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 その日は、ラングが手配してくれた宿に泊まることになり、明日の朝に宿で待ちあわせする事になった。


 ラングは私なんかよりしっかりしていて、知らない間にお金もこっそり貯めていた。

 そして、そのお金で私の宿賃を払うと言ってくれたので断った。

 ラングにだってこれからお金が必要になる時があるかもしれないし、慰謝料の残りがある間は特に受け取るわけにはいかなかった。


 次の日の朝、宿に併設された食堂に行くと、黒の軍服を着た男性がラングの横に立っていた。


「ミュア姉様、彼がライアン・ミグスター公爵令息だよ」


 ラングが紹介してくれたのは長身痩躯のシャープな顔立ちの青年だった。

 目はパッチリとしているけれど、顔立ちのせいかクールそうに見える。


 それとも公爵令息という事で中身もクールで怖いのかしら?


 第一印象は無愛想といったイメージだけれど、ラングが良い人だというのだし、何より挨拶はしなければいけないのでカーテシーをする。


「はじめまして、ラングの姉のミュア・ブギンズと申します」

「はじめまして、ライアンだ。今はこの宿のすぐ近くにあるミグスター家の別邸に暮らしている」


 公爵領からわざわざ来られたのなら申し訳ないと思っていたけれど、ラングと剣術学校が同じだと言うのなら、そう遠くはない所へ住んでいて当たり前だった。

 立って話すのも何だからと、一緒に朝食を取る事になり、私はラングと並んで座り、ミグスター公爵が私の向かい側に座った。

 それぞれ朝食をオーダーし終わった後に、私から話しかける。


「剣術学校に通う為にこちらへ?」

「ああ。剣術学校はこの国には、この地にしかないんだ」

「ラングもそう言っておりました」


 頷くと、ミグスター公爵令息は無表情のままで私に尋ねてくる。


「行くあてがないと聞いたんだが?」

「はい。お恥ずかしながら、婚約破棄をされた挙げ句に実家からも追い出されました」

「……そうか。とりあえず、俺の家に来るか? あ、いや、来られますか?」

「……?」


 どうしていきなり言葉遣いを変えられたのかわからなくて小首を傾げると、ミグスター公爵令息は罰の悪そうな顔で言う。


「たしか、あなたの方が年上だったな」

「それは、そうですが…」


 そんな事を気にされたなんて…!

 とても真面目な方なのかも。


「立場はミグスター公爵令息の方が遥かに上です。言葉遣いに関しては、お気になさらないで下さいませ」

「わかった。なら、あなたもそれで」

「そういう訳には…」

「婚約者になるのなら気にしなくても良いだろう」

「で、ですが、親の了承もなく勝手に決める訳には!」

 

 焦る私にラングが言う。


「ミュア姉様は成人されていますし、両親から追い出されたとはいえ、屋敷を追い出されただけで伯爵令嬢である事は確かですから良いじゃないですか。身分については貴族なんですから何とかなります」

「でも、ミグスター公爵閣下がなんて仰るか…」

「それに関しては今、確認しているところだが、許可は下りると思う」

「どうしてです?」


 不思議に思って尋ねると、ミグスター公爵令息が苦笑する。


「君には行くあてがないんだろう? 理由をラングから聞いたが、あまりにも酷すぎる。父上も母上も君に同情する事だろう。それに、俺には婚約者がいないしな」

「同情で婚約者を決めるのですか…?」


 有り難い申し出ではあるけれど、あまりにも安易な考えな気がして尋ねてしまった。


 すると、ミグスター公爵令息は悲しげな笑みを浮かべて、白手袋を片方脱ぐと、手を広げて私に向けて見せてきた。


 彼の手のひらにはマメができていて、中には潰れているものもあった。


「い、痛そうです」

「元婚約者達はこの手に触れられるのが嫌らしい。俺も四六時中、手袋をしているわけにはいかないしな…」

「ラングの手を触らせてもらった事がありますが、手に柔らかさがないからという理由ですか?」

「いや、汚く見えるんだそうだ。俺は常に守られている立場なのだから、剣を持つ事などしなくて良いと言いたいんだろうな」


 ラングの手がそうだったからか、私には何が汚いのかはわからなかったけれど、だからこそ、ミグスター公爵令息にとっては良いのかもしれないと思った。

 ミグスター公爵令息だっていつかは、自分の跡継ぎを考えないといけなくなるから、言い方は悪いけれど、子供を生んでくれる誰かがほしいのね。


 外見は生理的に嫌ではないし、どちらかというと好みだし、今回は愛情は関係ないわよね。

 ミグスター公爵令息の婚約者になれば、とりあえず住むところは確保できそうだし、シェールの手もさすがに届かないでしょう。


「私はその手はミグスター公爵令息の努力の証だと思います。ですから、嫌がったりなんかしません」

「という事は…」

「ご迷惑でなければ、婚約者にだなんて贅沢な事は言いませんので、屋敷においていただければ助かります」

「貴族の女性と別邸とはいえ、一つ屋根の下で一緒に住むとなれば噂が立つ。それなら、婚約者として迎えたほうがいいだろうな」

「ミグスター公爵令息がそれで良いと仰ってくださるのなら、私はそれで構いません」


 どうせ、私の事を嫁にもらってくれる人なんていないでしょうから。


「ミュア姉様。ライアン様は自分の婚約者になる人を試す悪い癖があるんです」

「…え?」

「この国の令嬢は剣を握る男性を野蛮に思う人が多いでしょう? それは騎士の仕事だと」

「手にマメが出来る程は嫌がられる方も多いけれど、私はそうは思わないわ」

「そういう人を探していたんですよ。だから、婚約者が中々出来なかった」


 ラングの言葉を聞いて、無言でミグスター公爵令息を見つめると、苦笑してから頷く。


「剣を握る事だけは止められないんだ。かといって家族を蔑ろにするつもりはない。俺が剣を握るのは家族を守る為だ。それを理解してくれる人が良かった」

「もちろん、理解は出来ます」


 散々、ラングから聞かされてきたもの。

 剣を握るのは自分のためでもあり、私を守るため、そして、いつか出来る婚約者を守るためだと。


「では、よろしく頼む。君の荷物はそれだけか?」


 ミグスター公爵令息は足元に置いていた私のトランクケースを指差す。


「はい」

「では、食べ終えたら一緒に別邸に向かおう。それから、君の家族の事もラングからは聞いているが、君の口から改めて聞いておきたい」


 家族の事でシェールの事を思い出して、表情が強張った。

 すると、それに気が付いたのか、ミグスター公爵令息が言う。


「君の妹はフェイロン家に拘束されているようだから、君を追いかけては来ない。だから安心していいよ」

「フェイロン家に拘束…?」


 聞き返すと、ミグスター公爵令息は頷いて、にこりと微笑んだ。


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