていたから嫌だったのもあるけれど、ラングはどうしてシェールの事を嫌いになれたのかしら。
彼女に好かれていなかったから…?
ラングは少し考えてから苦笑して、ライアン様に答える。
「たぶん、姉の本性を知っているからだと思います」
「本性…?」
「ええ。気に入らない事があると癇癪をおこすんです。今でもそうですよ。子供が大きくなってるようなもんです。あんな姉を見たら、いくら可愛くても好きにはなれません。それに、僕にはミュア姉様もいますし。でも、どうしてそんな事を聞かれるんですか?」
「彼女が俺に接触してくる可能性があるからだ。フェイロン侯爵家に対してはそうしている様だしな」
私とライアン様の婚約を解消させようとする可能性があるのは確かだわ。
…そういえば、シェールはフェイロン家に拘束されていると言っておられたけれど、どういう事かしら。
「あの、ライアン様。シェールは今、どうしているんでしょうか? いつものあの子なら血眼になって私を探していると思うのですが…」
「昨日、ラングから連絡をもらってフェイロン家を調べさせたが、彼らは婚約者の件で何度も揉めている様だ」
「揉めている…?」
初めて聞く情報に驚いていると、ライアン様が教えてくれる。
「フェイロン侯爵家は婚約者の女性を何度か軟禁している様だ」
「な、軟禁?」
聞き返したのは私だけではなく、ラングもだった。
「ああ。侯爵夫妻の趣味の様だ。自分達好みの娘にしようとするらしい」
「……ある意味、私はシェールを連れて行ったから助かったんですね」
「そうなるな。娘と一切連絡が取れなくなり、両親が乗り出してやっと元婚約者は助けられている。その為、あの家は慰謝料の支払いで火の車だ。君もいくらかもらった様だが、他の女性は期間が長かったからか、莫大な慰謝料を請求している」
「……シェール姉様も役に立つ事があったんですね」
ラングは冷たい口調で続ける。
「元々は両親と一緒に追い出すつもりではいましたが、手間が省けて良かったです」
「でも、お父様とお母様がこのまま黙っているかしら?」
「…そう言われてみればそうですね。シェール姉様を取り返しに行こうとするかもしれません。どっちにしても、ミュア姉様はライアン様のお屋敷に行った方が良いと思われます」
「……そうね。もし、シェールが上手く逃げ出したとしたら、きっと私を追ってくるものね」
頷くと、ライアン様が私達に向かって言う。
「今、フェイロン家の方には見張りをつけているから、何か動きがあれば連絡が来る。それからラング、父上から許可が下りたら正式に、君のご両親には連絡を入れ、俺だけ挨拶に行くから、その時はよろしく」
「承知しました。でも、ライアン様だけですか? ミュア姉様は?」
ラングが聞き返すと、ライアン様が首を横に振る。
「ミュアは家に帰ってくるなと言われているんだろう? なら、ミュアは家に帰らなくていいと俺が判断したという事にして連れては行かない。本来なら自分の娘に対して、よっぽどの理由があるならまだしも、妹が可愛いというだけで姉を差別して切り捨てるような奴らの所へなんか挨拶に行きたくない。だが、礼儀は守らないとな」
「承知しました。ミグスター公爵閣下からの連絡は早くていつ頃でしょうか?」
「そうだな。昨日の内に連絡を入れているから、明日の朝には来るだろう。夜通し交代で走らせているからな」
詳しく話を聞くと、何かあった時に少しでも早く連絡をとれるように、馬が疲れ始める間隔で新たな馬と連絡係を待機させているのだそう。
私のせいでたくさんの方に迷惑をかけてしまっているみたいで申し訳なかった。
「ミュアは何も心配しなくていい。食事を終えたら早速、俺の家に向かおう」
私の表情が曇ったからか、ライアン様は微笑して言った。